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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第三章 『反転』
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第三章53 『ブリガンテ攻略奪還戦、開幕』



 鉛のように重たい雲に覆われた空の下。

 本来、授業時間である校内には教員の声やそれに反応する生徒の声、あるいは私語がつきものだ。

 しかし今現在それらの声は一切なく、代わりに飛び交うのは怒声や悲鳴、萎縮の声、優越感に浸る声。非日常の声が、本来の状況以上の舞台を形成している。


 誰も思いはしなかっただろう。

 いつものように登校して、いつものように友達と駄弁り、いつものように退屈な授業を受け——その一切が奪われることを。

 かつて世界を脅かした恐怖の体現者『獣人』が人間の犯罪者を配下にし、再び現れるなどと。

 支配されるなんて、誰も。


「——あァ、てめェもそう思うだろ?」


 その根源たる存在のブリガンテのキング、アザミ。

 彼は土の感触を確かめるように、靴裏で軽く地面を擦る。次いで砂煙が舞い上がるが、視線はただ一点に向けられたまま動かない。


「てめェ一人だけが敵地へ突っ込んでくることはまずねェ。とォすると、俺を引きつけておくための囮か」


「————」


 彼の言葉に、相対する人影は答えない。

 何故なら、人影は一人でここへ来たわけではない。一瞬で見抜かれた以上、今更何か言ったところで無駄な時間が過ぎるだけだ。ゆえに人影は沈黙で肯定し、


「……まァさか、一人で俺を倒すつもりか?」


 後半部分を、笑みを浮かべることで訂正。

 アザミが金眼を細め、その様子を怪しむが、彼には分かるはずもない。

 人影はこれといって何か目に見える変化があるわけでもないし、せいぜい変わったところといえば所持する薬が三つに増えたのと、ここのところ動揺と困惑を繰り返していた心が澄み切っているだけ。

 たったそれだけのことなのだから。


 黒髪の人影はゆっくりと口を開いて、


「——お前、賭けが好きだって言ってたよな?」


「…………あァ? 」


 懐から小さなカプセル状の薬を取り出すと、それを見せびらかすように胸の前で軽く振ってみせる。

 その薬が何であるか、アザミならば理解できるはずだと知っていて。


「今回、ブリガンテが要求してるのは人数分の『ビニオス』と藤咲華。……それを俺たちが阻止した場合、アザミは『ビニオス』を手に入れられないし、復讐を遂げることもできない。——そこで、だ」


 阻止できる保証など、どこにもない。

 誰かがしくじれば、誰かが欠ければブリガンテを倒すことなど出来やしない。

 不安はある。皆も自分も、この戦いが最初から勝敗の決したゲームなどとは思っていない。


 だからこそ皆は賭けている。

 だからこそ、賭けるとしよう。


「いい加減はっきりさせようぜ、アザミ」


 ————何を?


 決まっている、そんなこと。


「HMAの支配か、『獣人』の支配か」


 世界の恐怖全てを滅ぼすというのなら。


 世界に奪われた全てを取り返し、支配するというのなら。


「——俺がアザミを倒して、共存を目指すか」


 人間と『獣人』、どちらの手も取りたいと、声を大にして叫んでやる。

 理想郷など知ったことか。どちらか片方が地獄など、あってたまるものか。


 可能性はいつだってそこにある。

 誰もが幸せになれる世界へ辿り着く可能性が。

 だから、


「それを見届ける権利を、今ここに賭ける」


 人影——三日月奏太は、手にあった『ビニオス』をふわりと上空に投げ、落ちてきたところを掴んで、告げた。


「さあ、始めよう。俺とお前の、未来の賭けを————!」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 同時刻、体育館。

 各クラスの生徒、及び教員はこの場に人質という一つの塊として固められていた。

 つい先ほど、最後の一クラスが入ってきたところで、ブリガンテを除く学校中の者が全員集まったことになり。


 青みがかった黒髪の——霧子(きりこ)という少女もまた、その一人だった。


 ——皆、教室へブリガンテの者たちが入って来て、自分たちが人質となったと気がついた瞬間、確かに信じられないくらいの衝撃に襲われた。

 ブリガンテがHMAと取引を行うと言っても、少なくとも数時間は拘束された状態で過ごさなければならない。変な動きを見せれば銃を突き立てられ、言葉一つも許されない。

 授業前、誰もがデバイスをオフにしていたところを腕時計ごと没収されたため、電源をつけることも連絡を取ることも。


 しかしそんな強いられた環境の中でも、気丈に振る舞う者はいる。


 ……いや、正確にはいたと言うべきか。

 体育館に連れて来られる前、教室にはいたのだ。同じクラスの、それなりに成績が良くて人柄の良い、自然と集団の中心人物になるような勇気ある女の子が。


 周りの者に声をかけることはしないまでも、目つきで、表情で、態度で、自分たちは大丈夫。こんな人たちには屈しない、怯えたりしないのだと。


 少女はそんな勇気ある女の子に、ひどく安堵していた。それから、同時に少しばかりの勇気を分けてもらっていた。

 ——そうだ、HMAがどうにかしてくれるはず。かつて『獣人』から世界を救った『英雄』藤咲華が。

 だから自分たちは、それまで耐えればいいのだ。


 …………しかし、そんな気力は、いつまでも続かない。


 勇気を、霧子とは別の受け取り方をした少年たちがいた。よく教室で集まって騒いで、しかしそれでも周りや先生には好まれるというやや不平等なくらい楽に生きる、自分勝手な者たちだ。

 彼らは痺れを切らしたのか、それとも何かを勘違いしたのか、見張りの男たちに向かって拳を構えて————。


「————っ」


 ……そこから先は、あまり思い出したくない。


 別に、人に向けて銃が発砲されたわけでも、死人が出たわけではないけれど。

 それでも、普段喧嘩や暴力なんてものからは程遠い霧子でも分かる。


 ——体内のデバイスに違法ファイルをあてて身体能力を強化し、武装している集団と、デバイスがそもそも使えず何の武器もない少年たち。

 両者の差は歴然だ。不意をついたところで、埋まる差でもない。


 最後の一人が血を流して倒れ、力関係を改めて示すように壁への発砲が一度あって。

 それ以降は皆、下を向いていた。

 周りも、勇気ある女の子も、霧子も。

 取り繕った勇気が音を立てて崩れさり、恐怖が可視化されて、ただ震えるだけ。


 こうして体育館に集められても、それは変わらなかった。

 他のクラスでも似たようなことがあったのか、それとも自分たちを見て耐えられなくなったのか。数時間後の解放まで耐えられないくらいに皆が皆、限界だった。涙も枯れて、強く握りしめるあまり、血の垂れる両の手。

 悪い夢なら、目を瞑っている間に早く醒めて欲しい。誰もがそう思って——。


「すみませーん、俺トイレ行きたいんですけど、ダメですかー?」


 そんな中、一人の少年の声が上がった。

 状況にそぐわぬ、ひどく緊張感のない言葉だった。

 反射的に瞳を開けてそちらを見やれば、どうやらそれは自分と同じクラスの少年らしく。


「来る前に行き忘れて、今にも漏れそうなんですけどー」


 恐らく彼は遅れてここへ来たのだろう。霧子のように疲れ切った顔をしておらず、己の茶髪の髪を撫でつけつつ、軽い調子で言ってみせる。


 だが、


「——動くな。今、お前らは人質の立場ってこと、忘れてるんじゃねぇだろうな?」


 当然ながらそれを許されるはずがない。

 先頭で指揮を執っていた一人が片手を上げると、少年の周りに二人の男が現れ、小型の銃器を突き立てる。

 そこらで買えるような玩具とは異なる確かな重みにさすがの少年も驚いたのだろう、引きつった笑いを浮かべて、


「あ、はは。ま、さすがにそうなるよな……」


 何もする気はない、と両手を上げる。


 一体、彼は何をしているのだろうか。

 下手に見張りの男たちを刺激すれば、先ほどのような被害が出ないとも限らない。それでなくとも、学校には『獣人』がいるというのに。今は何もせず、自分のように時が過ぎるのを待てないのか。


 ……思えば数ヶ月前、同じクラスで一番仲の良かった少女も『獣人』だと言われていた。彼女の友人の少年も。

 これだけ近くにいるのに、どうしてHMAは探してくれなかったのだろう。どうして『英雄』は。自分たちを助けてくれるのではなかったのか。


 今回のことだって彼女が関わっているのだろう。自分たちが『獣人』だからと彼女を危険視し、それをあの少年が報告したから。それなら自業自得で、でもHMAが、『獣人』は人間に恨みを、だから————。


 恐怖に拍車をかけるように、ごちゃごちゃとした思考が次々に展開されていく。

 怒りに疑問、怯えと罪悪感。

 それはある種の逃避行動と言ってもいい。そうしなければ今に声を出してしまいそうなくらいこの身は限界を迎えていて、そうすることで時間が経っていくから。

 だから、


「が、っは……!?」


 ——見張りの男たちが二つの人影に一瞬にして吹き飛ばされる姿を、ただ呆然と見ていた。


「…………え」


 それは霧子だけのものではなかった。

 ぎこちなく首を動かせば、どうやら周りも同様の反応を見せているようだ。


 一体どうして、何が起きたのか。


 結果の理由と、それを行なった者の正体は、異変に気がついたのだろう外の見張りたちが駆けつけ、しかしその全てが何度かの打撃音と悲鳴によって片付けられた後に分かった。


「歯ごたえのねぇ奴らだな、こら。やる気あんのか、あぁん?」


「手応え、だと思う。……私、何もしてない、けど」


「確かにそうだけどー、ややこしくなるから一旦静かにねー」


「勘違いが過ぎるわね。あんたたちが楽をできるのもこのワタクシのおかげでしょう。……それに、民衆の前に出るのであれば相応の態度で振る舞いなさいな」


 倒れた男たちのすぐ近くに、計五人の少年少女、女性がいた。


 肘より先を岩のような肌に包み、黒漆の爪を持った『獣人』らしい茶金の少年と、場違いなほど幻想的な青の光——蝶が周りを飛び交うどこか見覚えのある少女。

 間延びした口調で二人に指摘を入れる、精巧に作られた人形のような容姿を持つ少女。

 それから、それぞれに向けてため息を吐いて見下すような視線を一瞬向けたかと思えば、こちらに向き直って凛とした表情を見せる少女。


 そして、


「————皆さん、もう大丈夫です。よく耐えてくれましたね」


 こげ茶の髪と瞳を持った女性。

 彼女は懐から懐中時計を取り出し、霧子を含めた人質を安堵させるように穏やかな声を出して、


「HMA総長藤咲華の命で、この場に参じた同幹部『トレス・ロストロ』が一人暗情哀。及び協力の意思を示す人間と『獣人』組織ラインヴァントのメンバーたちです」


「————」


「彼らの立場は私が保証すると同時に、皆さんをこのような恐怖に合わせた元凶を、我々が討ち取ると約束しましょう。——全ては、HMAの名の下に」


 最後に両手を広げ、艶やかな笑みを見せた。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「————」


 アイが口にした意思表明に、動揺の波紋が広がる。

 監視の目がなくなったことで緊張の糸が切れたのだろう、ぺしゃりと崩れて泣き出す者もいたが——しかしそれでも、『獣人』とHMAが手を組む、この事実に生徒たちは驚きを隠せないらしい。

 それにオダマキが舌打ちして口を開くが、


「ま、そりゃそうなるっつー話だな。元々、『獣人』と知り合ったことのあるやつは少ねぇ。仲良くなるなんざ、それこそ……んだよ、テメエら」


「オダマキさんが、ちゃんとした、話、してる」


「確かに意外かもねー。オダマキ君、普段もそれなら梨佳にかっこいいって言われるかもよー」


「お、おぉ? なんかよく分からねぇけど褒められ……いや、美水妹の方は褒めてんのか?」


 ここ数日の言動から考えると、意外な発言が出たので希美と二人で口々にコメントをしつつ。

 実際褒めているのか、はたまた褒めているのかは希美本人にしか分からないため、ひとまず。


「そう簡単に信じれるものじゃないからねー……」


 オダマキの言ったことはまさしくその通りだ。

 生徒たちの前だからなのか、普段の不気味な言動を控え、人当たりの良さそうな態度を保つアイが立場を示したところで、十年以上もの間世界に蔓延っていた恐怖が覆るわけがない。

 とはいえ、


「みんなは、アイやオダマキ君が見張りの人を倒したのを見てるから、残りは時間が解決してくれると思うけど」


 最終的にはこの結論になる。

 芽空たちの働き次第で、この一戦が生徒たちの——さらには世界が持つ『獣人』への意識そのものを変えることが出来る。

 奏太が望んでいることも、それでようやく第一歩目を踏み出せるのだ。


「そのためには早くお兄様とユキナを探さないといけないけど——」


 ひとまず作戦の第一段階の成功に喜ぶのは置いておくとして、体育館内をぐるりと見渡すが、当然というべきか二人の姿はない。


「あんたの持ってる懐中時計は校内を示していたのよね?」


「————」


 多少の棘は感じられるとはいえ、シャルロッテに自然に話しかけられることに何とも違和感を覚えるが、口に出すのも躊躇われるのでそれを飲み込んで頷く。


「……うん。ユキナと一緒にいるかまでは分からないけど、そーたはそうだって言ってたよ」


 アイの説明によると、懐中時計の機能自体はシンプルなもので、予め対象に触れておいた懐中時計を所有者のデバイスとリンクさせ、探索対象の現在地を拡張現実による仮想の地図で示す——という簡単なものだった。

 現在も芽空の視界にはそれが表示されており、示す位置は奏太に確認を取った時から全く変わっていない。


「なら、その二人助けに行かねぇのか? こいつらはもう助けたんだしよ」


「もう少し考えて物を話せないのかしら。誰か一人はここに残って民衆を守らないと、また人質に取られるでしょう? 遅刻に迷子、考えなしなんて最悪ね、あんた」


「て、 テメエな……」



 放っておくとシャルロッテに飛びかかりそうな勢いのオダマキを抑えつつ、芽空は考える。


 この体育館に入るために『纏い』をそれなりに使ったとはいえ、二人の救出に『カメレオン』はいるし、第一自分とシャルロッテはここを防衛できるほどの戦闘力がない。

 希美に関しても、局所的な戦闘力はあるものの、防衛をしながらの多対一は向かない。


 とすると、オダマキかアイに残ってもらうことになるが、奏太と違い芽空はアイのことを信用して良いものか悩んでいる。戦闘力が優れていることは、ユズカの件や先ほどオダマキとともに見張りを瞬時に倒していたことからも明らかだ。


 ……けれど。

 アイがHMAである以上、どうしても疑いの目は芽空の中から消えてなくならない。

 むしろ、奏太が信じているからこそ、芽空は代わりに疑いを引き受けるべきだとさえ思うくらいで。


「————さて」


 と、そこで生徒たちへの話を終えたらしいアイがこちらへと視線を向けてくる。


「私に出来る説明はある程度しておきました。ですから、あなたたちはヨーハン君とユキナちゃんを助けに行ってください」


「アイが残るってこと? でも、それじゃ——」


 奏太から現場の指揮を任された最高戦力だというのに、良いのだろうか。

 そう尋ねようとするが、一瞬、アイの瞳に走った鋭い光に芽空は背筋をぞくりと震わせる。


「ここは私に任せて、早く行った方があなたたちの為になります。————既に、来ていますから」


 何を、と問うより先に答えはあった。


 表入り口の扉がミシ、と音を立てたかと思えば、砲弾のようにこちらへ弾き飛んできた。

 明らかな攻撃の意思と取れるそれにアイが真っ先に反応して地を蹴ると、ドアを下からすくい上げるように蹴り上げ、遥か後方へ蹴り飛ばしたかと思えば、続けてオダマキが『部分纏い』を発動させ、黒漆の爪を現出させると共に臨戦態勢に入る。


「————」


 それから、続けて現れたのは黒フードを被った三つの人影。

 先ほどの驚くべき一撃を放ったであろう者が舌打ちをしているあたり、


「『カルテ・ダ・ジョーコ』……!」


 『纏い』を使える『獣人』であり、ブリガンテの幹部。騒ぎを聞きつけたのであろうその三人がここへ来たのだ。


「おい、古里。悪ぃけど、オッレとこいつであの三人を相手にすっから、テメエらは——」


「いえ、オダマキ君も行ってください。ここは私一人で十分です」


「……あぁ?」


 芽空たちは先に行け、そう言おうとしたオダマキがアイに否定され、睨みつける。


 芽空も彼の意見と同じだ。

 相手が一人や二人であればオダマキ、アイのどちらか片方で対処可能だけれど、三人となると話は別。

 『カルテ・ダ・ジョーコ』の中には搦め手を使う者や能力がとりわけ優秀な者もいたと言うし、三人の中にもそれらがいないなどとは断言できない。


「確かにお兄様たちは助けないといけないけど、さすがに一人じゃ危険だと思う。……それとも、倒せるって言うの?」


「…………口で言うより、実際に見せた方が早いかもしれませんね」


 アイは芽空の問いにそう言って頷き、一度腰を落として、


「っは、ぁ——!?」


 瞬きをした次の瞬間、アイは黒フードたちの至近に迫っており、その勢いのまま一人の腹部に掌底をぶつけ、ドアの向こう——外のアスファルトへと叩き出した。


 その一瞬の出来事に芽空は言葉すら出せず、瞬きを何度か繰り返していると、


「これで一人、です。残り二人くらい問題ないことが分かったでしょうか?」


 こちらへ戻って来たアイが芽空たちに答えを求める。

 確かにこれだけのことを行動で示されれば頷かざるを得ない、が。


「——私のことを信頼し切れていないのなら、なおさらです。背中を任せるのならオダマキ君たちの方が良いはず。指揮は任せましたよ、プルメリアちゃん」


「————!」


 彼女に囁かれた言葉に、迷っていた芽空は目を見開く。


 どうやら芽空の疑いは彼女に見抜かれていたらしい。言動こそ変わっているが、強さも含めてHMA幹部の名は伊達ではない、ということだろう。

 不安がないわけではない。が、実力で示した彼女にひとまずこの状況は任せる。そう判断して、


「……オダマキ君、二人とも。ここはアイに任せて行くよ」


「…………古里、いいのかよ」


「オダマキ君も見たよね。そーたも言った通り、アイは強い。だから——私たちはお兄様とユキナを助けに行こう」


 芽空たちはアイに一言「よろしくね」と残して、体育館横のドアから外へ出て行く。

 ちらと、最後にアイの方に振り返って。


「————さてさて」


 そうして残ったのは、二人の黒フードと、生徒たちを守るように間に立つアイ。

 彼女は生徒たちに背中を向けたまま、


「みなさん、あの四人を含めた一団は、この事件を終わらせるために尽力してくれています。今は『獣人』だからと信頼できなくとも、結果で証明をしてくれることでしょう。『獣人』であっても、あなたたちを救おうとしているのだと。ですから——」


 前方の黒フードたちに体が震えるのを感じる。

 恐怖? 怒り? ——答えは否だ。だって、アイは望んでいた。


 目の前にいるのは敵。『獣人』。獣に近しい存在。獲物。楽しみ。快楽。興奮を覚える相手。

 ユズカほどではないにしろ、自分を喜ばせてくれる者たちだ。


 だから、生徒たちにはこの表情を見せない。理解するのは敵と定めた相手だけでいい。


「HMA幹部『トレス・ロストロ』が一人、暗情哀と言います。————よろしくお願いしますよぉ?」


 首を傾け、光のない瞳を大きく見開き、壊れた人形を思わせるニタニタとした笑みを浮かべて、そう言った。

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