『エピローグ』
——何年も前。
——十何年も前。
世界は、海の上にあったのだという。
多くの大陸があり、様々な生物が存在し、何より空があって。
宇宙を目指し、空を駆け、海を渡り、季節によって違いを見せる太陽の下で生活を営む。
歴史の多くがそうであったと証明しているし——しかし同時に、歴史はこうも告げていた。
時代には節目というものがあり。
性別・身分・年齢を問わず、その度に人類にとって偉大な進歩を成し遂げた者がいた、と。
幼少期にそれを知れば、何者かに憧れる少年少女も出てくるだろう。
もしくは、一体どういう軌跡の元に軌跡たらしめる功績を残したが、調べる者もいるはずだ。
そんな流れを経て、人は気づく。
人類の大半は凡庸な人間でしかなく。本当の天才なんてものはそう簡単に生まれるものじゃない。
きっとそうだ。
『偉人』は普段の言動からまるで常人とは違い。
『英雄』は生まれる瞬間からそう決まっていて。
『魔女』はなるべくしてなった、当たり前の神秘なのだと。
だが、それもある種の歴史だと言っても良い。
後から振り返るからこそ、成功の道だったと言え。同じ時を過ごした者にしか分からないことがあるから、人々は誤解をする。
あるいは、場所と付け加えても良いかもしれない。
同じ時を過ごしていても、誰からも憧れを抱かれ、皆を惹きつけていたがゆえに理解されなかった麗人もいるからだ。
だから、人類は知らない。
かつてラインヴァントを名乗っていた組織や、その協力者たち。
彼らと敵対する同族の組織。
麗人率いる巨大組織の幹部。
『英雄』や『魔女』。
皆に、それぞれの物語があったことを。
彼と彼女の——約束を。
「————」
窓の外を見つめる少女がいた。
彼女の瞳は憂いげで、しかし何があっても受け止めると決意しているような、そんな強さを秘めている。
いや、正しくは。
秘めていた、と語るのが正解だろう。
少女にとってこの年月は、ページが欠けている状態で進める本のようなものだった。
物語を完成させる上で必要な、大事なページ。それが欠けていてもなお進めようと言うならば、いつかどこかで、無理は来る。
皆に協力を仰いで、それでも辿り着けないものがあり。
それでも弱音を吐けず。だから少女は望んだ。
本心を——自分を見つけ出してくれる人を。
「————」
きぃ、と。
何の前触れもなく、ドアが開いた。
「誰か……って。誰もいないのか」
それは黒髪の少年だった。
目つきがやや悪いくせに全体のシルエットは細めで、言葉に覇気がなく。とてもではないが、誰かを救えるほど立派には見えない。
けれど少女は知っていた。
少年が理不尽を嫌い、多くの人の不幸を許さなかったことを。誰もの幸せを望み、間違いを否定してきたことを。
最初から、そうだった。
「————そこだ」
少年の手が伸びてきたかと思えば、その手は少女を掴み。
次第に、消えていた少女の全身を露わにしていく。
存在を確かめるように、二人は互いの瞳を見つめ。
視線が、交わる。
「約束、守りに来たよ」
「————」
そこには様々な感情があった。
身体中を甘い刺激が走るくらいの愛おしさ。喜び、感動、悲痛、申し訳なさ——それらがごちゃ混ぜになった、とても一言では表せない気持ち。
けれど、驚きだけはなかった。
少女にとって少年は救いであり、当たり前の居場所。
次に紡ぐ言葉も、決まっていた。
「……私には何の価値もないよ。いてもいなくても、変わらないの」
「——自分のことを価値がないって言うんなら、俺は何度だって言うよ。必要な存在だって」
記憶をなぞる想い。
けれど世界が進めば、少年たちは駆けてきた。
少女たちが色づいたから、世界は白黒じゃなくなった。
「世界は変えられないよ。私一人じゃ」
そしてそれは、少年にとっても同じだ。
ずっと前からそうだった。
「そっか。それなら——」
少年を信じ、もう一度空を目指した、あの日から。
少女を何度だって見つけると約束した、あの日から。
声が、重なる。
「————俺たちで変えよう、芽空」
「————私たちで変えよう、そーた」
涙と笑顔をかき混ぜて。
少年たちはもう一度、走り出す。
それぞれが自分の色を描ける、世界のために。
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まずは、いつもお読みいただいていたことに感謝を。
それから、ここまで読んでくださった皆様方へ。ありがとうございました。
これにて、『黒と白の世界と』完結です。
たくさんのことを話したいところではありますが、活動報告にて明日、落ち着いてからゆっくりと書きたいと思います。
ですから今はひとまず、重要なことをいくつか。
この作品は、大きく分けて四つで構成されるシリーズの一作になっています。
そのため、前日譚にあたる物語。それから、終曲2〜エピローグに至るまでの物語。さらに…と、まだまだ続いていきます。
興味を持ってくださった方や、また続きが見たい、という方はぜひお読みください。
連載開始はおおよそ一ヶ月のお休みをいただいた後、と考えています。等々、今後の詳細も明日の活動報告にて書き記すつもりです。
さて、重ねてになりますが、本当にここまでお読みいただきありがとうございました。
この作品が面白かった、という場合には評価・感想等書いていただけると、励みになります。
応援、ありがとうございました。




