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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第三章番外編 『空白の青空』
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第三章番外編② 『同じ空の異なる景色』



 ラインヴァントは一人の研究者を除き、『獣人』によって構成された組織である。

 一体どういうやり方で『獣人』と判断していたのかは不明だが、メンバーのおおよそは蓮と梨佳によって保護された。


 今にして思えば、恐らくは大体なんでもできてしまう、かの研究者が何かしていたのだろうと思う。思い出したくもないが、HMA幹部も似たようなことをやっていたくらいなのだから。

 しかし、だとしても一人でHMAと同等の技術を作り出してしまうとはどういうことなのか。どんな勉強をしてこればそうなるのか。

 ……まあそれは後々、落ち着いた時に聞くとして、だ。


 葵たちが非戦闘員として扱っている少年少女たちは、ユキナ同様に、基本的に『トランス』が戦闘に使えるほどのものではない。

 もっと言えば、「少し足が速くなった気がする」とか「何となく耳の聞こえが良くなったような気がする」程度の、微々たるものなのだ。

 だから『トランスキャンセラー』は必要であればという自己申告制で、それ以外は外出する時にちゃんと身につけるように……とか、それくらいの注意しかしてこなかった。


 実際その判断は間違っていたわけではない、はずだ。

 そもそも保護されている子たちは皆、地上で暮らすには難しい理由——家庭の問題やHMAの被害等で両親と暮らせないなどだ——があってラインヴァントにいる。

 だから外へ出ることも少なかった。『トランス』の制御の練習をする必要も、なかったのだ。


「とはいえ、さすがにこれは放っておけませんからね……」


 改めて眼前の少女、絢芽と名乗った彼女を見つめる。


 ブリガンテに襲撃されたその日に、彼女は『トランス』が覚醒したのだと言う。

 『シマリス』。自分と同じく……と言って良いのかはともかく、あまり戦闘に使えそうにない動物ではあるが、『纏い』に達するだけの適性を持った、数少ない人材であることは確かだ。


「あ、あれ? なんか私おかしかったです? 三日月さんたちと同じのかと思ったんですけど……」


「いえ、おかしくはないです。……恐らく」


 当の彼女はというと、葵とユズカの反応を見て戸惑っているようだが、果たして現在の獣の力が出っ放しの状態を「君は正しい」と言って良いものかどうか。

 なにしろ、葵自身他の者の『トランス』覚醒の直後——と言っても既に数日経っているが——を見たのはこれが二度目だが、一度目は三日月奏太という例外中の例外。いきなりハクアを倒したような彼を参考にするには、色々と問題がある。


 本来ならばフェルソナに聞いて確かめるところなのだが、彼は現在面会できない状態にあるのだ。

 さて、どうしたものか。


「——ユズカ。ボクはこの子と話をするので、あなただけで他の部屋を回ってくれますか?」


「へ? アタシだけ?」


「ええ。ボクの代わりにユズカをここに残してもあまり意味はありませんし、だからと言って放っておくわけにもいかないですし」


「二人で見るっていうのは?」


「それじゃ長引いた時に本来の目的を達せませんし、あなたのためにならないでしょう。獅子は子どもを崖から落として成長させると言いますし、一人で他の部屋を回るくらい楽なものでしょう?」


 まあ彼女の場合楽ではないと思うが。

 実際、先ほどから口数が少ないし、他の部屋に行っても同様だろうとも思う。

 しかしそれでも葵はユズカの手を取り、しゃがみ、目線を合わせて、


「変わると、決めたんでしょう?」


「う……そうだけど」


「なら、まずやってみましょう。無理だったら、戻ってきていいですから」


 変わると決めたからこそ、ユズカは今までとは違う部分をさらけ出している。肩の力が抜け、社交性に欠けていたことが露見している。

 一人で任せるのは不安……というか、既に失敗する未来が見えているが、それでもまずはその味を知らなければいけないと葵は思う。失敗をして、弱さを知って、いずれ人は強くなれるから。


 …………教育方針として正しいのかどうかと、好きな子に対してそれをするのはどうかというのはともかくとして。


「じゃあ……うん。行ってくる」


「はい、行ってらっしゃい」


 部屋から微妙な表情で出て行く彼女を見て、全く良い表情をするようになった、と思うのは葵だけだろうか。

 少なくとも、強くたくましい表情ばかりを見せていたあの頃よりはずっと、と。


「お兄ちゃんってあのお姉ちゃんのこと好きなの?」


「ええ、まあ……って、何を聞いているんですか、あなたは」


 ふいの質問に個人的な事情が漏れてしまったが、時既に遅し。からかうような笑みがチラチラ見える。ああ、これ苦手なタイプだ。

 ちなみに弟はというと、いつの間にか部屋に置いてあった絵本に興味が写っており、こちらなど視界に入れていなかった。色んな意味で好都合だが。


「……話を戻しますよ」


「えー、私あの子の話聞きたいです!」


「あの子の話はあなたが制御できるようになってからです。いえ、できるともするとも限りませんが」


 本音を言えばしたくない。

 ともあれ、それで納得したのか絢芽は話を聞く姿勢をとった。

 不満があるのかややムッとしている気がするが、それは無視して、


「では、いくつか。力に目覚めた時、何を考えていたか覚えていますか? それと……何日もずっと発動しっぱなしではありませんよね?」


「…………えっと、覚えてないですけど、この耳とかはあの日から何回か出たり消えたりしてます。朝は弟に枕を取られてムカついて……」


 ああ、なるほど。

 『トランス』は強い感情をきっかけに発動することが多い。奏太しかり葵しかり、それが些細なことか大きなことかはともかくとしても、分かりやすいものでは怒り。

 それで彼女の場合は枕を取られて発動してしまった、と。何とも平和な理由である。同時に、


「早いうちに制御できるようになっておかないとまずいですね」


「え、そうなんですか?」


「今の状態で運動してみれば分かりますよ。とはいえここで暴れられると困るので、近くのものを軽く触っ——」


 びゅっ、と風を切る音。

 重心はブレブレの拙い動きだが、間違いなく本気で振られた拳。

 当たったら間違いなく重傷なので避ける。


「どうしてボクに襲いかかるんですか」


「どうしてお兄ちゃん避けるんですか?」


「そりゃ突然襲われたからでしょう」


「じゃあ襲います!」


「それで襲われるのはただのバカか命知らずです!」


 広い室内を満面の笑みで踊る少女と、それをひたすらに避ける葵。

 さすがに部屋に被害が出るとまずいので、六回目の攻撃をかわしたタイミングで、手首につけた『トランスキャンセラー』を彼女の手首に移し、その能力を抑える。


「ふわっ、なにこれ……」


「ああ、知らない人もいるんでしたね。『トランスキャンセラー』と言って、『獣人』の力を抑えるためのアクセサリーです。……ですから攻撃しても無駄ですってば」


 油断もなにもあったものではない。そもそもどうして襲われているのか。いや、確かに近くのものに触ってみろとは言ったが。


「とりあえず、今ので効果は分かったでしょう。万が一、先ほどの攻撃が弟さんに当たった場合、下手をすれば重傷を負わせることにもなり得るんですよ」


「三日月さんに当たったら?」


「まああの人なら大丈夫ですが……いや、やらないでくださいね?」


「あ。あの方にはやりません」


 きっぱりと言ってのけたり、彼を思い浮かべているのか頬を赤く染めているこれは多分、分かりやすい扱いの差なのだろう。

 葵は深くため息を吐く。


「梨佳さんやユズカを相手にしてる気分ですね……」


 奏太が比較対象なら仕方ないとは思うが、それでも彼女らのような相手が疲れることに変わりはないのだから。

 それに、加減と範囲が分かっている梨佳ならともかく、ユズカや絢芽のような子どもの場合はめっぽうタチが悪い。無自覚無意識の言葉と行為がどれだけ自分を刺すか————。


 と、


「————どうしました?」


 弟の方はともかく、目の前の絢芽が急に静かになったことに違和感。

 彼女はそれまでと打って変わって表情が消え、


「……お兄ちゃんの話で思い出したんです。あのアジトを襲ったのって、『獣人』の組織なんですよね?」


 葵はぴくり、と反応。


「三日月さんは私のお兄ちゃん(、、、、、)を奪ったハクアを倒してくれました。でも、この力は悪いことにも使えるんですよね」


 数秒の沈黙ののち、頷く。

 実際、ブリガンテのリーダーたるアザミはその力でHMAを打ち滅ぼし、世界を支配しようとしていた。

 知り合ったばかりなので推測でしかないが、絢芽という少女がそれを望んでいるとは考え難い。なら、


「——力が怖いですか?」


 小さく、肩が震える。

 一瞬髪の間から見える視線が横を向いたのは、弟を気にしてのものだろうか。


 声を落としてしゃがむ。


「力は使い方次第で何物にも変わります。確かに悪用もできますが、あなたが知っている通り、奏太さんのような使い方をできる人もいるんですよ」


「じゃあ何を倒せばいいんですか?」


「いきなり物騒かつ難しい質問に飛びましたね。何が敵かどうかはその時次第、ではありますが……」


 一度言葉を切って、


「何を倒すかに囚われるよりも、あなたが好きなものが何か、です。自分自身でも弟さんでも、守りたいと思うそれを、守ってください。あるいは、世界なんてものでも良いかもしれませんしね」


「……つまり、お兄ちゃんだったら、あのお姉ちゃんみたいな?」


「真面目に話をしているんですが」


 ため息。まあ十一歳ならこんなものかと思うが。


「ともあれ、そのままでは落ち着いた生活も送れませんから、明日から制御の練習を始めますよ」


「今日は?」


「これからやらなければいけないことがいくつもありますし、先ほどボクが付けたアクセサリーがあるでしょう。それを付けている間は力を抑えられますから」


「教えてくれるのはお兄ちゃんなんですか?」


「そうなりますね。経験も考えると、奏太さんに意見を望みたいところではあるのですが、難しいでしょうし」


 一応、『纏い』を使える者は他にもいるが、芽空は奏太同様の理由、ジャックは姿が見えないし、希美は特殊なので例外ときて、ユズカに至っては感覚でやるクチなので説明役としてあてにならない。

 ゆえに、少なくとも奏太たちが落ち着くまでの間は、葵が見知っている範囲で説明するほかあるまい、と。


 それに彼女なら……いや、その仮定は考えるだけ無駄か。軽く首を振って、


「それじゃ、また何か不都合なことがあったら言ってください。明日、また来ます」


「あ、はーい」


 必要事項だけ伝えたところで、葵は部屋を出る。特に長居する理由もないのだから。


 扉を閉める直前、わずかに視線を後ろへ。その表情の変化を捉え、しかし戻ることはしない。


 自身の力との向き合い方を知っている自分たちとは違い、彼女はまだ目覚めたばかりだ。そう簡単に割り切れるわけがない。

 弟や葵の前ではあまり暗い感情を見せないよう努めていたようだが、格好をつけるのなら最後まで、もっと念入りに……というダメ出しはさておき。


「他の部屋に行かなかったんですか?」


「——えっ」


 思考を中断。視界の左端、柱に隠れていた少女ユズカに声をかける。

 彼女はまさかバレるとは思っていなかったのか、驚きの声を出した。


「元々あなたは隠密行動には向いていませんが……ここ数日はとりわけ油断しっぱなしで、気が抜けていますからね。分かりますよ」


「アタシはいつも通りのつもりなんだけど」


「あなたのいつも程あてにならないものはありませんよ。特にこの一週間ほどは」


 そもそも、自分で大丈夫とかいつも通りなんて言う人は、大抵全然大丈夫じゃないと決まっているものだ。ユズカは牙を抜かれた獣そのものであるし。


「で、行かなかったんですか?」


「……行ってきたけど、あんまし話してくれなかった」


 沈黙と沈黙のコミュニケーションだろうか。想像すると向こうもこっちも苦しい状態である。

 いや、そうなるだろうとは思っていたが。


「聞くべきことは聞けましたか?」


「ん、と、不都合なことがないか、だよね。部屋がすごくて落ち着かない、だって」


 彼女の言葉に辺りを見渡す。

 確かに地下アジトに比べれば、凝った造形の置物であるとか、家具であるとかが多い。芽空たちに比べれば庶民であることに間違いない葵からしても、割と落ち着かない。

 使用人たちが自分たちの世話もしてくれることもその一つだろう。


 そして恐らくそれは、おおよその者たちに当てはまることだろう。先の部屋の姉弟は気にしていないようだったが。

 こうして話がずれてきたところで、


「戻ってきたタイミングで、さっきの話を聞いたんですか?」


 ふいに、質問。

 彼女が柱の陰に隠れていた理由だ。少し迷いがあって、頷かれる。


「…………力の使い方、かぁ」


 手を握ったり開いたりするその動作に浮かぶのは、複雑な感情。

 退廃的とも後悔とも自嘲とも取れるそれは、葵が先の戦いで彼女のあり方を否定し切ったからこそ生まれたものだ。

 獣の頂点に立ち得る力をもって生まれたとしても、それに縛られる必要はない、と。


「あー、みゃおみゃお?」


 珍しくユズカがため息。


「ごめん、やっぱアタシ一人で回ってもいーい?」


「……理由を聞いても?」


 果たして会話が続くのかどうかはともかく、ユズカがそれを決断するに至った理由。

 彼女は胸を押さえて、


「『獅子王』だったから、アタシがやらなきゃ————ううん。やりたいって思って」


 ……気が抜けている、と言ったことは撤回しよう。


「力の使い方は間違えたし、ブリガンテにいたのは変わらないもん。アタシがみんなの家を奪ったのと同じだよ」


「……いや、さすがにそれは言い過ぎだと思いますが」


「んーん、言い過ぎじゃないし。みゃおみゃおたちが許したって、アタシがそのことから逃げたままなんて、アタシ自身が許せないもん」


 鼻息を荒くし、力の込められた言葉。

 なるほど、もう決めてしまったわけか。確かに元来彼女は頑固で、一度決めたらなかなか覆らないので厄介だ。

 たとえ間違っていても、あるいは償いだとしても。


 だから葵は、今回は否定しない。ただ二つだけ、言っておく。


「深い事情は、あなたが話しても良いと思った相手だけに話すように。あなたの事情は特に複雑ですし。……けれど、ありがとうはもちろん、ごめんなさいはコミュニケーションの基本です。……分かりますね?」


「ん、分かった!」


 葵の言葉に迷いなく大きく頷き、そのますぐそばを抜けていくユズカ。

 まず彼女が向かうのは、一室目。

 十一歳の姉と八歳の弟が生活している場所だ。


 それを見送って、葵は壁に背を預ける。



 …………正直、こうなるとは思っていなかった。

 確かに向き合うべきだとは思っていたが、それはいずれのこと。『獅子王』として傷つけた全てからは逃れられないし、受け止めなければならない、と。


 別に、ずっと悩んで生きていけというわけではない。

 事情を知っている者——ラインヴァントの戦闘員なら彼女の今までを許すだろうし、奏太ならば大切なのはこれからだろと言うだろう。葵も確かに同意見だ。

 同意見だが……それは過去の罪から目を背けても良い理由にはならない。ましてやお姫様になろうというのだ。スタート地点に立つためには、必要なこと。


「……待ってますよ、ユズカ」


 ひょっとすると、かのジャックもそうなのだろうか。ユズカのように、自分たちが犯してきた罪に対し何かしらの償いを。

 葵は彼女のことをそこまで知らないし、ただの都合の良い希望なのかもしれないが。


「さて」


 ユズカが断った以上、葵がやることはもうないと言ってもいい。

 しかし朝食の時間まではまだあるし、かと言って今から稽古というのも妙な気分だ。


 ————いや。


「待ち人は、何も待ち人に徹する必要はない、か」


 くるりと踵を返して、歩き出す。

 いくつか行くべきところがあるが、まずはその前にオダマキのお見舞いに行っておこう。

 彼が目覚めることは正直絶望的に近いが、彼もまた今回の事件で奮闘してくれた人物だ。色々と伝えなければならないこともある。


 少し、歩く速度が速くなる。

 元々そりが合わない人物だったが、意識を失ってから初めて友好的になるなど、彼は思いもしなかっただろう。そしてそれは、目覚めた後も変わらない。


 ブリガンテとの戦いで失ったものは大きい。

 演技に慣れている葵でも、いや、あるいはだからこそ。失われたことに酷く動揺を受けている。

 だから、今あるものを失わない努力をしなければならない、と。


「…………お姉さん、ですか」


 どこの姉も、何かと自分には優しくない。向こうは別に葵を嫌っているわけではないし、本心は……と、分かってはいるけれど。

 自称お姉さんの彼女は、もういない。いないから、ここからは自分の番だ。


「お兄さん……なんてのはごめんですけどね」


 軽く苦笑。似合わないにもほどがある。


 とはいえそれ以外の案があるわけでもなし、まあ基本的には今まで通りかと考えていたところ、窓の外に見知った姿を見つける。

 それぞれ蜜柑色の短髪と、白金色の長髪の少女。そういえば片方はあまり話していないな、などとぼんやりと思いつつ。彼女らがやっていることに、思わず口元が緩んでしまう。

 ——ああ、そうか。と。



 誰に告げるわけでもない。

 誰かの心配を払拭するわけでもない。

 それでもただ、一つだけ。



「……皆はもう、大丈夫です。ボクも含めて、走り出しましたから」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 シャルロッテとユキナは、自分探しという名目で、屋敷中を歩き回っていた。

 そして今は、自分のところに比べればまだまだだが——噴水や花壇がそれなりに綺麗な前庭に。


「あ、あの……どうでしょうか?」


 おずおずと、ユキナが口と声を震わせながら差し出してくるのはカメラ。それは元々彼女のもので、件の騒ぎの中で行方知れずだったが、芽空が見つけて持って帰ってきたのだとか。


 そこに表示される、今し方撮ったばかりの写真——映っているのはたまたま通りかかった使用人だ——をシャルロッテは確認して、


「色々とダメね」


 バッサリと、評価を下す。


「ワタクシは別に写真について詳しいわけではないけれど、撮られる立場ではあるのよ。その立場から言わせてもらえば、まず思い切りが足りないし……」


 相手が通りかかっただけと言っても、通り過ぎるまでの間に最も輝く瞬間がある。それにそもそも焦ってるから写真が少しブレてるし、撮った位置も悪い。柱が内装を隠してしまっているし、この写真には伝えたいものがない……等々。

 まあ要約すると、経験が足りない。


「あ、えっと、あ…………」


 意見を正面から受け止めたり、受け止めきれていなかったり。ユキナの顔色が目まぐるしく変化している。

 さすがに言い過ぎたと判断、フォローしておく。


「こればかりは仕方のないことよ。別にその道のプロになるわけでもなし……買ってからそこまで経っていないのでしょう?」


「そうです、ね。まだ全然で……」


「なら、安心なさい。ワタクシもピアノを始めた時はそんなものだったわ。というか、もっとひどかったわね」


 具体的にどうひどかったかのかは口に出さないとして。

 辺りを見渡しながら、歩みを進める。


「さ、この辺りの目ぼしいものは撮ったし、次の場所へ行くわよ。途中で撮りたいものがあったら————」


 足を止め、振り返る。


「どうしたのよ?」


「えっと、一つ気になったんですけど……」


 徐々に小さくなる声。

 彼女はどちらかといえば我を通すのが苦手な少女だ。ということは「撮りたい」という欲求よりも、「どうして自分に付き合ってくれるのか」とか、そんなことを気にしているのかも知れない。

 それなら、


「——シャルロッテお姉さんは、どうしてピアノを選んだんですか?」



 予想外の、質問だった。



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