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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第一章 『彼女』
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第一章13 『贈り物』



「でっかいな……」


 二週間程前にも同じことを言っていた気がするが、内から湧き出る感動と驚きは隠せない。


「でしょ、って言っても私もあんまり乗ったことないけど……」


 二人が見上げた先にあるのは、来る途中建物の影からちらちらと見えた、大きなジェットコースターだ。

 それはこの区内のどこからでも見られるほど高く、娯楽エリアの名物として知られていた。

 なんでも、日本一高いと豪語するそれは、近くに来てみると確かにその迫力に興奮を隠しきれない。


「娯楽エリアの名物、か」


 娯楽エリアは中枢区内にあるエリアの一つだ。


 中枢区は全体の面積自体が学生区の何倍もあり、主な目的の違いで幾つかのエリアに分けられている。

 社会人が汗水たらして、経済を回そうとする、商業エリア。

 ちなみに、二週間前に蓮と奏太が訪れた雑居ビル群は、商業エリアの端の端だ。それ故に、学生に紛れて社会人が居た、というわけである。


 それからここ、娯楽エリアは、遊園地、動物園、水族館などのテーマパークに加え、服や小物、アクセサリーを扱ったアウトレット、公園に運動場。

 それらのありとあらゆる娯楽を叶える環境が揃っており、休日はもちろん、平日にも多くの者が訪れ、盛大に賑わっていた。


「奏太君はここの動物園、行ったことある?」


「いや、行ったことないな……。いつも予約いっぱいだから、どうしても、って感じ。蓮は?」


「私も行ったことないの。前々から気になってはいるんだけど……」


 数ある娯楽施設の中でも、動物園は物珍しさに回る人が多い。

 というのも、HMAの管理のもと、絶滅の危惧がされている保護指定動物が多くいるからである。

 しかしそれらの動物の貴重性ゆえに、入場制限も課されているため、前もって予約、チケットを手に入れなければならない程に人気だ。


「それにしても人、多いな……」


「土日だし仕方ないよ。奏太君は人混み、苦手?」


「いや、大丈夫。苦手じゃないよ。ただあんまり回れないかなって」


「うーん……その時はその時! ね?」


「……だな。」


 励ますような蓮の言葉に、奏太はふっと笑みを浮かべる。


 現在、二人は遊園地の入場門へ向かっていた。

 これは、午前中に遊園地、昼食を公園で、午後からはアウトレットへ行く——という計画に沿った動きだ。

 もっとも、厳密には秋吉が念密に練った計画のもと、奏太は蓮をエスコートしているわけだが、蓮はそれを知る由もない。


 蓮と雑談を交わす奏太の様子は至って落ち着いており、それには理由があった。

 つい十数分程前まで、二人は敷地内のログハウスのような喫茶店でモーニングを取っていた。

 そこで食事をとり、ゆっくりと心を休める時間があったために、奏太は至って平常心のまま行動出来ている、というわけだ。秋吉様様である。


「……っと」


 前方の列が動き始めると、感謝も程々に、二人は一瞬の合間に空いた距離を詰めた。


「————」


 奏太は隣を歩く蓮をちらりと見る。


 彼女は肘ほどまでのひらりとした袖の薄手の白色ニットに、足の細さを強調するように、薄青のジーンズを履いている。

 その首元には学校生活でも見かけるネックレスが身につけられており、よほど気に入っているのであろう事が見て取れた。


 ネックレスを含めたそれらは、蓮の私服を初めて見る奏太からすればまさに理想形、所謂清楚系ファッションである。

 奏太の内にはスカートでない不満が少々あるものの、いつもとはまた違った服装が見られる喜びに勝てるわけもなく。


「それにしても」


 ふっと空を見上げる。


 蓮の明るい服装とは裏腹に、今日は快晴というわけではなかった。晴れは晴れだが、やけに雲が多く、天気予報では夕方頃に雨が降る恐れがあるのだとか。


「ね、奏太君。雨、大丈夫かなぁ」


「今日は雨も我慢してくれるはず。ひとまず、晴れてくれて良かったよ」


 雨が降って、デートの予定がおじゃんになるなんてごめんだから、と続ける。

 何せ、お預けを食らった手を繋ぐという目標があるのだ。それはどうせなら、青空の下がいい。

 雲が多いのはやや残念なところではあるのだが、それでも、だ。


「————っ」


 奏太は蓮に見えないように頰をペチペチと叩いて、気合いを入れる。

 もっとも、音で気付かれて、何をしているのかと問われたのだが、それはさておき。


 ——もっと仲良くなろう。もっと彼女を知ろう。

 奏太は再び自分にそう言い聞かせた。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 ——おかしい。


 奏太は蓮を待つ傍ら、心の中でそう呟いた。

 腕時計の液晶を確認する。時刻は、既に十三時を超えたあたりで、思わず手に汗がにじんだ。


「もう午後かよ…………」


 午前中は件のジェットコースターを含めたいくつかのアトラクションを回り、思っていた以上に楽しむことができた。

 これは蓮も奏太も、高所恐怖症や速い乗り物が駄目、などということがないのも大きかったのだろう。

 混んで居た割にはまずまず、といったところか。


「弁当、美味しかったよな。うん」


 昼食では公園に行き、蓮が手作りをしてきたというお弁当を二人でつついた。

 タコさんウインナーに唐揚げ、ポテトサラダなどなど、不満なく、むしろ大満足の内容だ。

 そう、ハプニングもアクシデントもなく、過ごせた。過ごせたのだが。


「…………はぁ」


 嘆きを言葉にするように、深く息を吐き出した。

 奏太の憂鬱の理由は一つ。

 午前中に蓮と手を繋げるタイミングは多くあったものの、結局繋ぐことが出来なかったのだ。

 遊園地、公園と、自然な雰囲気で手を繋ぐには絶好のチャンスだったのではないか、と奏太は戻らぬ過去に思いを馳せる。


「——あと一回だ」


 秋吉の計画通りに進めた場合、チャンスがありそうなのは、後一回。

 アウトレットを見て回った、その後だ。


 失敗はできない、やるしかないと自分に言い聞かせようとして、蓮が小走りで戻ってくるのが見えた。


「————」


 彼女の表情を見て、奏太はそれまで強張らせていた表情を緩め、ふっと笑った。

 視線の先、蓮は穏やかに微笑んでいる。きっと彼女は、奏太の邪な——いや、ある意味純粋なその思いには気がついていなかっただろう。


 蓮はただデートを楽しんでいたのだ。今、この瞬間を。

 それなのに、自分は何をやっているのだろうか。

 恋人として仲を深めるのも大切だが、今は彼女とデートをしているのだ。楽しまなくてどうする。


「…………奏太君、どうしたの?」


 頰をペチペチと叩き、自分を叱っていたところを、蓮に止められたのはつい数秒後の話だ。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「——ね、奏太君。私良いこと思いついたんだ」


「良いこと?」


 くるりと彼女が振り返って、人差し指を立てて見せる。


「この先にアクセサリーが売ってる店があるんだけど、そこでお互いにプレゼントを買わない?」


 ——という彼女の提案のもと、二人は一度離れ、それぞれの獲物を見つけるために店内を回っていた。


「うーん……」


 顎に手をやって、考え込むこと数分。

 蓮には何が似合うだろうか、とただひたすらに頭に思い描く。

 カチューシャやヘアゴムは普段使用しようとすると、今までの髪型が変わることになるし、だからと言ってピアスやイヤリングも彼女には似合わないように思う。


 互いに物を送り合うという彼女の提案には奏太も賛成だ。

 手を繋ぐ、キスをすると言った物理的な行動以外で仲を深める大事なきっかけにもなりうるのだから。

 とはいえ、その発想もできないくらいには、周りが見えなかったあたり、落ち着いているつもりが全然そんなことはなかったのだろう。


「あれ、そういえば」


 一人になったことで反省の念が次々に沸きかけ、ふいに別の考えが思考に割り込んだ。


 蓮は付き合ったことがない、と言っていたが、告白されたことはあるのだろうか。

 ……いや、当然あっただろう。何せ、彼女の容姿だ。男の一人や二人、告白しても何ら不思議ではない。


 ——では、プレゼントはどうなのだろう。

 彼女がいつもつけているネックレスはもらったものだと言っていたが、結局その贈り主の事は聞かずじまいだった。

 あれが誰からのものかは分からないが、それでもいつもつけているのは確かだ。


「とすると、ネックレスかブレスレットあたりか」


 普段から身につけられるものが無難だろう、そう判断すると、店内を見渡す。


 天井から吊り下げられた案内を頼りに、金属類のアクセサリー売り場を見つけると、そちらに足を運ぶ。


「……何がいいのか分からないな」


 眼前に金属類ばかりが広がる。


 どうするべきかと首を傾げ、ふっと秋吉のアドバイスを思い出す。

 何かプレゼントをする時は、彼女のイメージでも思い描けば選択肢を絞れる、と。


 ——蓮はよく笑っている。それは綺麗で、綺麗……女の子らしくて綺麗なもの……花? そうだ、花にしよう。奏太はそう決めると、


「お」


 ぐるりと周りを見渡して、彼女に似合いそうな花のアクセサリーを探してみると、ある商品が目に止まる。


 それはネックレスだ。小さな銀鎖の先には花がついている。

 白い小さな花が無数に開き、その中心には緑やピンクのものが紛れていて、奏太の直感が彼女に似合うと告げていた。


「……ん」


 やや高めの位置にあったそれを手にとって、再度確認する。

 先程自分が焦っていたことを反省した手前、直感の通りに選ぶのは良くない気もするが、似合うと思うのは確かなのだ。


 買うことを決めると、ネックレスとのにらめっこをやめ、それをレジに持って行く。


「————」


 会計を進めつつ、蓮はどこにいるだろうかと辺りを見渡す。

 彼女は既に決まっているのであれば良いのだが、まだ奏太だけなのだろうか。


「ありがとうございましたー」


 お釣りを財布に入れ、ネックレスの入った小袋とともにそれをリュックにしまうと、レジから離れる。


「さて、どうするかな……」


 互いに物を送り合う約束はしたものの、待ち合わせ場所の指定を忘れていた。とんだミスである。


 思わぬアプローチがあって浮かれていたのが一転、不安な気持ちが押し寄せてくる。

 ひょっとすると、今こうしている瞬間にも、一人でいる蓮に接近する男がいるのではないだろうか。

 だとしたら、自分が側にいなければいけなくて——、


「——奏太君、もう買った?」


 背後から探していた人物に話しかけられ、肩がびくりと震えた。


「蓮……良かった。待ち合わせ場所言い忘れてたからさ、どうしようかと悩んでたとこだった。もう買ったけど、蓮も?」


 驚きで速くなる鼓動を抑えて、安堵の表情を浮かべてみせる。


「ごめんね、心配かけて。私も買ったけど、いつ渡そうか」


 うーんと唸り、出来る限りロマンチックな情景がないかを考えてみる。

 あるとすれば、帰り道、夕焼け、夜景などを背景にして渡すといった感じだろうか。

 他には何かないだろうかと頭を捻ろうとして、


「あ」


「どうしたの?」


 夕焼け。時間的にはそれが見られるタイミングであり、今日のスケジュールの中では一番にロマンチックな状況で、奏太が別案件でも勝負をしかけたいと、そう思っているタイミングだ。


「しばらく服とか見るけど、その後で連れて行きたいところあるんだ。そこで、渡し合おう」


 ——全ては、その時に。

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