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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第二章 『忘却』
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第二章8 『今後の方針』


「えーと、もういいのか?」


「問題ありません」


「でもさっき……」


「問題ありません」


 先程までらしくない表情を見せていた葵は、数分時間を置いたらすっかり元通りになったのだが、それでも心配はしてしまうものである。

 奏太にも、弱さを見せ、内面を告白して寄りかかった経験があったからなのだろう。

 自分に似たようなものを感じて、助けたいと自然にそう思っていた。

 とっくに奏太の中では解消されているとはいえ、今朝方叩きのめされた相手だというのに。


 ともあれ、彼としては触れられたくない部分なのだろう。それなら、


「本題に入るとして、なんで俺たち三人をここに呼び止めたんだ?」


「梨佳、私寝てていいかなー」


「いやー、多分みゃおが怒るだろ。頑張れ、もう少しの辛抱だ」


 奏太の真剣な声に対し、女性陣二人はあくまで自分たちのペースを保っていた。

 芽空に関しては、梨佳にアジトの案内をしてもらっている間ずっと寝ていたにも関わらず、その声にはこちらまで眠たくなってくるような力のない音があって。


 二人のやりとりを聞いていた葵は徐々にしかめ面になっていくも、長く溜め息を吐くことで抑え、言った。


「じゃあ手短に話しましょうか。——奏太さんの、今後の話です」


「今後、か」


 目覚めてから色々とあったが為に、ぼんやりとしか考えていなかった。

 芽空と同室なのはこの際諦めるとして、身の振り方は決めなければならないことだというのにも関わらず、だ。

 

「現在、奏太さんは高校生という社会的身分を持っている為、このまま通うのも一つの手ですし、ユズカやユキナのように学校に通わない、という手もありますが……」


「あーしらの中だと、あーし、みゃお、希美が素性隠して学校通ってる組だな」


 つまりは、獣人として目覚めた以上は、社会的身分を捨てて素性を出来る限り隠すか、捨てずに隠すか。どちらかを選べということだろう。

 それならば奏太の答えは決まっている。むしろ、もう片方を選んだ場合の利点は現状ではあまりないだろうから。

 ゆえに奏太は悩む時間を要せず、即座に答える。


「それじゃ、俺は学校に行くよ」


「そう、ですか……なら」


「————一つ、いいか?」


 葵が言葉を続けようとして、別の声に遮られる。

 そちらを見やると、先程まで柔和な表情を浮かべていた梨佳が、射抜くような目でこちらを見ていた。

 一瞬寒気が走り、それに呼応して体が震える。


「なんだ?」


「あーしの見た所、奏太は特に何も考えずに……いや、メリットだけを見て決めたよな?」


 心中を見抜かれたことにどきりとしたが、平静を装って頷く。


「みゃおが後で忠告したかもだけど、あーしが先に言っとく。……淡い期待は抱かないほうがいいぞ」


 いつになく真剣なその表情には、一切の楽観さがなく、別人とさえ錯覚する程の鋭さがあった。

 しかしながら梨佳の忠告の意味が分からず、奏太は困惑する。


 それを察したのだろうか、芽空は場の空気にそぐわぬ、間延びした声で梨佳に言う。


「梨佳ー、ちゃんと説明したらー?」


「まあなかなか想像つかないもんか。……なら奏太は、蓮があの姿を晒した影響を考えたことがあるか?」


「あの姿を晒した影響…?」


 あの姿、というのは動物園前で見せた蓮の獣化後の姿の事だろう。

 群衆の前で晒した事の影響があるとすれば、獣人が現れた事で大きなニュースに——いや、本当にそれだけだろうか。

 例えば、蓮の方に注目されている、としたら。


「つまりこういう事か? 世間では獣人が現れた事で騒ぎにはなるが、もっと狭い範囲でも変化が起きるかもしれない、と」


「じゃあ、その狭い範囲とは?」


「それは——学校だ」


 これはあくまで可能性だ。

 奏太と蓮はあの日デートをしていた。しかし仮に、たまたま同じ日に同じ高校の生徒が同じ場所にいたとしたら。

 それによって生まれるのは、残酷な手のひら返しだ。

 人として愛されていた蓮が一転、恐怖の対象である獣人に変わる。


 もっと言うならば、奏太の記憶する限り、ハクアと蓮の対面を見ていた群衆の中に、写真を撮れるような余裕のある者はいなかったはずだ。

 しかし、一人でもいたとしたら。

 その場合、瞬く間に写真はネットの世界で広がり、やがて蓮を知っているものは気がつくだろう。

 自分達の見ていたものがまやかしであり、日常の中に獣人が紛れ込んでいたのだと言うことに。


 梨佳はその可能性を危ぶんでいるのだ。


「可能性がある、ってだけだけどな。奏太はその時、耐えられるのか?」


 問いかけられ、一瞬言葉に躊躇いが生じる。

 耐えられるのか、と言われれば、はっきり言って耐えられる自信が奏太の中にはない。

 しかし、だ。


「……大丈夫だ。何とか耐えるよ」


 虚勢を張ってでもいい。

 奏太は信じてみたいのだ。仮に蓮が獣人だと知れていても、そうでなくても、きっと彼女なら大丈夫だと。

 幸せを願って、誰かを愛し、愛された彼女を。


 梨佳は奏太の言葉に目を細めたが、すぐに表情を緩めて小さく息を吐く。


「ならみゃお、あれ渡すか。それと芽空、明日の朝奏太を送っていけるか?」


「大丈夫だよー」


「送ってくれるのはありがたいんだけど、あれって?」


「奏太さんが外に出るために……いえ、今だからこそ特に必要なものと言った方が良いでしょうか」


 言った葵は、どこからかブレスレット状のものを取り出した。

 恐らくは梨佳の言う『あれ』なのだろう。そのブレスレットには特に目立った装飾はなく、見る限りではただのアクセサリーだ。

 首を傾げた奏太は、それが何なのかと問いかける。


「奏太さん、自分でも分かっていることとは思いますが、再度確認をします。あなたは自分の力を制御し切れていない……そうですね?」


「そうだ。俺は仇討ちとか言えるほど自分の力を操れないし、実際葵にもコテンパンにされた」


「そんな奏太さんの力を抑えるのがこれ、と言うわけです」


 葵は手のひらに置いたブレスレットをこちらに見せてくる。

 絶対に獣化しないようにするアイテム、とでも見れば良いのだろうか。


 どうしてそんなものをわざわざ渡されようとしているのだろうかと考え始め、気がつく。

 記憶がある限り五年程度の日常生活において、一度も獣化をしていなかったことから、無意識に獣化の心配はないのだと考えていたことを。


 しかし、獣化に関して、奏太はある一つの仮説を立てている。

 他の者達がどうなのかは分からないが、奏太の場合はどう言う因果関係からか、『怒り』をきっかけとして二度獣化していることから、『怒り』を抱いた時点で獣化する危険性があるのではないか、と。

 それならば、これまで日常生活で『怒り』を抱かなかったとはいえ、保険があった方が良いはずだ。


「じゃあそれ、借りてもいいか?」


「ダメですけど」


「いや、何でだよ」


「これはボクが使用しているものですからね。それに……いえ、後でフェルソナさんに頼んでおきますよ」


 葵は一瞬何かを言いかけ、やめたようだが一体何を言おうとしたのだろうか。

 奏太の内に沸いた疑問を打ち消すように葵は言う。


「さて、これで今後の方向性は定まりましたが、何か聞きたいことはありますか?」


「聞きたいことか……」


 今日は新たな情報がいくつも入って来たが為に、そろそろ頭がパンクするのではないかとさえ思うのだが、改めて考えてみる。

 奏太が知っておくべきことについて。

 それは————


「ここをアジト、って言ってたよな。ってことは、葵達は何か目的があるのか?」


「目的って言うほど大したものでもないけど、あるよー」


「だな。……奏太は『ノア計画』を知ってるよな?」


「確か半年後に大陸が水の底に沈むから、その中でも生活出来るようにしようってやつ……だったよな」


 HMA先導の元行われている計画だ。

 はっきり言って、沈む事も計画が進んでいる事もどこか遠い世界の話のような気がして、ぼんやりとしか実感はないのだが。


「そ。その計画に漏れなく乗っかる。それがあーしらの目的だ」


「…………あ、それだけなのか」


「それだけって、他に何か期待していたんですか? 一応言っておきますが、レジスタンス組織を作ったところで、『ノア計画』に置いて面倒な立場になるだけです。支配するか、あるいはずっと命の危険に晒されるか。……まあ、それを分かってない馬鹿共もいますが」


「まあそれはそれ、だよねー。私達は基本的に相対は望んでないしー」


 さらりと流された中に気になる情報があったが、それはさておき。


「つまり、世間と戦おうとはしない。敵対の意思もない。でも基本的に、って言うくらいだから、どうしても必要な時には戦う、って事だな?」


「そういうことだねー」


 恐らくそれは、蓮とハクアの戦闘のような時なのだろう。

 ユキナを、このアジトの皆を守る為に必要だったから、蓮は自分の姿を晒して戦った。自分の意思で、そう判断して。


「分かった。じゃあ俺もそれに則って行動することにするよ。……一応、俺が気になってるのはこれだけかな」


「分かりました。それではお開き、としたいところですが、言い忘れていたことが一つ。ボク達の組織名についてです」


「組織名?」


「ええ」


 淡々と言ってのける葵の口調に、わずかに変化が生じた。

 一体それがどんな感情を込められているものなのかは分からないが、少なくとも彼にとって重大な何かであることは確かで。


「ボク達の組織名は————」


 少し溜めを挟み、葵は言った。


「『ラインヴァント』です」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 芽空と奏太が部屋に戻り、食堂には二人が残っていた。

 窓もない部屋で彼らを照らすのは、頭上にあるシャンデリアのみで。


「本当に、大丈夫なんですか」


 二人の間にあるのは重苦しい沈黙だ。


「……奏太は明らかに無理してるし、自分の立場について分かってないだろーな」


 彼女の言葉に葵は疑問を抱いた。

 それならばどうしてあの時奏太に言わなかったのかと。


 葵の心中を覗き込んだかのような目をして、梨佳は続ける。


「言ってもあいつは多分、そんなことはないって希望を持ち続けるだろ。そりゃあーしだって、わざわざ奏太を危険に晒す真似はしたくないけど」


「なら、なんで!」


 思わず声を荒げてしまう。

 ユキナやユズカならともかくとして、たかが一人の少年の為に自分が怒ることなどこれまでなかったというのに。

 

 対して、テーブルで頬杖をつく梨佳の表情は変わらないままだ。


「……逃げて、目を背けて。そんなんじゃあいつも奏太も、救われねーだろ」


 しかし、言った彼女の口調には、どこか哀愁めいた物があって。

 それを払うように、葵の言葉を聞かないまま梨佳は言った。


「ま、どうなったとしても、あーしがどうするかは奏太次第だ。それじゃ、あーしは部屋に戻るから」


「————」


 立ち上がった彼女が部屋から出て行くと、葵のみが一人、食堂に残される。

 そこには小一時間ほど前まであった雰囲気など、欠片程も残っていない。


「……最低、ですね」


 苦々しく呟いたそれは、梨佳に対するものか、世界に対してのものか、それとも自分へのものか。

 どれとも言えるだろう。事実、本当に最低なのだから。

 自分の無力も、世界の理不尽さも、それを分かっていて言った梨佳も。

 彼女に悪意がない事くらい、葵には分かる。


 しかしながら、奏太に何も出来ない事が、ひどく葵の心を苦しめた。何も言い返せなかったのが、たまらなく苦しい。

 何か出来るのだと、そう吠えられればずっと楽だったのだろうけれど。


「————ッ!!」


 葵は奥歯を噛みしめると、乱暴に机を叩いた。

 彼を除いて誰もいない、一室で。

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