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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第四章 『崩落の世界』
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第四章18 『それぞれのキズアト』



 薄黄色の長髪の少年、天姫宮葵。

 彼は黒フードをきっと睨みつけたまま、何かをこちらに放ってくる。


「……これは?」


 慌ててキャッチ。手元に転がったものを見つめると、それはどうやら小瓶のようだった。中には白いクリームが入っているようだが、


「『ユニコーン』の角を利用した回復薬だそうです。それを塗れば問題ないはずですから、痛むとは思いますが頑張ってください」


「『ユニコーン』……って、あの下民?」


 彼の能力については、シャルロッテも確かに記憶している。

 彼の角は自分だけでなく他人も治すことができ、絵面こそグロテスクだが、他人の傷口に刺して治療できていたことを。

 それを利用した傷薬だというのだから、信用はできるのだろうけれど……抵抗が。いや、四の五の言っていられる状況ではないとわかっているのだけれど。現に今も血は流れ続けており、このまま放っておけばこの綺麗な体に痕が残るかもしれないけれど。その前に。


「……とりあえず、礼を言っておくわ。でも相手は『獣人』で、なおかつ謎の力を使ってくる。突然おかしな位置から攻撃が飛んできたり、包丁が落とされたり……ね。気をつけなさい」


「なるほど。情報提供、感謝します」


 そこまで言い終えたところで、シャルロッテは深く息を吐く。肺の中に残った酸素を全てなくし、今度は息を吸うタイミング。ここで意を決して——全力で包丁を引き抜く。


「…………っっっ!!」


 脳の血管が切れるのではないかと思うくらいの激痛が走る。

 それでも意地でも歯を食いしばり、涙は流さず、続けて小瓶の中身を靴上から注ぎ込む。

 一瞬、沸騰しそうなくらい高熱の傷口に冷たいものが当たり、痛む。が、


「……これが」


 これが、『ユニコーン』。

 回復薬は触れた箇所から急速に修復を始め、奥へ奥へ浸透し、貫通していた刺傷を治していく。

 まるで最初から傷などなかったように、じんわりと、丁寧に。

 それに妙なくすぐったさを感じつつも、痛みは徐々に収まっていく。身体中の冷や汗はまだ止まっていないが、ひとまずこれで問題ないだろう。


 こんなものを作ったのはエト——いやフェルソナだろうか。素材の提供者であろう奏太を含め、とんでもない効果だと驚きつつ、顔を上げる。


 するとどうやら、既に戦闘は始まっているようだった。


「遅いですね、あなたの攻撃は——!」


「…………」


 左。蹴りと貫手を基本攻撃とする黒フードに対し、全ての攻撃をいなしながら攻撃を繰り出す葵。

 右。恐らく『纏い』と思われる黒フードに、『憑依』のみで迫っていく葵。その洗練された無駄のない動きは、上位互換にある能力と互角——否、徐々に押しつつある。


 左右に高速で移動する二人の戦闘は、先ほどシャルロッテが行なっていた紛いものとは大きく異なる。割り込めない領域。絶対に超えられない壁。人間では届かない場所。


 歯噛みしそうな気持ちもあるが、致し方ないことだ。

 シャルロッテ・フォン・フロイセンは人間。

 対処行動は訓練通り正しく取れていたが、たかだか一ヶ月の、にわか仕込みの防御(、、)では『獣人』に追いつくことなどできない。


 その点、あの葵という少年は常日頃から攻撃や防御はもちろん、あらゆる局面のために稽古を積んでいたのだろう。黒フードも避けるのが精一杯で、攻撃に移れないと見える————、


「——左下! 避けなさい!」


 二人の影でまたしても発生の瞬間が見えなかったが、一瞬。先の青い光がちらと見えた。

 シャルロッテが叫ぶと、葵は咄嗟に横の机を足場に、後方宙返りをして謎の攻撃を避けた。


「……なるほど。芽空さんや希美さんのような能力でしたか。——弱点が見え見えですがね!」


 言いつつ、彼は近くに転がっていたペンを青い光の走った部分に投擲。同時に地を強く蹴り、左の回し蹴りを本体である黒フードに、否。本命の右の手刀と左の掌底を叩き込む。

 動揺が残っていたのだろうか、黒フードは避けきれず、攻撃が体の端を掠めた。

 そして、


「…………っ」


「——おや、逃げるんですか?」


 それを受け、開いた窓に身を乗り出そうとする黒フード。

 その腹には葵からの攻撃に加え、赤く血の吹き出している傷口がある。恐らくは、葵が来る前——シャルロッテが撃ったものだろう。どうやら命中していたらしい。


「無様に逃げようと思うのは勝手ですが、逃がしませんよ?」


 そんな敵に対し、手を緩めない葵。彼は懐から棒状のもの——花火だろうか、先に火薬のようなものが付いている——を取り出し、投擲。二方向からの燃える攻撃と、彼自身の突撃。計三方向からなる高速の連撃は、窓から飛び出た黒フードに命中。


「…………ちっ」


 しかしどうやら、当たるには当たったものの、止めるまでには至らなかったらしい。

 窓の外へ身を乗り出し、上に横に、キョロキョロと見渡した彼は、舌打ちをしたのちゆっくりとため息をついた。

 振り返って、


「申し訳ありません。仕留め切れなかったようです。それにそもそも、来るのが遅れてしまい……」


 いや、あれだけのダメージを与えたのなら十分だ。

 『トランスキャンセラー』は取られてしまったものの、対処法を知るシャルロッテは無事で、そのうちジャックも帰って来るはず。


 だから…………あれ。

 脅威が去ったとわかったからか、妙に体に疲れが。


「能力についてもある程度はわかりました。速度と回数には限界があり、一定の条件下でないと——シャルロッテさん?」


 瞼が重い。声だけははっきりと聞こえるのに、視界が白んできた。体も沈んで、声が、遠くに。

 起きていなければいけないとわかっているのに、抵抗一つできない。


「————ッテさん!」



 ……ああ、そういえば。

 皆は無事だろうか。

 この屋敷にいる者たち。襲撃を受け、運ばれたのだという少女。

 それから、『施設』に向かっている彼ら。


 …………。

 少し、眠ろう。

 起きた後には色々と考えなければいけないことがあるし、その頃には彼らも帰ってきて、また面倒なことを言い出すに決まっている。

 ならばシャルロッテもいつも通り、澄ました顔、


 で。





*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「——お、起きたか?」


 ぱち、と目の開いた少女に声をかけてやると、彼女はゆっくりと右に左に視線を動かし、最後にこちらを見つめた。

 そしてその目がじとっと細められ、


「……不法侵入なんて最低ね、下民」


「いやいやいや。その原理で行ったら俺だけじゃなく、みんなそうなるからな?」


 目を覚ましたと思ったらなんて理不尽なことを、と慌てて否定したところ、肩にポンと手を置かれる。


「……そーた。罪は早く認めた方がいいよー」


 いつから単独犯になったのか知りたいところである。


 とまぁ、冗談はこのくらいにしておくとして。

 奏太は一度ベッドに寝かされた、シャルロッテの包帯が巻かれた足に目を向ける。


「傷、大丈夫か? ……葵から話は聞いた。かなり無茶したんだってな」


 いわく、奏太たちが『施設』に向かっている間に、計二度の襲撃があった。

 一人は希美。彼女の方は先ほど治療を終え、事情を聞こうとしたら「寝る」と言われたので、ひとまずはそっとしておいた。

 それからもう一人、シャルロッテ。どうやら葵の話では、戦闘の末足に刺傷を受けたとのことだが、


「問題ないわ、このくらい。傷も塞がってるし、すぐに動かせるようになる。……半分はあんたのおかげでね」


 最後に何か小さく呟いたが、なんと言ったのだろうか。

 問い質そうとしても彼女は答えず、「ハッ」と鼻で笑うだけなので、確認は諦めることにするとしても。


「——ごめん、シャルロッテ。また無茶させることになって」


 奏太は、これだけは言っておかなければならないと思った。


 大事な時にここを離れていたから、ではない。確かにそれもあるかもしれないが、それよりも奏太が気にしているのは、恐らくシャルロッテが自身の判断で無茶をしたということ。


 もしかすると自分のため、と彼女は言うのかもしれない。確かに自分本位なところが彼女にはある。

 だがそれは、自分のために誰かを助けるという彼女の優しさを意味するのだ。


 無茶な戦いに挑んだのも、恐らくはそこからだろう。

 だから、


「——勘違いしないでくれる?」


「え」


 彼女の反応は、その斜め上をいくものだった。


「ワタクシは不審者に綺麗な肌を傷つけられたから、その仕返しをしようとしただけ。そうしたら相手がたまたま改変者(、、、)で、足を刺された。それだけよ」


 「いや、そんなたまたまがあってたまるか」とツッコミそうになるが、音になる前に引っ込める。

 さすがに奏太でもこれはわかる。

 シャルロッテはいちいち気を遣わせないよう、そう言っているのだ。少なくとも、今だけは。


 だから奏太が、奏太たちがするべきは申し訳なさそうに謝ることではなく、


「——ありがとな、シャルロッテ」


「私からも、ありがとうシャロ。生きててくれて良かった」


「いや、あんたたちね……」


 照れているのか、あるいは呆れているのか。

 最終的に彼女は、二人の言葉にため息を吐いた。


 窓からそよそよと風が入ってきて、少しの間が部屋の中に訪れる。

 シャルロッテは自身の髪を弄びながら「で」とこちらに視線を向け、


「あんたたちはどうだったの。収穫はあったんでしょうね?」


 顔を合わせる奏太と芽空。

 収穫があったか、と聞かれればもちろん、


「たくさんあるよ。歴史の裏事情とか、俺たちの今後の方針とか諸々な」


 「まずは」、と一から説明していく。

 学生区地下がどうなっていて、問題の『施設』はどんな場所だったのか。得た資料、戦闘、それから————。



「……なるほど。あんたもあんたでとんでもないことやってたのね」


「あの時は本当に心配したんだよー。だってそーた、一人で地下に埋められちゃったし」


「それはごめんだけどさ、状況的に仕方なかったんだよ。どのみちあいつらは倒さなきゃいけなかったわけだし」


 ——そう。

 ジャックと芽空を逃した後、奏太は一人地下の崩壊に巻き込まれたはずだった。

 だがあの後、奏太が行ったのはその中での戦闘であり、同時にそれは一人たりとも地上に『獣人』を出さないための行動でもあった。


 最後の一人を倒したところで本格的に崩壊が止まらなくなり、瓦礫が一斉に降り注いだ時には死を覚悟したものだが——『昇華』の力はとんでもないな、と改めて思う。

 崩れる地面の中で真っ直ぐ上に跳躍、瓦礫を砕きそのまま天井を飛び越え、陽の下——正しくは人工太陽だが——に舞い降り、二人と合流して脱出。そんな無茶苦茶なことができたのだから。



 そして、だからこそそれを終えた奏太は思う。

 お互いにとんでもない事態の中にあったが、なんとか帰ってこれたと。

 根本的な問題は解決していないが、一応は再びの平和が訪れたのだと。


「ジャックが戻ってきたら、また話し合いしないとだねー」


「そうね。ワタクシの方で得られた改変者(、、、)の情報も共有しておく必要があるし……」


 二人の言う通り、やるべきことはまだ残っている。だがしかし。

 ジャックがレポートとディスクのコピーをし終えて戻ってきたら、話し合わなければいけないことがある。

 それはきっと、多くのことができても結局はまだ子どもでしかない今の奏太たちにとっては、改変者(、、、)や喪失のこと以上に大切なことであって、


「…………二人とも、大事な話があるんだ」



 なんでもない風に語れるのは、そろそろおしまいだ。


 『獣人』を一人残らず倒した。

 それはつまり奏太が多くの命をこの手で奪ったということでもある。

 だからもう、罪の意識からくる震えも隠せなくなってきて、多分今鏡を見れば、そこには死にそうな表情の自分がいることだろう。


 精神的にも肉体的にも限界。

 奏太も、芽空も、ジャックも、シャルロッテも。

 戦い、守ってくれた葵や傷ついた希美も、今は恐らく疲れているはずだ。


 当たり前だろう。

 たった一日。それだけの間にたくさんのことがありすぎた。

 知った情報も得た傷も、すぐにすんなり治るわけじゃない。深く、いつものように笑えないくらいに深刻だ。


 しかし、だからこそ、やるべきこと。



「——パーティーをしよう。一旦苦しいことは忘れて、心から笑えるくらい派手にさ」



 それは早朝ここを出る前、ユズカたちに約束したこと。

 辛い仕事になるだろうから、やって欲しいとお願いしておいたこと。

 結局問題の先延ばしになるし、ある意味逃避行動にも近い。

 しかしひとまずは、お互いの無事に乾杯でもして、と————。



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