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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第一章 『彼女』
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第一章3 『告げられる声』



 青ガラスのように澄み切った空の下、赤、金、茶、黒と、様々な色がグラウンドのあちこちで動き回っていた。


 その正体は人だ。

 元々は様々な国で生活をしていたらしい者たちが、この小さな島国に移住し、それからの人生でどれほど己の体を鍛えてきたかを確かめ、あるいは見せつけるために様々な測定を行っている。所謂スポーツテストだ。


 本来スポーツテストは四月のうちに行っていたそうだ。

 しかし数年前、受験で体力が落ちているため、正確な測定が出来ないとかなんとかで、五月半ばに行われることとなった、らしい。いずれの情報も、記憶を失った後に見聞きしたものなので、断定は出来ないのだが。

 高等部の全学年がそれぞれ男女に分かれ、順番に測定をしていくわけだが、膨大な敷地を誇る私立高校と言っても、全学年が測定するとなるとどうしても待機しなければならない時間が出てくる。


 とは言っても、測定場の前での待機になるため、やるべきことはおおよそ絞られてくるのだが。友人と談話するか、あるいは他のグループの競技を眺めるか、大きく分けてこの二つだろう。

 そして現在、奏太のグループが待機しているのは五十メートル走の測定場。前にいるのは——、


「蓮、がんばー」


 奏太の想い人である蓮のグループだ。


 友人の声援にやや照れながら応じた蓮は、横一列に並んでいた女生徒達と白線の前に並ぶ。教員の掛け声を聞くと、それに合わせて膝を曲げ、体勢を低くする。

 そして空に向かって構えられたピストルに力が加えられ、空砲が響いた。


 一斉に走り出した女生徒たちを見やると、その中で蓮はダントツで一番を走っている。

 確か足が遅いのは、理由の一つとして走り方の問題があるのだったか。腕を前後に振らずに、肘より先を肩の前に出したまま走るという、所謂ぶりっ子走りがその一例だろう。


 もっとも、十数年前ならともかく、今の時代男女共に反感を買うその走りを、わざわざ意識してやるものはなかなかいない。

 なかなかいないというだけで、たまにいるのは事実なのだが。現に、最後尾を走っているお下げの女の子——名前は何と言ったか。同じクラスだと言うのに未だ名前を覚えていない者の一人だ。


 ともかく、彼女のような子が遅い例だとすれば、その正反対である蓮は顎を引き、雪のように白い肌を大きく振りながら、背中をぴんと伸ばしてぐんぐんと風を切っている。

 思わず見惚れるその走りから目が離せないでいると、やがて彼女は測定の終了を示す白線を踏んだ 。


 遅れて後続の女生徒がゴールし、彼女らに蓮が声をかけているのが遠目にわかる。時折何かを否定するように手を横に振るのは、恐らく彼女が自身のことを褒められたからだろう。


 しかし実際の所、彼女は褒められるに値するほどの身体能力があると奏太は見ている。

 先ほどの走りにしてもそうだが、運動に対する動きが基本に忠実で、中学でテニス部に所属していたこともあって筋肉もしっかりとしている。つまり、運動神経がいいのだ。

 その上、蓮は学業も優秀なのだから、隙がない。天は二物を与えず、だそうだが、二物どころか三も四も彼女は与えられている。神様から愛され過ぎではなかろうか。


「蓮ー、何秒だったー?」


「七秒四だったよ」


「ウソ!はっやいねー」


 戻ってきた蓮は、走る直前に声援を送った友人と言葉を交わしている。

 男であれば、六秒台で速い、という部類であることを考えると、蓮は相当に速いのだろう。きっと彼女は全然だと言って、それを認めないだろうけど。


 しかし、と奏太は口元に手を当てて考える。

 ここまで蓮が何でも揃っている女性だと、自分が隣に立てるほどの男であるかが疑問になる。

 運動には多少の自信がある。中学ではバスケ部だったこともあり、体力、筋力もある。身長は百七十そこそこ。勉強は、蓮には劣るがそれなりに。顔は、母親似らしいどちらかといえば可愛い顔に黒髪。睨むと人殺しの目だと言われたことがあるが、それはさておきとして——、


「お前美水のこと狙ってんの?」


 自己評価を下している最中、意識外から飛んできた声によって、その思考は中断させられた。


 中断させたその主は、整髪料で整えられた茶色い髪を撫でつけ、小声で話しかけてくる男。

 奏太の友人、平板秋吉(ひらいたあきよし)だ。


「どうなんだよ」


「……うん、狙ってる」


「んー、まあ確かに可愛いしな。美水。あれで性格もいいとかどうかしてるわ、マジで」


「そこなんだ、友達のまま進めなさそうで……って、秋吉、怪我したのか?」


 奏太は秋吉の肘を指差す。

 指差した先、血の滲んだバンドエイドが貼られたその箇所は、恐らくこのスポーツテスト中に出来た傷だろう。


「ん、さっき擦りむいたんだよ。まあでも、デバイスもあるし一日もあれば治るだろ」


 けらけらと笑った秋元の肘には、バンドエイド以外のものは見当たらない。

 一昔前であればこれで数日が経過すれば…と言った具合だったようだが、ここで活躍するのがデバイスだ。

 本来の役割である医療機能。

 これは病気や流行り病、伝染病などの体内で起きるものに限らず、体外にも適用される。

 もっとも、体内に比べればそこまで早くはないので、


「競技には影響出るだろうな、ドンマイ」


「んなこと言っても、本当微々たるもんだろ。で、さっきの話だけど」

 

 慰めの言葉を奏太がかけると、秋吉は軽く咳払いをする。

 それから人差し指を立てると「ほらあれだよ」と続け、


「二人の時間を作れ。いきなり恋愛意識向けさせるのは難しいからよ」


「そういや秋吉って中学の頃かなり色んな人と付き合ってたんだったな」


「そうだな、高校生の先輩に、同級生、後輩に、他校の子、あとネットで知り合った子に……って茶化してんじゃねえよ」


 「ごめんごめん」と奏太が謝ると、秋吉は鼻から深く息を吐く。


 世間一般で言うところのチャラ男である秋吉は、恋愛経験が豊富だ。

 しかし中身までちゃらんぽらんというわけではなく、こと恋愛面においては人に真摯になって接している。それ故に、彼が初めての友人であったことに奏太は時々ありがたみを感じる。

 もちろん、都合が良いだけの友人ではなく、単純に話が合い、本人が面白いというのもあるのだが。


「で、とにかく、だ! そういうとこから基盤作ってくんだよ」


「焦り過ぎるなってことか」


「ん、そうそう。まあでも、奏太なら大丈夫だろ」


「なんでまた」


「そりゃ決まってんだろ。奏太は焦って動くタイプじゃないから」


 さも当然かのように言う秋吉が放った言葉に、思わず奏太はきょとんとする。

 確かに勢いのまま、感情の赴くままに進むことは、臆病な自分が邪魔して出来ない、が、


「まだ知り合って一ヶ月くらいだぞ」


「いーや、分かる。絶対分かる。勘ってやつだよ」


 胸を張って自信ありげに話す秋吉は、自分が間違っていないと心の底から思っているのだろう。実際、彼の発言は的を得ている。

 だからこそ奏太は不気味な笑みを浮かべて、


「じゃあもし、俺が本性隠してたらどうするんだ?」


「んー、その時はその時だ。奏太は隠せなさそうだけどな」


 くくっと笑う彼に、思わず奏太もつられて笑う。


 そこまで自分は隠し事が下手なように映っているのだろうか、と。

 だとしたら、蓮にも想いがばれているのかもしれなくて。しかしそれではやりにくくなるので、秋吉が鋭いのだと、そう思い込むことにしておく。


「————」


 深く息を吐いて空をぼんやりと見つめると、先頭でグループを仕切っている男がグループ全体に声をかけるのが聞こえた。

 そちらに視線を向けると、どうやら既に蓮を含む女生徒達は測定を終え、移動を始めているようだ。ならば当然、次は奏太達の番で。


 奏太は遠ざかっていく蓮の姿を見て、思う。

 まずは目の前のことに力を入れよう、と。

 焦らず一つ一つ積み重ねて、そうすればきっと彼女に近づける。能力云々ではない、人としての距離が縮まるはずだから。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 測定の大半が終わり、残すところあと二つ程となったところで、アナウンスの始まりを告げる、無機質でやや高めの機械音が鳴った。


 マットの上で腹筋運動を終えた奏太は、荒れた呼吸を整えながら、その音に耳を傾ける。 一体、どうしたというのだろうか。終了予定時刻にはまだ時間があるし、そもそもそれに合わせてアナウンスが鳴るという話を聞いた覚えはない。


『お知らせします。授業中ですが、全校生徒、及び職員は至急第一体育館に集合してください。繰り返します。全校生徒、及び職員は至急第一体育館に集合してください』


 アナウンスはそう告げると、再び無機質な機械音が辺りに響いた。

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