第三章47 『その終わりは必然に』
その音は、日常の終わりを告げていた。
『————先ほど入ってきた情報によりますと……』
ヨーハン邸の一室。
今や外で見かけることが少なくなったテレビを前にして、一同は息を呑み、そして奏太は肩を震わせた。
——数十分前、アイの訪問及びエトが合流し、朝食を済ませてすぐのことだ。
片付けを始めようとした奏太たちに声をかけ、テレビを見るようにと言ったアイ。
彼女曰く、気分を悪くするなら食事の後で……とのことだったが、確かに気分はこの上なく悪くなった。
奏太だけじゃなく、多少の元気が戻っていた全員が。
『————ブリガンテと名乗る集団は『獣人』であることが確認されており……』
液晶が映すのは見慣れた風景と見慣れない光景。それから、見覚えのある形相だ。
努めて平静を装い、状況を伝えるアナウンサーの女性も。
彼女の背後に映る白塗りの建物、その周りに面白半分で集まったのであろう一般市民たちも。
いずれもに共通し、共有される『恐怖』の感情。
ある者は叫び、ある者は怯え、そして震えて。それでもなお情報を伝えんとするアナウンサーの義務感は褒められるべきだろう。
蓮が『獣人』としての姿を晒した時、群衆たちは周りのことなど一切気に留めず、ただひたすらに自分の身の安全のためだけに逃げた。
だってそれは生物的欲求——生存本能ゆえの行動なのだから。
「…………嘘だろ」
そんな映像を目の当たりにし、奏太は重たい口を開く。
しかし、言葉を向けた先は彼女ではない。隣で唇をきつく結んだ芽空でも、じっと画面を睨みつける希美でも、拳を震わせる梨佳でも。
奏太が向けたのは、もっと向こう。アナウンサーの後方、白塗りの建物で、
『————『獣人』組織ブリガンテは校舎内の生徒、及びヨーハン・ヴィオルク代表を人質に取っているようです。要求として、水中呼吸薬品『ビニオス』とHMA総長藤咲華の身柄を差し出すことが発表されており、これに対しHMAでは……』
その建物には、見覚えがあった。
ほんの数ヶ月とはいえ、奏太が彼女と出会い、楽しい毎日を過ごした場所。
仲違いをし、全てを伝えてぶつかって、置き去りを終わらせた場所。
だってそこは、奏太の、蓮の、よく知っている場所で————、
「どうして……っ、俺の高校なんだよ!」
*** *** *** *** *** *** *** *** ***
蛇口から流れる水が、皿の表面についた泡と汚れを根こそぎ洗い流していく。
幾重にも重なり、絡まったしつこいものも全て。
いっそ頭の中のごちゃごちゃも、同じように流れていけば良いのに……そう思うのは、いけないことなのだろうか。
「そーた、大丈夫?」
そんなことを考えていると様子が気になったのだろう、奏太が洗った皿を乾燥機に入れていた芽空が話しかけてくる。
それに合わせて一度水を止めると、彼女に向き直って笑みを浮かべ——、
「大丈夫。……って、頷ければいいんだけどな」
「そーた……」
そう力強く言えたら、どれだけ楽だったろうか。
普段通りであろうとした笑みも、乾いたものにしかならない。
ただでさえ厄介な状況だったというのに、今度は奏太たち『獣人』だけじゃない。人間——それも奏太の所属していた母校を巻き込んだ大きな事件へと発展した。
以前にあった情報隠蔽や後始末、それがどうなるかなどははっきり言ってどうでもいい。奏太が今一番に頭を抱えているのは、予想以上に彼らの侵食スピードが早いということ。
ブリガンテの目的——世界の支配構造を変える、その実現が近づいてきているのだ。
しかし、
「……でも、うん。さっきよりは整理ついたから。ありがとう、芽空」
「どういたしましてだよー。そーたはいつも一人で暗い顔してるから、もっと話してくれていいんだけどねー」
「そんなにか?」
「うん、そんなに。最近は少しだけマシになったけど……抱え込むのは悪い癖だよ、そーたの」
「ごめん、ごもっともだな……」
そんな中でも、普段の調子で言葉を交わしてくれる芽空の存在が今はすごく、ありがたい。
抱え込むくせについては諸々があって改善するよう努めてはいるものの、それでもいつも一番近くにいる彼女からするとまだまだのようだが。
「あの人——秋吉さんもいるんだよね」
「ああ。たまにサボってる時があるけど、大体は学校に行ってるから、多分。……無事だといいけどな」
「報道だと校門から校内まで見回りがいるって言ってたけど、変な行動を起こさなければ大丈夫だと思うよ。一応、人質って立場だから」
「それもそう、だよな。『獣人』だって分かってるから外から手出しは出来ないし。…………けど」
不安を完全に拭い去ることはできない。
そもそも記憶がなかった奏太や秋吉ならまだしも、一般人にとって『獣人』は恐怖でしかないのだ。いつ耐えきれなくなり、パニックを起こして暴行被害に合うかも分からない。
見回りの人数を考えれば、奏太が相手をしたチンピラのような一般構成員もあの場にいるだろうし、下手をすれば。
「……そもそも、なんでうちの学校なんだよ」
だから、そう考えてしまうのも無理はなかった。
主な印象として残っているのが蓮や秋吉とのこととはいえ、その他のクラスメイトなどとの交流はちゃんとあったのだ。そんな見知った者たちが傷つくのは嫌だし、どうしてと理由を考えてしまう。
他の場所なら良いか、と言われればそんなことはもちろんないのだが。
しかしそれを抜きにしても、
「適当に選んだ、にしては妙な話だ。何か理由があるのか……?」
学生区は元々東京の土地を分割して作られたとはいえ、高校の数は決して少ないわけではない。大学にせよ、中学にせよ、選択肢はいくらでもあったはずだ。
「確かそーたの先輩がブリガンテにはいるって言ってたし、その人たちが勧めたのかな?」
「それか、あいつらを伝って蓮が所属していたことを知ったから……か。どっちにしても最悪の選択だけどさ」
「……蓮の?」
「ああ、当然といえば当然だけど、アザミは蓮のことを知ってたんだ。掃討戦……だっけ。俺が来る前のブリガンテとの戦い。その時に話したのかもな」
『青薔薇』とアザミは呼んでいたが、もし彼女の願いを知っていたとしたら。
「蓮がいた場所で人間と『獣人』の間に亀裂を生ませる。…………性格が悪いどころじゃないぞ、こんなの」
取り返しがつかないくらいの爪痕を残し、二度と叶わないようにしてしまう。
そんな最低の行いに奏太は奥歯を噛み締め、肩を震わせて————、
「——でも、そーたは」
隣から聞こえていた声。
それがふいに至近のものへとなって、奏太は息を止める。
そのままゆっくりと視線を横へ、芽空へ向けてみれば、
「それでもそーたは、どうにかしたいって思ってるんだよね。幸せのためにって」
「芽空……」
ガラス玉のように冷たく、だけど確かな熱を持った碧眼。
芽空は奏太を逃がさないかのようにじっとこちらを見つめており、それからやがて笑みをこぼした。
「どうにかしようね、そーた。みんなとそーたと、私たちのために」
「————」
「願いも誓いも約束も、全部現実にして、誤解も虚実も恐怖も、全部ひっくり返そう。そーたはみんなが大好きなんだって、世界が壊れるのを防ぎたい、幸せにしたいって思ってること。みんなに示そう」
驚きがあった。
続けて疑問、そして理解。
唯一残された肉親が拐われ、気が気ではないであろうこの状況で、彼女が述べた言葉。
それは強かですっと胸の内に入ってくるような、奏太が今一番に欲しかった、そんな言葉だ。
彼女が彼女だから言えて、きっと彼女が芽空でなければ言えなかったはずで。
だからこそ芽空は、奏太の考えを読んだかのように言葉を続ける。
「……お兄様のことは確かに、ショックだよ。今も不安で胸が苦しくて————」
「————」
「でも、ね。そーたは絶対に下を向かない。だから私も前を向くの。そーたには好きな子がいる。好きな世界がある。だから私は、そーたについて行く。そーたを手伝うの」
……考えてみれば、それは当然だったのかもしれない。
奏太が弱い部分も含めた全てを打ち明けた相手は本当に少ない。
その中でも特に彼女は、奏太が見てきている。奏太を見てきている。
それなら分かっていても不思議ではないのだ。
だってきっと、彼女の望みは————。
「——そーたの隣にいる。今はそれが、私の幸せなんだ」
そこまで言い切って、芽空は軽く息を吐いた。
何があっても折れないと、そう感じさせるほどの強い決意。
一切の感情を隠すこともせず、熱情のままに放たれた彼女の言葉は、聞いていた奏太の心さえ強く揺さぶるものがあって。
だけど、それだけではない。
芽空の心境に何かしらの変化があったのは確かだが、だからと言って根っこから先までまるっきり変われるほど人間は器用ではない。
何者にもなれる才能を持った彼女であっても。
事実、熱を帯び、僅かに上下する肩よりも下、その指先は震えを隠せてはいない。
心配も不安も、先へ進む恐怖も。
彼女の中にはまだ消えずにあるのだ。
そんな彼女が自分自身の声を聞き、勇気を出してくれたのは嬉しい。嬉しいけれど、それを遥かに超える強い衝撃と抵抗が奏太の中にあったのは事実だ。やむことのないひどい頭痛に苛まされるような。
今回のような例外はあれど、そもそも芽空という少女は戦闘に向いていない。
フォーを倒したのだという方法だって、何かのミスで見つかっていたら、抵抗することも出来ないまま敗北していた可能性だってあり、さらには今回たまたま成功したからと言って、次無事でいられるとも限らないのだ。
HMAとラインヴァントが手を組んだ、文字通りの総力戦。
アイが加わったからと言って、圧勝出来るほどの戦力差でもなければ、誰も傷つかないで済むほどの奥の手があるわけでもない。せいぜい持って数分の、あの薬だけだ。
だからきっとまた、仲間の誰かは、皆は傷つく。
最悪————隣にいると約束した、蓮のように。
「俺は……」
無意識のうちに、考えないようにしていた。
誰かを殺す可能性、誰かが死ぬ可能性。
いずれも、本格的に事を構えるのならいつ確定へと変わってもおかしくないというのに。
そう、それこそ次は。
ほとんどの能力を見られてしまった次の決戦では、危険度が更に増すのだ。対策を取られ、成すすべもなく敗北し————その後の光景を、思わず幻視してしまう。
見知った仲間がアザミになぶられ、裂かれ、殺される。そんな最悪の光景を。
だから奏太は気づいてしまった。
どこか甘く見ていた自分に。
だから、感情の決壊は訪れた。
「俺は…………怖いよ」
「————」
「ラインヴァントの誰かが欠けるのなんて嫌だ。全部取り戻したい。……でも、取り戻した先で何かを失わないか。それが怖くて仕方ないんだよ」
確かに、守りたいという気持ちはある。それは嘘じゃない。本当の、本当だ。
でも、気づいてしまった以上はごまかせない。自分の声が、抑えられない。
「好きな子はいるよ。世界だって好きだ。蓮と過ごした日々も、ラインヴァントの生活も、どれも俺は好きで……」
「————」
「だからもう一度って、思うよ。思うけど……っ、俺は、またあの時みたいに!」
一秒でも早く、駆けていれば。
少しでも早く、奏太が目覚めていれば。
もっと、奏太に力があれば。
そうすれば、蓮を救えたかもしれない。
何度だって後悔した。何度だって——。
「俺は失いたくないよ……芽空。みんなも、隣にいたいって言ってくれるお前も。怖い、死なせたくない。何よりも嫌で、離れるのが怖くて、俺は——!」
考えれば考えるほどに浮かんでくる、どうしようもないくらいの不安。
それらを全て吐き出して、その末に奏太は震える瞳で芽空を見つめた。
————瞬間。
奏太は再び息を止めた。
先ほどと同じ感覚だ。
だって芽空は迷いなく、
「——ありがとね、そーた」
一切の不純物のない、透き通った笑顔。ほのかに頬を赤らめ、彼女は微笑んでいたのだから。
言葉を出せないでいる奏太に、芽空は「あのね」と切り出し、
「梨佳やみゃお君と違って、オダマキ君は分からないけど……少なくとも私や希美は、自分の命の危機っていう感覚が分からないの。奏太たちと違って、命をかけるほどの戦いをしてきたわけじゃないからね。だから多分、危機感はみんなより薄い」
「で、も今回は……」
掠れるような声に芽空はゆっくりと瞳を伏せ、頷く。
「分かってるよ」、と。
「私たちが傷つかないのは絶対に無理だと思う。……特に私は、見つかったら終わりだしね。一回蹴飛ばされたら、それだけで動けなくなっちゃうと思う。そーたが悩むように、死ぬことだってあるかも」
「それなら……っ!」
奏太自身、もう何を言いたいのか分からない。
芽空を止めたいのか、受け入れたいのか。決戦から逃げたいのか、逃げたくないのか。
頭の中がぐちゃぐちゃで、なのに夢物語だけは思い描くことができない。
みんな助けたい、でも失いたくない。失いたくないけど、助けたい。それだけがずっと頭の中を回っており——、
「でもね、そーた」
処理が追いつかない頭が熱を起こして、意識さえ朦朧とする……はずだった。
その熱を冷ましたのは、いつかの水。ひんやりとした何かだ。
視線を落とし、自身の右手を見つめれば、
「…………芽空」
冷たい両の手の感触だった。
奏太を正面へ向かせるには十分すぎるくらいで、けれど確かな人の熱を持っている。心が少しずつ、晴れていくように。
「そーた。みんなはね、死んでもいいからユキナたちを取り戻そう、ブリガンテを取り戻そうって思ってるわけじゃないよ。みんな生きたいって、そう思ってる」
「————」
「私はそーたのために死なないよ。そーたを助けるけど、死んだらそーたは悲しむ。だからそーたのために私は死なない。生きたいって思うし、生きて欲しいって思うから」
奏太の葛藤も、止むことのない恐怖も。
その全てを彼女は払い、消してしまう。
分かっていたはずの勘違いの解消と共に。
「隣にいたいって思うよ。でもそれは、そーたとこれからも楽しい日々を送りたいってことなんだよ? だからこんな時、私はそーたほど戦えるわけじゃないから、出来るのは一つだけ」
何一つ、言葉を返すことが出来ない。
こうして慕ってくれる彼女に対し、奏太は。
だってそうだろう。
かつて奏太の隣にいた少女のことを知っていて、その喪失が奏太にどれだけの苦しみを与えたかを知っていて、それでも芽空は逃がさない。
「これ、は」
いつの間にか手を離した芽空が一つ、と言って差し出したのは小指だ。
彼女が奏太を、彼女が自分自身を逃がさないための、たった一つの方法。
「指切りの、約束」
「……覚えてたのか」
「だって私は、奏太に見つけ出してもらったんだよ。忘れないよ、全部」
…………本当に。
一体どうして、いつの間に彼女はこれだけ強くなったのだろう。
見くびっていたわけではないし、ましてや馬鹿にしていたわけではない。
でもあの時の彼女は、もっと脆くて。
「そーた。前にこれをした時の私、覚えてる?」
彼女は奏太の胸の内が読み取れるのだろうか。
そう思えるくらいに、彼女は的確なタイミングで言葉をかけてくる。
「……覚えてるよ。最初から、今の今まで」
「そっか。それなら——もう、大丈夫だから」
「え?」
「大丈夫、って言ったんだよ。そーたにたくさん助けてもらって、私は笑えるようになった。今もね、シャロに向き合ってる最中なんだよ。一人で立って歩けるから。だからもう、大丈夫なの」
それから続けて、
「————生きよう、そーた。私とみんなと生きるために、戦うの」
そう言って、再度右の小指を差し出した。
……これを結べばきっと、彼女は抵抗なく戦場へと赴くだろう。
生きるという以上、無茶な真似はしないだろうが、最悪の可能性が潜む場所へ。
芽空だけではない、他のみんなも。
それを奏太は、止めたいのだろうか。
————否。
彼女の言ったことをよく思い出せ。
どうして戦うのか。ほんの意識の差でも構わない。一つ理由が増えるだけでも、いいのだ。
芽空が奏太を逃がさないと決めたように、奏太もまた。今度こそは、取り返しがつくように。
「……俺は」
だから奏太は、彼女に自身の小指を絡ませ、指切りを交わす。
「————生きよう、芽空。隣で笑って、また話すために!」
蓮の代わりなんていないし、彼女は二度と現れはしない。
でも、奏太はもう失いたくない。
だから生きる。だから戦う。
芽空は恋愛感情で奏太を見ているわけではないし、奏太もまた同様。
でも、隣にいたいと思うし、思ってくれる。
だから奏太は、芽空の言う通りに前を向こう。下を向かずに、強くあるために。
「…………ね、そーた?」
「どうした、芽空?」
——それはどこか満足げな、少女の声。
人形のように容姿の整った、鶯色のポニーテールの少女だ。
かつては何もかもがバラバラに砕け散って、現実から身を隠していたはずの彼女はこちらを見上げて言った。
「朝ご飯の前、そーたは心のあり方が『トランス』を変えるって、言ってたよね」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「私が思うにね、そーただってアザミに負けてないと思うんだ」
「……どうして?」
自慢するかのように話す彼女の声に、どこか安堵する自分がいた。
それは先ほど彼女が言った言葉が原因なのか、それとも約束があったからか。
いずれにしても、それは隣り合っているからこそ、一番に奏太を見てきた芽空だからこそ言えること。
信頼に応えなければと、自然と力が湧いてくる言葉だ。
芽空はゆっくりと口を開いて————。
「だってそーたは、誰よりもみんなのことを想ってるんだから」
*** *** *** *** *** *** *** *** ***
「期限は今日の十八時、か……」
「残り八時間とちょっとだねー。捕まえたブリガンテのメンバーをアイが送り次第、また会議を始めるつもりだけど……」
「それまでに出来る限りの手を用意しておかないと、か。何かあるといいけどな」
中断していた食器の洗浄を手早くこなしながら、今後のことについて改まって確認を取る。
そこには先ほど見せた弱さも、恐怖も、どちらともない。
生きるために戦う、そのために奏太に出来るのは少しでも多くのことを考えること、なのだから。
「確か『カメレオン』って精神状態が関係するんだよな。それなら芽空は……」
「多分、大丈夫だよ」
「いや、でも…………」
「大丈夫」
胸を張って言ってみせる芽空だが、一体何が大丈夫なのかこれっぽっちも分からない。
奏太の心配を極力減らそう、という考えゆえのものなのかもしれないが。
「まあ、それでも考えるけど。……芽空は見つかった時のために、何か撹乱するものとかあればいいんじゃないか?」
「撹乱っていうと……煙玉、みたいな?」
「忍者か。ある意味似合ってるけどさ——実際の戦闘では予期せぬ未知の事態が起きることがありますから、場を立て直したり出来るものがあると良いんですよ。先読みして弱点をカバーしておくに越したことはありませんけどね。……って葵が前に言ってたし、探してみよう」
「みゃお君らしいねー」
実際、奏太が戦った相手は誰もが未知を引き起こしていたように思う。
一部奏太の戸惑い、躊躇いで油断を生んで——というものもあったのだが、いずれにしても油断は禁物なのだ。
「他のメンバーは……一応オダマキと俺はアテがあるけど、もう少しだけ探っておきたいな。獣の極致にたどり着けない以上は、『昇華』も出来ないわけだし」
特に、アザミの使った『昇華』は分かりやすい例だ。シャルロッテ曰く時間制限がある、とのことだが、それでもあの強さは相当な危険を孕んでいた。
対策を一つでも多く取っておくべきだろう。
「それから葵や梨佳は自分で何とかしてそうだけど、後で見てくるとして。残りは……」
「希美、だね」
「ああ。倒したってことは聞いてるけど、やり方を聞く限りじゃ弱点もある。だから優先するのは芽空と希美かな。エトとシャルロッテはここに残ってもらうとして——」
「————誰が、残るですって?」
背後から言葉があった。
奏太の言葉を途中で止め、異を唱えてくる声が。
突然のそれに奏太は驚き、振り返ると、
「……シャルロッテ」
厨房の入り口に立ち、自身の白金の髪を弄ぶ少女シャルロッテはこちらを睨み、
「勝手に決めつけないでくれるかしら。ワタクシがやることはワタクシが決める。何を選ぶも、動くも、考えるも、全てはワタクシだけのもの。下民の考えもそう、ワタクシを引き止めるには値しない価値なき言葉よ」
奏太が何か言うよりも先に、すらすらと自身の考えを述べて反論する余地を与えない。
結局答えは変わらず、彼女が彼女のしたいように動くのだと、そう主張して。
それからシャルロッテは奏太を指差し——否、隣の芽空へ指を向けると、
「そこの弱虫。話があるから……少し、来なさい」
一瞬、何かの感情がその瞳に揺らぎを起こしたかのように見えたが、首を軽く振ったのち彼女はそう言い放った。
「……あ、奏太さん。私も、少し、話が、ある」
さらに彼女の後方から現れた、希美までもが。