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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第四章 『崩落の世界』
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第四章21 『辿り着くべき場所』



 シャルロッテは二人から視線を離さないようにしつつ、


「あんたたちの経歴を調べたわ。そもそも記録が消されていたり、改ざんされた跡(、、、、、、、)があってなかなか厄介だったけれどね」


「そりゃ、ご足労おかけしたっスねぇ」


 刺すような視線のシャルロッテに対し、エトはいつもと変わらない能天気な声を出す。ついでに言えばフェルソナに抱きついたままなあたり、余裕の現れかあるいは演技か、はたまたそれが隠れぬ本性か。

 いずれにしても自分が問わねばならないことは変わらない。


「事はワタクシたち——ラインヴァントとその支援者、つまりは『獣人』の今後に関わる話よ。だから聞かせてもらうわ」


 一度言葉を切り、



「————研究者フェルソナ。あんたは誰(、、、、、)?」



 無言。

 鳥仮面は先ほどから沈黙を守っており、シャルロッテのこの質問に対しても答える気がないのか、これといった反応を見せない。ならば。


「『獣人』に協力する、素顔も素性も不明な人間フェルソナ。あるいは、瀬黒裕里仁。どちらで呼ばれるのが好みかしら?」


「……なるほど。君はそこ(、、)まで辿り着いたんだね」


 と、そこでようやく彼が口を開き、仮面の下で笑っているのかわずかに声のトーンが高い。

 発言の内容を含めて、確かな手応えがある。思わせぶりなだけではなく、間違いなく一連の事情を知っているであろう反応だ。


 しかし続けて告げられた言葉は眉を寄せざるを得ないもので、


「明日は暇かい? シャルロッテ君」


「……は?」


 何を言っているのだろう、とシャルロッテは思う。


「そんなこと、聞かなくてもわかることでしょう。ワタクシは参加こそしないものの、三人に付き添うわ。HMAやルクセン家、フロイセン家を始めとした多くの人が携わっている『ノア計画』。安全性にも十分配慮しているとは言え、あらゆる意味で何が起こるかわからないもの」


 たとえば、どこかの下民(、、)がしょうもないミスを犯してパニックに陥らないか。

 たとえば、『ゴフェルの膜』やビニオスに何か整備・機能不良等がないか。

 たとえば、藤咲華かあるいは改変者(、、、)が何かを仕掛けてくる可能性はないか。


 いずれであっても、多少なりシャルロッテにできることはある。もとい、時々の頼もしさはあれど、基本的にはそうしてやらなければふらふらとした連中だから、シャルロッテはやるのだ。


「……会場は中枢区。娯楽エリアの近くに設置された、大展望塔だったかな」


「ええ。まさか、来る気?」


「そのまさかだよ。一般入場は事前予約制だったはずから、今から行こうと思うには無謀だが————」


 ああ、そうか。


入る手(、、、)はいくらでもあるものね。それも、非合法的なものではなく、正規の手段で」


 鳥仮面は頷く。


「このことは誰かに?」


「いいえ。それとも話した方が良いかしら? あの下民に、三日月奏太に知られるのが嫌なんでしょう?」


「……盗み聞きはあまり良い趣味ではないよ、シャルロッテ君」


「どっちがよ。あんたたちの方がよっぽど目も当てられないくらい、ひどい趣味してるわ。それにそもそも、ワタクシは聞いてなんていない。ただのカマかけよ」


 「ご愁傷様っス」とばんばん肩を叩くエトに、フェルソナが呻き声をあげる。緊張感があるのかないのか、はっきりしてもらいたいところである。

 とはいえ、ひとまずは。


「あんたたちが来るというのなら、その話に応じましょう。——ただし」


「他の者も同行、かい? ジャック君だね。僕は構わないよ」


 冷や汗が一筋、流れる。

 恐らく今、鳥仮面の奥の瞳は、シャルロッテの後方——待機させているジャックの方を向いている。


「……気づいてたのね」


「僕には戦う力はないけれど、仮面というものはこれで便利なものだ。視線の動きを勘付かれないし、それによってみんなと違う動きをしている者を見分けることもできる」


 それに何より、と両手を開いて、


「事情を追っている君にとって、僕たちは危険人物そのものだ。君はそんな危険に、無防備な姿で突っ込もうとするような人間ではないだろう?」


「——。やり辛いわね」


「いやはや、これでもラインヴァントでは年長者だからね。多少なりは勘も鋭くなるさ」


 言い、フェルソナはエトに巻きつかれながら背中を向けた。

 エトが「んじゃ、またっス!」と言って手を振っているのを一瞥、シャルロッテは、


「一つだけ答えなさい。——あんたは、ワタクシたちの敵? それとも、味方?」


 すぐに返答はなかった。

 足を止めた背中から感情は見えず、聞こえる声は会場の賑やかさのみ。


 沈黙が始まり、どれだけ時間が経ったのかはわからない。

 しかしフェルソナは、はっきりと。確かな感情を持って、こう言った。


「僕は決して赦されること(、、、、、、、、、)のない大罪(、、、、、)を背負った咎人だ」


「————」


「だからその償いだと言えるのかもしれない。罪滅ぼしなのかもしれない。……けれど。今も僕は、ラインヴァントの年長者であり研究者だ。これまでもこれからも、奏太君を始めとした、皆の味方のつもりだよ」


 白衣が、翻る。

 どこへ行くともわからないその背中は、視界の奥へ奥へ。

 何かを目指すように、二人は去っていった。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 ラインヴァントは、というよりこういった集まり自体に言えること。

 最初は普段話さない者とも会話をしたり、盛り上がったりするものの、時間が経てば経つほどおおよその固定メンバーに落ち着くというのは、もはや定番の流れだ。


 何人か姿が見えない者もいるが、葵と姉妹。アヤメとその弟や、ヨーハンとフェルソナ・エト等々。

 よく裏庭で遊んでいる非戦闘員の子たちなんかもいくつかのグループに分かれていて、先ほど「明日頑張ってください!」と何回か声をかけられた。

 死ぬまで一緒の友達……とまで行くかはわからないものの、皆それぞれ自分がいるべき、いたいと思える場所があって何よりだと思う。


 思うけれど、同時に。

 それだけ一人というのは、視界に入りやすくなる。そしてその理由が彼女の性格だけでなく、過去の経験からくるものなのだということを知っているからこそ、


「……よ、希美」


 奏太は美水希美に、声をかけるのだ。


「奏太さん。どうしたの?」


「どうした、っていうか…………」


 楽しんでいるか、とは聞かない。

 きっと彼女に聞いてはいけないことだと思うから。


 ……食べているか、とは聞かない。

 視線を彼女のもぐもぐと動く口元、手に持った皿、料理が並べられたテーブルの順に移していく。

 聞くまでもない質問であると判断。


「希美って意外と食べるよな」


「ん、ぐ。……そう? ユズカさんに、比べれば、そんなに」


「いや、ユズカと比べたら誰でも少食だよ。俺も含めて」


 あの小さい体——と言っても年齢を考えれば大きいほうだとは思うが——のどこに入っているのかはわからないが、改めて食事量の差がすごいな、と思う。

 それゆえ一位と二位がすごい差だが、女性陣の中ではユズカの次に希美が食べるだろうか。


 それでも脂肪として現れづらいのか、スレンダーなモデル体型……というよりは痩せ型と言った方が良いのだろうか。何も知らない人からしたら、「もう少し食べたら」とアドバイスを送りそうな体型。

 ドレス姿な上、あまりジロジロ見るのも失礼だと思われるので、この辺りにしておくとしても——、


「……っと」


 ぐぅ、と。

 ふと思い出したかのように食欲が腹を鳴らし、視線を料理の方へと移す。


「んと、おすすめとかあるか?」


 今もなおもぐもぐと口を動かす希美に問いかけ、


「……生ハムのサラダと、ユズカさんが作ってた、オムライス。あと、ここに、あるのだったら、そこの牛肉とか」


「ああ、赤ワイン煮込みか。確か前に教えてもらったな……」


 それからそれから、と指していく希美。

 いつもと変わらぬ無表情でありながらも、どこか言動がいつもと違った様子だ。

 まさか酔っているというわけではないだろうが、彼女なりに今の状況を楽しんでいるということなのだろうか。パーティーが始まった最初は子どもたちとも話していたようだし、ひょっとすると彼女の内面も奏太が思うよりは問題ないのかもしれない。



 ————ずっと、どこか遠くを見つめているような、空虚な瞳を除けば。



「……奏太さん、どうしたの?」


 ぱち、と。奏太の変化に気がついたのだろう、瞬きをした希美がこちらを見上げた。


 目は合っている。

 なのに、彼女は。


「——。とりあえず、おすすめされたやつもらおうかな」


 奏太は彼女の見えないところで息を吐き出しつつ、いくつかの料理を適当に皿に移す。


 最初は牛肉、次に自分で作った浅漬け、オムライスと順に手をつけていって——最後に、一口サイズにカットされたケバブを口にする。


 いずれも、美味しい。


 誰かと話してばっかりだったのでお腹が減っていたということもあるし、料理は愛情で味が変わるもの。

 作る側が食べる人のことを——主に味付けや工夫という意味で——よく考えているのだと、伝わってくる。


 だが、さらにもう一つ。

 元々できるとは聞いていたが、あのユズカが皆に料理を振る舞えるようになったことや、かの店主が作ったであろうケバブ。

 それらには特別感じるものがあり、感慨深さが満足感を引き立てているのではないか、と奏太は思う。


 だから(、、、)、視線は料理に向けたまま、呟く。


「……蓮も、食べることが好きだったな」


 それが、彼女の瞳に映っているモノなのかはわからない。

 彼女の名を口に出すことで、感情が戻ってくるのだと心のどこかで期待しているのかもしれない。あるいは、縋っているとも。


 だが、奏太が問いたいのはそうではなく。


「姉妹ってさ、どこか似てるもんなんだよ」


「……似てる?」


「ああ。見た目もそうだけど、性格とか行動とか、あとは味付けとかもそうだな。同じ環境で生活してるからなのかな」


 奏太が指差すのは、先ほど口にしたオムライス。

 ユズカが作ったものだと聞いたが、『パンドラの散解』後にユキナに作ってもらったものと、どこか似た味付けだ。


 ……いや、オムライスならばチキンライスを卵で包んでソースとかをかける、みたいな自然と似たような味付けになるのだが、かかっているソースの分量とか、具材の切り方とか、焼き加減とか。

 好みや「当たり前」を舌が覚えているのだろう。さすがに全てそっくりそのまま、というわけではないが、ともかく。


「希美は蓮のことを心の底から慕ってるし、それこそ至上として見ている……みたいなとこがあるけどさ、別に真似しようと思ってるわけじゃないだろ?」


「それは、うん」


 希美は頷き、


「姉さんは私とは違う、特別。奏太さんの言う通り、一番上の存在。だから、姉さんは絶対だけど、私は姉さんにはならない。私には無理だから」


 彼女の皿にケバブが盛られ、それを彼女はそのまま口に運ぶ。


 比べてみれば、頬を染めて満面の笑みで食べていた蓮とは違い、希美はあまりにも反応が薄いように見える。

 意思次第だと言いたいところではあるが、確かに現時点では蓮からは程遠い。遠いけれど、


「やっぱり似てるよ、二人は。……今希美が取ったやつ、あの特製辛口ソースかかってるやつだしな」


 にもかかわらず、平気な顔で美味しそうに食べているあたりが特に。


 ——と。こうやって振り返ってみれば、意外と姉妹の共通点は見つかるものだ。希美と蓮の場合は、食事以外で言えば意志の強さが特にそう。

 

 話によれば、奏太たちがこの前『施設』へ行っている間、希美は正体不明の敵に襲われたとのことだったが、ヨーハン邸へ来るまでも来てからも、泣き言を一切言わなかったのだという。

 治療と事情の聴取には奏太も携わったが、その際にも彼女は「ごめんなさい」とか「ありがとう」ぐらいしか言っていなかったあたり、戦闘慣れ以前に大した精神力である。


 とはいえ、彼女のそれは蓮と違って、どちらかと言えば悪い方向。

 奏太と初めて交わした約束もそうだが、妙に破滅思考のきらいが見られるのだ。

 自身の幸せを見つければいいと、奏太はかつて彼女に言ったけれど。


 口に出していないだけで、変な方向へ思考を進めてはいないかと、そう思うのだ。

 蓮とは違っても、同じ場所に辿り着いてしまうのではないか——と。


 だから奏太は、


「…………姉さんはもういない」


「え?」


 奏太が口を開く前に、希美はポツリと呟く。

 あまりに突然だったがために、思考が遅れ、言葉が発せず、


「この世界にはもう、姉さんはいない」


 同じ言葉を繰り返す少女の横顔を見て、驚きに目を見開く。


 その瞳は空虚。

 だが、熱を持った雫が頬を伝い、一つ、落ちる。


「明日地上は、海の中に沈む。そこに、姉さんはいなくて、それでも世界は、動く」


 一見当たり前の話。

 確かに『ノア計画』によって地上での生活は終わるけれど、しばらくは新鮮なものとして、日常は世界に在り続ける。


 だが、彼女が指すものは違う。


 思い出す。

 確か、そう。ラインヴァントの当初の目的。

 ——『ノア計画』の実行の日。その日まで平穏に暮らし、無事地上での生活を終えること。


 梨佳はそう言っていて、実際平穏であったかと言われればそんなことは全くないのだが、後半の部分。

 地上での生活の終わりは、もうすぐそこまで迫って来ている。

 むろん、まだ現実味がないような気がしている、奏太のような者もいるだろう。あるいは、一つの時代の終わりだと受け入れている者もいるかもしれない。


 しかしいずれも、希美とは決定的な溝がある。

 それは恐らく、きっかけは梨佳とオダマキ。二人の喪失を経て、彼女はようやく蓮の死を受け入れたことから来ているのだろう。


 ラインヴァントのかねてからの目的には、内容からして明らかに蓮と梨佳が大きく関わっているし、そうでなくとも希美のために体を張ろうとしたオダマキは、今も意識を失ったままだから。


 ——世界は間違っている。


 奏太と同じ想いを抱いていた彼女が辿り着いた感情。

 それは恨みや怒りとは違い、矛先を失った、何も混じるもののない純粋な悲しみだ。

 遅すぎる理解で、覚悟で、諦め。


 今にして思えば、希美は乗り越えるべきものを何一つとして乗り越えて来ていない。

 今も死者の幻影に囚われ、一人さまよっている。そんな彼女に、


「————俺は」


 三日月奏太が、伝えられること。

 もしそれがあるのなら、奏太は。


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