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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第四章 『崩落の世界』
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第四章14 『知っていること、知らないもの』



 机の上に並べられた、写真の数々。

 今までの写真をまとめてプリントしたため、眺めているだけでも半日くらいは経っていそうな量。本当にたくさん撮ったなぁ、とユズカは思う。


 ユズカを含め、少女たちは一枚一枚手にとって眺めながら、


「おおー、ユキナちゃん写真撮るの上手くなってない?」


「でしょ? 毎日色んなとこ行って練習してるしね!」


「……どうしてお姉ちゃんが誇らしげなんだろう」


 自分と絢芽、二人の絶賛にやや赤面しつつ、しかし俯いたりなどはしないユキナ。


 姉のユズカから見て彼女は、この一ヶ月でかなり変わったように見える。

 奏太に対しては相変わらずなようだが、下を向くことが少なくなったというか、少しずつ落ち着きを覚え始めたというか。

 それは多分、シャルロッテ……だったか。あの人のところへお手伝いに行くようになってからだ。


 なるほど、大人な人から大人なことを学べば、誰しもが徐々に大人になっていくということか。

 素敵なお姫様になりたい。そんな目標を掲げている自分からすれば、また距離を離されたような気がするが、同時に負けていられないなとも思う。

 今も写真を見て、


「絢芽、どうしたの?」


 ふいに、同じく写真を見ていた絢芽の体が跳ねたため、ユズカは途中で思考を止めた。彼女は目元を隠す髪を片目だけどけつつ、


「あ、ごめんごめん。ちょっと電話」


 誰からだろう。ユキナと顔を合わせてみるが、当然ながらわかるはずもなく。

 まあいいか、と写真漁りに戻る。


 この一ヶ月の間に撮ったものは先ほど確認し終えたので、昔のを遡ることにする。

 今は無きラインヴァントのアジトや各部屋、食堂。奏太が料理を作ったり、芽空が浅漬けに夢中になっているところ。スーパーとその帰り道の公園、よくわからないでかいビル。撮影帰りの梨佳と、仲良さげに話す希美。フェルソナが外で誰かと……「あ、これよく見たらオダマキおにーさんだ」と驚きつつ、次へ。

 夏祭りへ行った時の写真。浴衣を着て、花火を見るみんな。梨佳に制服を貸してもらって、自分たち姉妹もみんなと同じ学生みたいになって。パーティーをしたり、戦ったり、喧嘩したり、笑っておしゃべりしたり。


「…………懐かしいね、お姉ちゃん」


 今は無きものも、いくつかある。

 だから切なげにユキナは微笑む。一枚たりとも無駄ではなかったと、そう自分に言い聞かせるように。


「ん、そーだね」


 ……本当に妹は、大人になったなと思う。自分が見ていなかっただけで元々、そういう子だったのかもしれないけれど。


「あ」


 などと珍しく感傷に浸っていると、一枚。

 珍しくあの少年(、、、、)が笑っている写真があった。

 ぐぬぬと少し、迷う。


「お姉ちゃん、何か気になる写真でもあった?」


「う……うん」


 しかし迷ったのは少しだけだった。

 脇に避けておき、後でもらうことを心に決める。それをどう受け取ったか、


「私も良いの見つけたよ」


 とユキナは一枚引っ張り出して、こちらに手渡してくる。妙に勘繰られなくて良かったと、ほっと息を吐きつつ、


「…………わぁ」


 写っているものに思わず、感動の声を漏らした。

 恐らくこれはカメラを買ってもらってすぐに撮ったものだったと思うが、


「ラインヴァントの、いつもの人たちと撮った写真。絢芽ちゃんがいないのは残念だけど……」


 食堂で撮った写真だ。

 光の当たる角度とか、ピントとか、そういうのをまだユキナが勉強していない時。

 絢芽がいないのは時期的に仕方のないことではあるが……確か、こんな感じだったはずだと思い出す。


 タイマーを使って皆で撮ったのは良いものの、それぞれが好き勝手にポーズを取ったため、統一性がなくてめちゃくちゃで、驚いていたり、笑っていたり、呆れてため息を吐いていたり。ユキナは困っていて、自分は確か、笑っていたはずだ。

 あの時のみんなで過ごした日々は、めちゃくちゃだったけど、あれで良かったのだと思う。それぞれが自分の思うように楽しく騒ぐ。それこそがあのアジトで、自分たちのいた場所だとユズカは思うから。


「ね、ユキナは」



 ————妙な気配。



 反射的に振り返り、窓の外を見つめる。


「……お姉ちゃん、どうしたの?」


 時間にして、三秒も経っていない。その間にクルクルと変わったユズカの行動に対し、妹もさすがに不審に思ったのか声をかけてくる。

 しかし片手でそれを制止、さらに感覚を研ぎ澄ませる。


 やはり誰かいる。姿は見えないが、はっきりとした気配で伝わってくる。

 少し、他の者とは違う感じ。


 異様な存在。無数に散らばった嘘。形のない劫火。知っているのに知らない匂い。偽りに塗りたくられた造形。憎悪。ここにはない何か。——、消えた。


「……どういうこと?」


 警戒は緩めず、先ほどまであったはずの気配を確かめようと、その場所をじっと見つめる。

 が、そこにはやはり何もない。ただの裏庭だ。

 使用人は先ほど掃除を終えたばかりでいないし、遊んでいた子どもたちも中に入ってしまった。不審人物はおろか、生き物一匹すらいない。


「あれ、ユズカちゃん。どしたの?」


「え」


 と、そこへすっかり意識の外へやっていた絢芽が戻ってきて、一瞬彼女ではないかと疑う。

 だが、どう見ても先ほどの気配と彼女の油断だらけなそれは大きく異なり、見失ったかとため息を吐く。

 いや、どちらかと言えばそこにいたはずなのに、突然跡形もなく消えたと言うべきか。


 ……まあ、いずれにしても体たらくに違いはないのだけれど。

 これ以上妹を不安にしたくもないので、


「えっと、大丈夫。なんか変な虫いたから、ちょっと気になっただけ」


「そ、そう。何か変な人でもいたのかと思っちゃった……」


 意外と鋭い。まあ、恐らくその認識で間違いはないのだが。

 それはそうと、


「絢芽はどこ行ってたの? 電話してなかったっけ?」


 座りつつ、彼女に問う。

 電話にしてはそれなりに長かったような、というかそもそも自分たちのような立場だと電話する相手も限られるような。そんなことを考えていると、


「なんかねー。お兄ちゃんにそっちのことは任せましたよ、って頼まれてた。なんか敵が来るかもしれな……あ、これ言っちゃダメなやつだった」


 ……ふむ。

 「聞かなかったことにして。ね? ね?」などと必死に頼み込んで来るが、なるほど。

 彼もこの事態について何かしら動きがあると予想していたのか。あるいは、既に戦闘は始まっているか。

 いずれにしても、そんなことを聞いた以上、ユズカのとるべき行動は一つだろう。思い切り机を叩いて立ち上がって、


「————よし! アタシたちはみんなを呼んで遊んでよっか!」


「え」


「へ?」


 ユズカの発言に二人が驚き、目を丸くする。

 そんなに変なことを言ったかな。


「でも、お姉ちゃん。敵が来るって」


「そうだよ、ユズカちゃん。……その、お兄ちゃんに任された私が言ったらいけないことだけど、ユズカちゃんの方が強いし、ユズカちゃんがお兄ちゃんの方に行ったらそれで……」


 まあ、それは間違いなく事実だと思う。

 絢芽がみんなを守る必要がないくらい早く敵を倒せるし、葵と合わさればなおさら。戦いをやめた今でも、大抵の相手に負けることはないとも思う。

 だから彼が何かと戦うというのなら、自分も行くべき(、、)ではあるのだろう。が、


「——でも、葵くんはアタシのこと、何も言わなかったんでしょ?」


「……それは」


「なら、アタシの戦いは求められてない。絢芽やユキナと一緒に、他の子たちを守ることの方が大事だってことだよ」


 疑いなく、はっきりとそう言える。


 彼はユズカの戦いを全て奪っていった存在だ。そんな彼が自分を求めるのなら、多分その時は、別の理由を持って隣に立って欲しいという時。

 そして、求めていなかったというのなら、今はその時ではないということ。


 それを聞いた絢芽はしばらく固まっていたが、やがて、


「……ごめん。ちょっと私、弱気になってた」


 ぽつりと、謝罪。

 長い髪の間から、ちらりと見えるその瞳は少し濡れていて。励ますのは苦手なんだけど、どうしよう。


「私じゃ守れないんじゃないかって、だからユズカちゃんが行けば、って。ごめんね、私、約束のことも知ってるのに」


「……ううん。絢芽が謝ることじゃないし。てかてか、むしろ謝るのはアタシの方だし。ごめんね、こんな時にこんなこと言って」


 とりあえずは自分の思うことを言えば良いか、と迷いを捨てる。

 「それに」と次いで、


「アタシは本音で言ったらさ、戦いたくなってきたから。だから……そだ、明日とかにアタシと戦おう? それでチャラで!」


「ユズカちゃん……」


 あれ、どうして戦う話になったのだろう。

 まあでも、絢芽の考えは仕方なくて、自分も悪くて、戦いたいけどそれ以上に彼を信じているからダメ。それは確かに伝えたつもりだからいいか。


 涙ぐんでいた絢芽も、そんなユズカの言葉にくすりと笑って、


「お手柔らかにしてよ、ユズカちゃん」


「お手柔らか……あ、グーじゃなくてパーってことね! わかった!」


 「え、そういう意味じゃないって!」と聞こえる気がするが、楽しみだ。

 まだ『纏い』の練習途中だというし、ある程度は手加減しつつ掌底で——あ、蹴りもありなのかな。でもその前に葵くんの許可も取らなきゃと頷きつつ。


 ふと、ユキナから声が聞こえないことに気がつく。


「ユキナ、どったの?」


「…………お姉ちゃん、変わったね」


「へ?」


 目をパチクリとさせて感動している様子のユキナ。一体どこに変わっていると思える部分があったのだろうか。

 むしろ、姉からすれば妹の成長の方が脅威なのだけれど。


「……ま、そーいうのはまた後で話すとして」


 立ち上がり、未だ何か騒いでいる絢芽とユキナの手を取る。

 順に二人の瞳を見ていき、


「アタシたちにはアタシたちのできることをしよ。——行こっか、二人とも」



 ……そういえば、とユズカは思い出す。

 あのお姉さん(、、、、)は、いつもこうやって自分やみんなの手を取ってくれたな、と。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 いくつも並ぶ、ガラス筒。

 それを横目に三人は歩いていく。


「どう見ても『獣人』……だよな。なんでこんなものがここに?」


「シャロやフェルソナが考えてた通りなのかもねー。——HMAの今の技術は、『施設』から運び出されたもの。『大災害』の後で何らかの組織が『獣人』を回収、研究していたところをHMAが見つけて……いや、見つけたからここへ運ばれて研究した、っていう流れかな」


「じゃあ。ワタシたちが探してた『施設』は『獣人』の研究施設だったっていうこと?」


 ジャックの問いに芽空は首を振る。

 それから視線を横に、気がついた奏太が制止するのも無視して、近くのガラス筒に触れた。


「これは多分、答えの一部なんだと思う」


「答えの…………一部?」


 真剣な表情のまま、彼女は上を向いて、


「……ほら、この音。聞こえない?」


 音。静かにとハンドサインを作っているので、奏太もジャックも、それに従い大人しく耳をすませてみる。


 すると。


「これ、は——」


 聞き覚えのある音だった。

 途中どこかで壁を挟んでいるのか、かなり聞き取りづらいが、奏太がこの半年の間に何度も聞いた音。

 最初は金属同士が軽くこすれる、耳障りの良い音。意識すらも揺れて、心地よい甘さに浸れるような、始まりの。そしてそれは、


「——鈴の音。喪失者の共通点」


 呟いたジャックは居ても立っても居られなくなった、とでも言うかのように駆け出す。


 どうする、止めるか。

 だが、彼女を追い、この怪しげな装置を放置しておくのも危険な気がする。奏太の直感がそう告げている。


「……芽空。この装置、止められると思うか?」


「止められなくはないと思う。でも、むしろ止める方が危険かも」


 それは、つまり、


「止めたら中の『獣人』が出てくるかも、ってことか?」


「可能性の話だけどね。だから今は、先に調べるものを調べてこよう。ここで下手に動いて全部なくすよりは、そっちの選択の方が私はいいと思うよ」


 あのトラップの後だ。

 いつから仕掛けが始まるかもわからないこの状況なら、せめて先にということか。

 それなら、彼女の意見に頷こう。


「でも、最悪の事態は想定しておくこと。私ももちろん武器になるものは借りて来たけど、一番そーたを頼りにしてるから」


「……そこは任せてくれ。だから芽空も色んなこと、任せた」


 頷き合い、駆ける。

 前方にはまたいくつかのガラス筒、一体いくつあるのかと疑問に思うところだが、どうやら元の装置は一つだけらしい。


 奥へ、ただ奥へ。

 どこから入るのかわからない、生物のいない巨大な水槽。棺のような青色の箱。赤く錆びた金属部品の解体痕。機能が停止した殺菌ルームらしき部屋。所々電気が故障しており、視界が白と黒とを行き来する。


「音量があまり変わらないけど、どういう仕組みだ?」


「単純にスピーカーを通してるんじゃないかな。最奥にある部屋から流されてるんだと思う」


 妙に動悸が早く、呼吸が荒いのは気のせいでもなければ走っているせいでもないのだろう。

 彼女が今言った、最奥の部屋。それはもうすぐそこまで迫っているから。


 ここまでは一本道。ジャックがどこかに隠れてでもいない限り、既に彼女は中だと考えた方が良いだろう。

 二人は扉の前で足を止め、荒い呼吸が鎮まるのを待つ。


「この先が……喪失者の」


 既にかなり大きくなって来ている鈴の音。それがスピーカーか、ドアの向こうからか、あるいは自分の頭が思い出しているからかはわからない。


 この中に入れば、今まで知り得なかった全てを知れるかもしれなくて、ヨーハンはこの施設が時代をも動かすのではないかと疑っていた。

 ともすれば、今ここにいる奏太も、今までの自分ではいられなくなるのかもしれなくて——。


「…………芽空」


 不安が募る胸中を突いたのは、驚くくらい暖かくて柔らかな、人の温もり。


 奏太の手を、芽空は握っていた。

 ただ何も言わずに、柔らかく。

 しかしこういう時、彼女なら何を言うか。奏太は知っている。


「……そうだな。今ここにいる俺は、三日月奏太。芽空と共にいる俺だ」


 確かめるように、唱える。

 それからはただ意思を固く持って、


「——入ろう。全ての過去を乗り越えるために」


 彼女の頷きを確認、奏太は扉を開いて————。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 机の上に整頓された、無数の紙束。最初に目に入った光景がそれだ。

 続けて、消毒液と軟膏が混じったような薬品の匂い。施設内をチェックするモニター。完成した薬品を保管してあるらしい、それぞれに札のついた棚。ハンガーにかけられた白衣。研究用の器具等々。


 そしてそれらをぼんやりと眺めるジャックだ。


「ジャック、大丈夫か?」


「ん。ワタシは平気。それよりも……」


 彼女が見つめるのは、鈴の音を鳴らしている機械。それはやはりと言うべきか、今は直接の手がかりにはなり得ないようで、芽空が操作して音を止めた。


「ここに何かあるのは間違いないんだろうけど……」


 改めて部屋を見渡す。

 なんとなく、どこか見覚えがある。だがそれは奏太の過去の記憶というよりは、どちらかといえば現在の方。

 散らかっているわけではないが、やたら作業に使用する道具が多いせいか妙に狭くなるこの感じ。


「……なんていうか、フェルソナの部屋みたいだな。もしかして研究施設ってみんなこんな感じなのか?」


「参考までに、エトも似たような感じだよー。あとはお父様とかその友人の研究職の人もそうだったかな」


 なるほど。全員が全員そうではないのだろうが、似たような部屋になってしまうのはある意味宿命みたいなものか。

 見たところ一人で使っていたわけではなく、何人かで共通の一企画を行なっていたようだし。


 奏太たちの目的は喪失の原因を探ること。

 だからその一企画の跡を探す必要があるわけだが、


「……写真立てがある」


 いや、そんなものを見てもなんのヒントにも、と言いかけジャックの手元を見て、


「——それ、どこにあった?」


「机の上」


 彼女は「ん」と机を指差すが、いやいやもっと驚くべきだと奏太は抗議する。

 なぜならその写真に写っていたのは、


「これ、藤咲華だよ。あいつがここと繋がっていた、って話は知ってたけど……本当だったんだな」


 写真に写っているのは合計四人。その右から二番目、容姿に変わりがなさすぎて何年前かがわからないが、薄赤の髪に黒と白にまとめられた服装。道行く誰をも魅了するであろうその容姿と、浮かべられた薄い笑みは、まさしく麗人。彼女だ。

 ただ彼女の左右、一緒に写っている三人には見覚えがない。過去の幹部か誰かだろうか。


「なあ、芽空。この人たちが誰か知って」


「——お父様とお母様だ」


「え」


 奏太が聞くより早く、彼女は驚きを隠せない表情で、そう呟いた。

 お父様とお母様、つまりは先代ヴィオルクとその妻か。デバイスを含め、過去に研究と技術力で高い評価を得た者たちだと前に聞いたが、


「どうしてそんな人たちとの写真がここに?」


「……わからない。私が記憶する限りだと、二人はそんなに家を空けてることがなかったから、ここに出入りしていたとは思えないけど」


「じゃあ四人のうち、残った一人がここへ置いた、とか?」


 まあ、その可能性が一番高いだろうか。藤咲華がここへ置いて行ったとも考えにくいし、そもそもわざわざ置いて行く理由がない。

 三人が写真撮影をするような仲だったことは驚きだが、それはそれとして。


 まあ、とはいえ特に本題とも関係のないことなので、ひとまず探索を進めることとする。

 

 年月の経過もあり、多少傷つき埃を被っていることもあったが、触って危険のあるものは薬品を除きほとんどなさそうだった。

 ただの私物が出てきたり、保存食が出てきたり、緊張感に欠けるものが色々と出てきたものの、ひとまず。

 机に並べたうち、目ぼしいものは合わせて二つだけが残った。


「——この部屋中にあった紙束と、一枚のディスク。デバイスとかに慣れてる俺らからすると、なんか時代を遡ってる気分だな。……いや、記憶って意味では今遡ろうとしてるんだけどさ」


「最近だとディスクなんてなかなか見かけないからねー。再生機器はこの部屋にあるみたいだから、あとで見てみよっか」


 言い、芽空が指差すのはモニター近くに設置された機械だ。

 ほとんど掠れてしまって読めないが、カタカナで「ユリ」と裏に書かれているディスク。これが映ることを祈りつつ、奏太たちは紙束へと視線を戻す。


 どうやら研究レポートらしい。

 日付は途中でかなり飛んでいるものがあるが、まずは一つ目を見てみることにする。

 タイトルは『Rw1◯』。何かを示す暗号か何かだろうか。やや殴り書きのため、適当につけた名前の可能性が高いが……まあいい。今から十九年も前のものだ。



 ——13,Ap。対象を発見。



「これは四月十三日……でいいのかな。ちょうど時期的には『大災害』が発生した頃だねー」


 となると、この対象というのは『獣人』で良いのだろうか。

 読み進める。



 被験体I、対象と交戦。無力化に成功。時間短縮の余地あり。

 E.能力は正しく機能するものの、言語能力の低下、及び自我の消失。改善の必要あり。



「……ん?」


 妙な書き方だ。研究者個人によって書き方が違うとか、そういうものだろうか。

 ————いや。

 そんなことよりそもそも、



 タイトル『Rw3◯』

 ——15,Ap。対象を発見。

 被験体I、対象と交戦。無力化に成功。過剰な攻撃により、対象を廃棄。



これは(、、、)何のレポートだ(、、、、、、、)……?」


 そこからいくつもの発見と結果が並び、しかし明かされることのない『被験体I』。

 戦闘記録にしては、妙に引っかかる言葉だが、


「——! そーた、これ!」


 と、そこで先を読み進めていた芽空が声を上げる。

 奏太が慌てて彼女の手元を見ると、


「…………え」


 さっきなんて言った。

 最初の日付は四月十三日。『大災害』が始まった頃。人々がまだ『英雄』を知らず、世界に壊れなど生じていなかった時だ。それからしばらくして彼女(、、)は表舞台に現れ、崇められることになる。

 だから、それを思い出して、




 ————被験体I:藤咲華。




 奏太は思わず、言葉を失った。



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