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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第二章 『忘却』
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第二章18 『早朝の少年達』



 通路を抜け、扉を開けると白い空間が広がった。

 二部屋分の大きなスペースが妙にチカチカと映り、そのうち錯覚でも起きるのではないかと思う程に、眩しく白を主張してくる。


 二日前、ここで奏太は葵に自身の無力さを教えられた。

 蓮を失ったこともあり、情緒不安定だった奏太を激昂させ、『トランス』もまともに出来ないのに仇討ちなど無理なのだと、戦闘によって示された。

 それを素直に受け止められないほど、現状を理解していないわけではない。

 確かに彼の言う通り、このままハクアの元へ向かったところで、返り討ちに遭うだけだろう。『トランス』が中途半端なことに加えて、ハクアのあの『獣人』のような力も未だ正体が分かっていないのだ。

 

 地団駄を踏む、という一見子どもでもやる簡単な動作。たったそれだけの事なのに、地割れが起き、クレータをも生み出した。痩せぎすの彼の体から放たれたそれは、およそただの人間が成せるようなものではない。

 掌底をぶつけただけでコンクリートの柱を破壊したことや、あちこちで見られた激しい戦闘の跡。あれと、蓮は戦っていたのだ。そして、その末に——。


 湧いてくる悲嘆を追い払い、その気分を入れ替えるように、奏太は言う。


「……朝、わざわざ起こしに来てもらって悪いな」


「いえ、確かにボクの中に不満がないわけではありませんし、ボクの手を煩わせたことに対して言いたいことがないわけではありません」


 ため息まじりに言う葵に苦笑いを浮かべる。

 これでは、ほとんど不満を口にしているようなものである。


「……ですが、昨日は色々ありましたから、疲れていても無理はありません。ですから、今日のところは不問とします。その代わり、明日からは気をつけてください。奏太さんに付き合っていて、学校に遅れるのはごめんですからね」


 そう言い、葵が取り出したのは置き時計。

 奏太を含めた、デバイスとの連携機能を持った腕時計を持つものがほとんどの現代において、長らく目にしていなかったものだ。

 何故わざわざこのようなものを用意したのだろうか、そう思い彼の手首を見やると、


「——あれ。葵は腕時計、つけないのか?」


 視線を向けた先、ほとんどの者がつけているはずのそれは彼の手首にはなかった。

 もっとも、つけていなくてもデバイスの機能の主である医療機能は問題なく働くのだが。しかしだからと言って、日常生活の中で何かと使う機会の多いそれを彼がつけていないことには違和感があった。

 たまに家に忘れた、などという者もいるが、葵がそんなヘマをやらかすようにも見えない。


「ええ、そうですね。ボクは、というよりラインヴァントの全員、ですがね」


「…………? どういうことだ?」


 葵の言い方からして、朝だけつけていないとか、そんな些細なものではない。このアジトで生活する者全員が常日頃から腕時計をつけていないということだ。


 そうする事に、一体何の得があるというのだろう。

 むしろ損ばかりのはずだ。ネット経由で医療機能のワクチン等をインストールすることが出来ない——つまり、怪我や病にかかった場合、何のフォローもないまま治療に取り掛からなければならないのだから。

 最悪、流行りの病で死に至ることだってあるのだ。


 故に、奏太の知る限りでは、つけていて損はないはずなのだが。


「……これは、恐らく『トランサー』の間でしか理解されないような思想です。——奏太さんは、人間らしさというものをどのように考えますか?」


 人間らしさ。

 それは事あるごとに世間で問われ、あるいは叫ばれるもの。そのほとんどが綺麗事であり、葵が聞けば思わず顔を歪めるであろうものばかりだ。

 綺麗事にあまり抵抗のない奏太からすれば、時には感動し、時には首をかしげるような意見があった。

 あるいは、共感しようにも記憶の関係上、出来なかったものも。


 今まで見聞きしたいくつかの言葉や考えは出てくる。だが、大人の意見は聞いたことがあっても、自分の意見を改まって考える時間などなかったため、浮かび上がってくる選択肢のどれにもしっくり来るものはない。

 どう考えたものか、と顎に手をやって思考を巡らせる。


 人としての理想は蓮だろうか。誰かを愛し、また誰かに愛される。そんな彼女はいつも誰かのそばにいた。

 しかし彼女も、何もかもが完璧だったわけではない。信じていても、裏切られてしまう時のことは怖い。一見何もかもが完璧に見える蓮にも、そんな弱さがあった。

 普通の人と何ら変わらない、弱さが。


 対照的に、奏太は弱い部分ばかりだ。見えぬ過去に囚われ、置いてけぼりに恐怖して。それを蓮に救われて、ようやく前へ進めた。いつかは一人で彼女の隣に立てるくらい強くなろうと、そう思えた。


 ——しかしそれは蓮を失ったことで、心に深く大きな闇を生んだ。

 救われた心に穴が空き、代わりに埋めるものが見当たらない。一人で立つことが出来ない。今の状態をきっと、弱さと言うのだろう。

 蓮と同じ弱さであり、異なる本質を持つ弱さ。

 誰にでもある、弱さだ。


「俺は——弱さを持っていること、だと思う。何かに悩んで、苦しんで。必死でもがいて足掻く、それがずっと続くのが人間らしい人生なんじゃないかって、そう思う」


「……弱さ、ですか。確かにその通りですね。全てが万能で何もかもが上手くいく者など、人の理を反した異端者——化け物、ですから」


 葵は瞼を閉じて、何かを考えるように数秒沈黙する。

 そして何かを振り払ったのだろう。短く息を吐いて言う。


「————『トランサー』の考える人間らしさとは、デバイスを用いない素の状態の事です」


「デバイスを、用いない?」


「ええ。奏太さんもご存知の通り、デバイスには医療機能があり、これによって病気や外傷が発生しても多くのものが治癒され、完治します。そしてそれを、この国に住まう人々のほとんどが体内に入れている」


 葵は一度区切り、続ける。


「……ですがこれは同時に、デバイスという本来人間の体にない異物に人々が頼り、依存しているとも言えると思いませんか?」


「ちょっと待て。じゃあつまり、『トランサー』は本来の人間っていうのを主張するためにデバイスを使わないっていうのか?」


 奏太達が生まれる前から世間に広まっていたというデバイス。

 それは新たに産まれた子どもであっても出生一ヶ月後には入れる義務があり、葵が言ったように今現在この国でデバイスを体内に入れていないものは本当に限られた存在のみである。


「そういうことです。……元々『獣人』と呼ばれることで、ボク達は世間から人外扱いを受けています。ですから、異物を受け入れる世界を否定し、デバイスを使わない選択をしている自分達はれっきとした人間であるのだと、そう主張しているんですよ。————子どもの意地のような、ものですけどね」


 『トランサー』の思想を子どもの意地、と言ってのける葵の表情は苦々しいものだ。

 その胸中に浮かぶ感情は、奏太には分からない。だが、彼の顔はどこか寂しそうに見えた。


 人はデバイスという異物を受け入れ、『トランサー』を『獣人』と呼び、否定する。生まれついて持った『トランス』の力はどうしようもないというのに。

 対して『トランサー』は世界から否定されるが、異物を受け入れない選択をすることで、本来の人間であろうとしている自分達が人間なのだと主張する。


 ——人間とは、何なのだろう。


 奏太は人として生きていた蓮を否定され、吠えた。誰かのために命を張れる彼女を否定する方が人間ではないのだと。

 世界の意思に従うだけの人々を、秋吉を、ただ役割をこなすだけの人形だと。

 それ故に、葵の言う思想に耳を傾けている部分が少なからずあった。結局そんな思想を受け入れても、ただの自己満足でしかないのに。


「俺は————」


 自分はどっちに属するのだろうか。デバイスに頼り、人の立場に立つのか。それとも、頼らずに『トランサー』の立場に立つのか。

 蓮を否定された今、『トランサー』の立場に立った方がずっと気が楽なのだろう。しかしそう思う一方で、何かが奏太に告げている。

 それを選んではいけないのだと。


 故に、答えられない。

 逆らえない何かが妨げになって、奏太の息を詰まらせる。

 それを悟ったのだろうか、葵は軽く頭を振って言う。


「奏太さんは悩んでください。あなたにはまだ、選択が出来る。人か、『獣人』か。あるいは、それ以外か」


「…………お前、俺を何だと思ってんだよ」


「さあ? 何でしょうね。それを教える程ボクは優しくありませんよ。自分で考えてください」


 鼻で笑う葵につられて、思わず笑みを浮かべる。


 一体、彼は何を期待しているのだろうか。

 自分のような弱虫に出来ることなど、本当に限られているというのに。


「さて、そろそろ約束の稽古を始めますよ。ボクも時間がありませんから」


 そんな奏太をよそ目に、葵は本来の目的を告げるのだった。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「まず初めに説明しておくことが一つ。『トランス』は大きく分けて二段階あります」


 そう言い、二本の指を立てて見せる葵。


「二段階?」


「はい。奏太さんは既にどちらも見られているはずです」


 彼の言葉に首を傾げる。

 今まで出会ってきた『獣人』の中に該当する人物がいた、ということなのだろう。

 だが二段階、というからには第一段階を挟んで、見るからに姿形が変わったり、動きが格段に速くなったりなどという明確で分かりやすい変化があるはずなのだが、奏太の記憶の中に思い当たる節はない。

 そもそも、今まで奏太が見た中には人の形を保っているか、動物の一部が混ざったようなものしか——、


「……あ」


 ——なんだ、単純な話じゃないか。


 口元をふっと緩め、言う。


「多分だけど、一段階目は葵や梨佳みたいに元々の姿を変えない状態のもの。それで、二段階目は『トランス』の素となっている動物の一部が自分と混ざる……違うか?」


「おおよそその通りです。もっとも二段階目に関しては適性が高いもの——このアジトで言えば、奏太さん、希美さん、ユズカ、それからギリギリ梨佳さんあたりしか使えませんがね」


「それから蓮も……だよな」


「……ええ」


 蓮の名前を出した途端、二人の間に重い沈黙が訪れた。

 ラインヴァントに所属していた『獣人』としての蓮の跡は、決して否定されることなくメンバーの習慣にも記憶にも残っている。

 故に、その死を軽々しく扱えないのだ。


 とはいえ、せっかく時間を取ってもらっているのにこのままではあまり進展がない。

 さすがにそれは後で何か言われそうなので、


「——それで、俺が今からやるっていうのは、その一段階目でいいのか?」


 首元に下げられた花のネックレスを撫で付ける。

 無意識に行なっているそれは、どうやら癖になっているらしかった。

 蓮のことを考える時、自然とそこに手が伸びる。ネックレスしか、現在彼女と自分を繋ぎ止める物がないからだろうか。


 『トランス』を抑えてしまう方は稽古の妨げになるため、芽空に預けてきた。やや名残惜しい気がしないでもなかったが、仕方のないことだ。


「ええ、まあ。とは言っても奏太さんは二段階目を極々少しだけ、中途半端に発現しているので、一段階目を飛ばすことも可能です。……どうしますか?」


 奏太の二段階目、というのはハクアを倒した時の姿のことだろう。あの時は怒りで意識が朦朧としていたのだが、ユキナ達の発言などからその特徴は分かっている。

 赤黒の髪に灰色の毛皮。それに額から生えたねじれた角。


「基本を抑えておきたいから、やるよ。それに、焦って強くなろうとしてもダメだからな」


 今にして思えば、それは圧倒的な強さを誇っていた『鬼』に近い容姿であった。

 そして、それを思い浮かべると同時に生じる違和感。


「よく分かってるじゃないですか。じゃあ今から概要を説明しますから、準備してください」


 脳裏に浮かんだその違和感を一度追い払い、ひとまず目の前のことに集中する。

 軽装になり、ここにきてようやく始まった稽古の行方は————。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「んぎぎぎぎぎ」


「だから力任せにやってもダメですって。『トランス』に集中してください。怪我しますよ」


 奏太が力んで握っているのは鉄の棒である。ジムなどにあるバーベル用のバーで、名前は何と言ったか。

 一見軽そうに見えるのだが、実はこれ、結構重い。通常利用する場合は左右に重りを乗せるそうだが、今回奏太がやっているのは筋トレなどではなく、あくまで『トランス』の一段階目——仮に『憑依』と名付けるとしよう。

 『憑依』が成功すれば、たとえ鉄棒であろうとも、いともたやすく曲げ、あるいは折ることが出来るため、今現在必死に力を込めて鉄棒と戯れているというわけだ。


「——っはぁ、これ本当に出来るのか?」


「さっきボクが見せたでしょう、出来ます」


 葵が指差すのは、彼の後方、山積みにされている鉄棒——の傍らに置かれたくの字に曲がった鉄棒である。

 彼はコツを説明しながらそれを平然と曲げてのけたわけだが、


「聞いただけですぐ出来るわけがない、か……」


「そもそも奏太さんの場合、『怒り』がトリガーになっているんでしたね。感情の昂りで発動するのは習得したての頃にありがちなことなのですが、本来と逆になっているんですよ、奏太さんは」


「だからこそのさっきのコツ、だよな。そう何度も怒れるもんでもないし」


 ハクアのことを思い浮かべれば、ふつふつと湧いてくるものはある。が、習得の為に彼の事を考えるなど、たとえ効率的であっても嫌悪感がして出来ない。

 それに、そもそも適性の高さ故に習得に苦労したという蓮が、やり方を葵に教えているのだ。ならば、そのやり方に乗っからない理由はないだろう。


 一度手に持った鉄棒を地面に起き、目を瞑る。


「——お腹に大きな丸をイメージして、そこから引き出す……」


 大きな水槽の中の水を吸い出していくようなものだろうか。

 先程目を開けてイメージした時は明らかに違うものを感じた。

 自身のうちに眠る獣。奏太はその力の源に飛び込んだ。


 それは焦げるような熱さを放っている。ひどく乱暴で触れるもの全てを傷つけてしまいかねない、そんな危うさを持っている。

 しかし一方で、子どものような純粋さ。頑なな熱は、一切の汚れを知らない本能そのもので出来ていた。

 それを引き出してやる事で、奏太は自身の体をより強固なものとする。


「————ッ」


 瞬間、軽い衝撃があった。

 全身が熱くなる。しかしその熱は数秒と持たず離散していく。

 体が恐ろしいくらいに軽く、空でも飛べるのではないかと思えるくらいに身軽な状態になっているのだと分かった。


「——目を開けて見てください」


「ん……」


 葵に言われ、ゆっくりと瞼を開く。

 前方には先ほどと変わらず葵が立っており、しかしその手には鏡があった。

 そしてそれが映すのは当然、


「これが俺、か」


 当然のことではあるが、『憑依』を成功させたところで先程までと比べて、奏太の見た目にはこれといった変化はない。


 髪の色を、除けば。


 思わず困惑の表情を浮かべる。

 これは『トランス』の一段階目のはずだ。

 通常時の奏太の髪の色は黒で、赤黒く変化するのは二段階目の時だと考えていた。

 だが、


「——やはり奏太さんもですか」


 鏡で見つめた自分の髪は赤黒く変色していた。

 決して角が生えていたり、毛皮があったりするわけではないのに、その部分だけが変化をしている。


「やはりってのはどういうことだよ」


「奏太さんは蓮さんの『トランス』した姿を見たことがあるんでしたよね?」


 一切関係のない話が振られるが、奏太の質問と何か関連があるのだろう。そう思い、


「ん、ああ、一応。髪の毛が白く変色して、目にも止まらぬ速さで動いてた。それで、確か毒が……ってあれ」


 ハクアの魔の手からユキナを救ったり、クレーターに落ちかけた少年を救ってみせたあの凄まじいほどの脚力による動きは、まさしく『トランス』を行ったからに違いない。

 そして、たった一言であるが葵は、彼女は自身の能力で毒を打てるのだという事をほのめかしていた。


 しかしそれは妙だ。

 あくまで奏太の知る限り、であるが、毒を持ち、相当の脚力を誇る動物など、聞いたことがない。

 毒を持つ、という点では毒蜘蛛や蜂など、該当する動物はいくらか存在しているのだが。


 思考の片隅で、その疑問に関して答えられる考えが主張を唱えている。馬鹿馬鹿しい考えと取れるが、その一方で様々なことに辻褄が合う主張。

 フェルソナの言っていた異質だという蓮の『トランス』。加えて、毒と脚力。

 それらの条件を満たすのは——、


「なあ、葵。的外れな回答かもしれないけどさ。————蓮の『トランス』能力は二つあるのか?」


 否、そうでなければ説明がつかなかった。

 考えてみれば誰も彼もが『トランス』の説明をする時に、個人の持つ能力を一つと言っていない。

 つまり異質、というからには複数の能力を持っていても何ら不思議ではないはずだ。


「ええ、その通りです。蓮さんはウサギとサソリの能力を。そして奏太さん、あなたも複数の能力を持っているのだと思われます」


「…………根拠は、って聞きたいところだけど、言われてみれば確かにそうだよな」


 ねじれた角に灰色の毛皮、赤黒い髪の毛の動物など聞いたこともない。キメラか何かの類ならば説明がつくかもしれないが、少なくともそれは空想上の生き物だ。

 だとすれば、蓮と同じように複数の能力を持った『トランス』が出来る、と考えても何ら不思議ではない。

 そう考えれば、件の動画の『獣人』——『鬼』もそれに該当するのだが。


「気づいているかは分かりませんが、二段階目の姿に加えて、髪の毛の変色のこともあるんですよ。理由は分かっていませんが、蓮さんと同じく、一段階目にも関わらず髪の色だけが変化するという。奏太さんが見たという彼女の姿はまさにそれですね」


「あれで一段階目……っ!?」


 髪の変色については、彼の言い方からして複数の能力持ちだけの特徴ということだろう。

 それが適性の高さと複数の能力の『トランス』によって引き起こされるものなのかは分からないが、今はそれを聞くよりも気になる事があった。


 あの動きが『憑依』の段階であるのなら、一体その次はどれほどの強さになるというのか。


 身を以て『トランス』の実力を、最弱であるという葵の実力を体感したが、それでも彼女には遠く及ばない。

 ましてや、葵はトランスの二段階のうち、『憑依』しか出来ないというのだ。


 だとすれば、そこから導き出される答えは一つ。


「——なら、俺はもっと強くなれる。そうだよな」


「まあ、奏太さんにそれほどの努力が出来れば、の話ですがね」


 鼻で笑う葵に対して、奏太は沈黙する。


 その胸中にあるのは、自分の可能性への喜びと、わずかに生まれたある感情。

 ふわふわと浮くその感情の種の正体を、奏太は今までに抱いた事がある。だが、それが何か分からず考えようとして————、


「おーっす! みゃお、奏太、やってるかー?」


「おはよう、ございます。梨佳さんが、ついてこいって、言うから、付いて、来ました」


 唐突に扉を開けて入ってきたのは梨佳と希美だ。

 彼女らの登場によって、考えが離散していく。

 そしてそれと同時に集中が途切れ、今まで羽のように軽かった身体に本来の重みが戻ってくる。

 鏡に映った髪も、徐々にその赤を失っていく。


「…………うわ」


 そして彼女らを見た葵は、露骨に嫌な顔をしたかと思えば、愚痴をこぼすように小さく呟いた。

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