第三章37 『赤髪の少年』
今回で100話目になりました。
何とかここまで来れたのも、いつも読んでくださっている皆様のおかげです。
ありがとうございます。
初めての方も、そうでない方も、100回を記念してお気軽に感想など書いていただければ、とっても嬉しいです。もちろん二度目の方も大歓迎です。
第三章の中盤と、中途半端なところではありますが、この機会にぜひぜひ。
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——見渡す限りの深い闇。
ひょっとすると、誰もいないのではないか。
そう少年が勘違いしてしまうほどに、見渡す限り人工的な明かりも、物音一つすらもない。
だがそれは、隅々まで手入れの施された、優雅な印象のこの廊下にはあまり相応しいと言えない。
そう、貴族の令嬢や令息が一人か二人、あるいは使用人でもいい。
もしくは梨佳や奏太。
威風堂々と、景色にそぐわぬ振る舞いをする高貴な者がこの場にいて、かつ消え入りそうな青灯がそれらを灯すのであれば、もうそれだけで立派な一枚絵の出来上がりだ。
あるいはシャンデリアに光が灯っていても良いもしれない。ある者は夢物語のように現実を捉え、またある者は慣れたものだと呆れたとしても、きっとそこにはいつまでも浸っていたいと思える温もりがあるはずだ。
——ただしそれは、血なまぐさいことなど一切ない普通の日常であるならば、だが。
「ほんっとクソ広ぇな、こら」
自分には似合わない、あまりにも気取ったことを考えていたものだが、実際そういう人にはそういう評価を受けるのだろう、と適当に結論づけて少年——オダマキは愚痴をこぼして歩く。
「名前何つったか……シャ、シャ、シャーリー? アイツみてえなのは分かるのかもしれねぇけどな」
梨佳と奏太に任された、白金の髪をした護衛対象。奏太に対し、やけに偉そうな口を聞いていた少女だ。
奏太が別にいいと言っていた以上、飛びかかるつもりはないが……考えてみると彼女には、一度も面と向かって名乗られていない気がする。
だからか、自分が今しがた口に出した名前は、しっくりこないような気もするが……そこは特に問題ではない。気に食わないのも、飲み込む他ない。
重要なのは、自分が求められてるということなのだから。
「アイツと古里、それから白衣女か。あの二人は戦えねーだろうし、こりゃオッレがガチですげー頑張ってやるしかねーな」
オダマキは得意げに、緊張感など一切なしに笑ってみせる。
なんでも、今回狙われるのは二人らしい。オダマキはその一人を任されたのだから、自然と力も入るというものだ、と。
ちらと視界の右上に目を向けてみれば、時刻はもう数分もすれば日付が変わるところで————、
「……ぁ? マジで?」
途端、オダマキは焦り始めた。
右手に持ったビニール袋が、その動きに合わせて大きく揺れて。
缶コーヒーと一緒に炭酸を買っていた気もするが、今はそれどころではないのだ。
「オイオイオイオイ、こりゃテメエ、ひょっとしてあれかよこら」
いやいやまさか、と疑って時刻を二度見し、腕時計にも視線を落としてみるが、やはり結果は変わらない。というか既に一分経過した。
自分の現在地と置かれた状況、言われたことと男のプライド。
それらがグルグルと、頭の中をうざったいぐらいに回り巡って——、
「…………ここ、どこだよおい!!」
茶金の髪をガシガシとかき、華やかな外観にそぐわぬ叫び声を上げたオダマキ。
彼は単刀直入に言って、迷子で遅刻だった。
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時刻は数時間前——奏太の開始の声で行われた作戦会議にまで遡る。
「——っていうのが、ヨーハンとシャルロッテが狙われる理由だ。次にブリガンテの構成に関してだけど……」
奏太は今回の襲撃の理由に関して一同に説明を終えると、続けてオダマキに視線を向ける。
彼はどうして自分なのか、と意外そうな顔をしているが、
「ブリガンテの幹部『カルテ・ダ・ジョーコ』。その一人のスリーと一瞬だけ戦闘になったけど、はっきり言ってオダマキよりも弱い」
「みゃおよりもか?」
「……言いづらいけど、葵だと恐らくきつい。まだらで中途半端だったけど、『纏い』が使えてたんだ。恐らくは他の連中もそうだと思う」
梨佳の問いかけに対し、多少躊躇いはあったが、情報共有のためと自分に言い聞かせ、改めて強さを明確化する。
葵以上オダマキ以下、つまりは梨佳や奏太ならば十分に対応可能だと。
その情報を前に、葵の気が立つことはないか、一抹の不安を感じていたのだが——、
「対策は以前から考えてありますから、安心してください。奏太さんには及びませんが、一匹や二匹程度なら片付けてみせますよ」
そんな奏太の懸念を葵は大丈夫だと笑い、軽く袖口を振ってみせる。
『憑依』のみしか発動出来ない彼だが、それをカバーするだけの用意はしてある、と。
実際、ハクアを相手にして時間を稼ぎ、蓮の毒も所持しているし、何よりも彼は奏太に戦い方を教えてくれた人物だ。相手によってはギリギリの戦いになるかもしれないが……それでも彼は落ち着きを取り戻し、参戦の意を表明した。
ならば信じる他あるまい。
きっと、誰よりもこの現状に不満を抱いている人物なのだから。
——だが、ここで一つ。
奏太には常から疑問に思っていることがあった。
「じゃあ、希美や芽空はどうだ?」
問いかけ、奏太は二人の少女を交互に見つめる。
いずれも『トランス』が発動可能ではあるが、それぞれに事情があり、戦闘と呼べる戦闘を彼女達は行なっていない……はずだ。
奏太は目にしたことがないとはいえ、梨佳はオダマキよりも強く、半年前のブリガンテ掃討戦にも参加していたのだという。ゆえに彼女は戦闘力、という面で見れば何の心配もいらない。
だが、だからこそ希美と芽空の二人に疑問を向けざるを得ないのだ。
各人の能力を知った今だからこそ、果たして本当に葵よりも強いのか、と。
これを芽空が先に、口を開こうとして——、
「その点は問題ねーよ、奏太」
「…………梨佳?」
しかし、奏太の耳へ誰より先に届いたのは梨佳の声だ。
遮られた芽空は彼女の発言に同意するように頷き、希美もまた同じく。一体どういうことかと梨佳へ視線を向けると、
「有言実行、ってな。二人が戦えることはあーしが保証するぜ?」
「お前何したんだよ……」
「自分の身くらいは自分で守れるようにしただけだっての。……下手すると巻き込まれっけど」
梨佳は片目を瞑り、二人は自分が育てたと言わんばかりに胸を張ってみせる……が、最後の一言が不安でしかない。
芽空にしろ、希美にしろ、力はどうあれ『トランス』自体の特異さはピカイチなので、使い方によっては強力なものになるはずではあるのだが。
なにせ芽空の『トランス』は『カメレオン』で、希美はというと、
「…………希美の『トランス』を『青ノ蝶』と名付けよう」
「突然、どうしたの?」
「いや、気にするな」
希美を始め、一同に訝しげな目で見られたが、とにかく。
希美の『青ノ蝶』は蝶を無数に出現させるものだ。梨佳が何を教えたのかは分からないが、密かに期待しておこう。
「オダマキも、大丈夫だよな?」
「当ったりめぇよ、三日月。アネキはもちろん、三日月にもカッコ悪ぃところは見せねー。すっげーぐらいの活躍してやっからな」
「いや、別にカッコ良さはいいんだけど……無理するなよ」
そして最後に、オダマキ。
奏太、梨佳、希美、芽空、葵、彼の計六人が今回の襲撃に対応するメンバーだ。
それぞれ強さに差はあれど、足りないところは補った。精神状態においても、全員が全員平静——否、大事を前にして、志気はこれでもかというくらいまで高まっている。
「欲を言えば、アイの手も借りたかったんだけどな」
「間に合う保証は出来ない、だったね。HMAも今は問題を抱えているから、仕方のないことだよ、奏太」
「まあ、そりゃそうだけど。……って、ヨーハンはかなり落ち着いてるんだな」
「もちろん。奏太たちが守ってくれるというのだから、怯えてなどいられないよ。志気を下げかねないからね」
——この会議が始まる少し前、ようやっと連絡が取れたかと思えば、急なことだから保証は出来ないと告げた藤咲華。
あの女性が今頃は笑みを浮かべているのだろうと考えると、こう愚痴もこぼしたくなるというものだ。
『かもしれない』というのは大概無理な話と相場が決まっているため、手を借りれないも同然で、本当に力を貸す気があるのか、と。
とはいえ、ヨーハンがこう言っている以上、現状にごにょごにょと文句をつけたところでどうしようもない。梨佳が手を貸してくれて、戦力も揃った。
ならば今このメンバーで挑むほかあるまい。
一度深く息を吸って、呼吸を整えたところで、
「じゃあ問題の配置に関してだけど……」
この籠城戦とも言うべき作戦の本題に入る。
護衛対象は二人とエト、戦えるのは六人。それぞれの能力を念頭に入れて考えた場合、最も最適な配置は、
「俺と梨佳を一階に置こうと思う。理由としては——」
「正面から来る敵を片っ端からちぎっては投げ、ちぎっては投げて減らすためっスか?」
「まあ、半分はその通りだな。現状、このメンバーの中では俺と梨佳が一、二番だからだ。……だよな?」
「あーしから見る限りじゃそうだな。ぶっちゃけ時と場合にもよるけど」
エトが言った通り、正面、あるいは裏口から入って来るであろう一般構成員及び『カルテ・ダ・ジョーコ』の数を減らすのであれば、実力が他のものより抜きん出ている奏太と梨佳が引き受けた方が良い。
——役割的には、この籠城戦においての奏太は梨佳のサポートのようなものだが。
「で、次だ。シャルロッテ、お前の護衛に芽空とオダマキ、ついでにエトも付けたい」
「え、自分ついでっスか? なんかおかしくないっスか?」
「戦えないんだから仕方ないだろ。……というより、お前には色々やってもらいたいこともあるし」
狙われる対象でもなければ、戦えるわけでもないエト。
彼女はあれやこれやと何かを言っていたが、奏太の言葉を聞いてとりあえず納得。
視線をずらして、
「芽空はいいか?」
「うん。オダマキ君にほとんど任せることになるけど——私は、私の出来ることをするから」
芽空は作戦会議の前にシャルロッテと話をしていた。
その結果を奏太は聞いていないが……彼女の顔色を見る限り、少なくとも失敗したということはなさそうだ。
ただし、
「シャルロッテは?」
「————」
「おい、シャル——」
「いいわよ、それで。下民風情が何度もワタクシの名前を呼ばないでくれるかしら」
苛立たしげに、こちらを睨みつけるシャルロッテ。
彼女だけは不機嫌だった。
芽空と彼女との態度の違いに、今奏太は踏み込むべきではないだろうから、気になる心を抑えて飲み込むしかないのだが。
「おぉ、三日月。そんな難しい顔すんなよ。オッレが一匹残らずぶちのめしてやっからよ」
と、そこへオダマキの声が思考を割って入って来る。
彼を見やれば、右の拳を左の手のひらにぶつけ、気合いを入れているようで、
「……任せたぞ、オダマキ」
ひとまずは、この騒動が収まってから。
直前に迫ったことしか見ていない彼を見て、奏太はそう自分に言い聞かせるに至った。
そしてオダマキは奏太に笑みで応じ、それからシャルロッテに視線を移して、
「おい、テメエはこのオッレが守ってやっから、泥舟に乗る気でいろ。傷一つ負わせずにお家へ帰してやんよ」
「大船、な」
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「——とか言ってたくせに、何なのよあのチンピラは……っ!!」
シャルロッテは予定時刻を過ぎたというのに、未だ現れない茶金の男に悪態づく。だがその声は、罵られるべき相手には届かず、広い部屋の中で響くのみ。
戦場からはある程度離れていた方が良い、という指示の元三階の一室で彼女はベッドに腰掛けていたが、これでは何のために移動したのか分からない。
何が護衛か、何が守るか。
「そりゃさっき——鬱陶しいから飲み物でも買って来なさいよ、チンピラ。なんて言ったからっスよ。シャルロッテサン」
「それでも間に合わせるのが当たり前でしょうが。これだから下民は」
「いやー、さすがに自分でもそれはアレっスよ。理不尽だと思うっスよ?」
隣で聞いていたエトがなははと含みのない笑い声を上げ、諭してくるが、シャルロッテはそれを無視しつつ、口元に左手の指先を当てて状況を確認する。
時刻を過ぎ、今この場にはシャルロッテとエトの二人だけ。護身用の武器程度なら持ち合わせているが、通用するかどうかは未知数。
既に戦闘が始まったのだろう、下の階から床を通し、衝撃が伝わって来る。ともあれば、撃ち漏らしや別のルートを使った侵入者がここへ来るのも時間の問題で、
「今更移動するのは愚策もいいところ。……あぁ、もう。使えないわね」
偉そうに指揮を執っていた少年。
彼の名前はよく覚えていないが、人選ミスもいいところだ。
フロイセン家の当主である自分を、あんないい加減なチンピラに任せるなんてどうかしているとしか思えない。
それに、
「……あの弱虫は、どこに隠れてるのかしらね」
「え? 何か言ったっスか?」
「ハッ、何でもないわよ」
会議が始まる前まで話をしていた少女。今この場にはいない、鶯色の髪をした彼女が頭にちらつくが、シャルロッテはすぐにそれを振り払い、結論づける。
——さっきは偉そうなことを言っていた割に、結局前と変わらず彼女は弱虫のままなのだ。あの日、自分の前から逃げたあの少女は、と。
ただ、一つだけ気になるのは、彼女が数日前のパーティの時とは顔つきがまるで変わっていたこと。
発言が、表情が、怯えなどなく、まるで昔のような————、
「……シャルロッテサン、隠れるっス」
「は?」
が、そんな胸の疼きは至近で発せられた囁き声によって離散した。
理由を問いかけ、文句を言うより先、ベッドに腰掛けていた体が床に転がされる。
そうなった原因は紛れもなく隣にいた人物エトで、反射的に顔を上げようとしたシャルロッテは直前で彼女の言葉を考える。
——隠れた方が良い。
その言葉の意味は至ってシンプルだ。
だってそれは、つい先ほど確認したばかりなのだから。
この状況、部屋にいるのは二人。
エトはベッドから離れ、扉の方へ向かって歩いている。
自分が転がされたのは、ドアではなく窓側。ドアから入って来る者から見えなくするように……いや、隠れるように。
つまり今、それらをする意味などたった一つに決まっている。
「…………初めましてっス。一応確認するっスけど、アンタ『獣人』っスか?」
「————」
「ありゃりゃ。聞く気なしっスか。いや、それとも寡黙なお人っスか? フェルソナさんには絶対何があっても及ばないっスけど、口に出さずともよく考えてる人は尊敬するっスよ。研究者の鑑っス。どうっスか、一緒に研究でも——」
最初はエトも時間稼ぎのつもりだったのだろう、適当に問いかけた言葉が徐々に熱を帯び、早口になり、そしてその声が消えるのと、シャルロッテが意を決して顔を上げたのは同時。
視界がエトを捉えたかと思えば、彼女はふわりと飛んでいるところだった。
足の先から全てが地面から浮き、がくりとうなだれた顔に力はなく、口の端からは何か透明な液体が溢れ——驚くくらいに静かで、ゆっくりな光景。
しかもそれは、どうやらエトが意図して行ったものではないらしい。
彼女の向こう側に見える茶毛皮の男、彼がそうせしめたと見るのが妥当か。
人形を放り投げた時のように軽やかに、何の苦でもないかというように、いとも簡単に。
————エトが侵入者に襲われ、一瞬で気絶させられた。
その事実に気がつき、意識と視界の速さが一致したのは、彼女がシャルロッテの横を抜け、壁に激突した音を聞いてからだ。
「…………ぁ」
目の前で起こった一瞬の出来事に、シャルロッテは声を漏らす。
自身の声だとも分からず、こんな時に情けない声を上げるのは誰かと、悠長なことを考えている自分がいて。けれど同時に、それに悪態づくことが出来ない自分もいることが分かって、ようやく正しく現状を理解する。
エトは気絶し、守ると言っていたオダマキはいない。
となれば次に来るのは、
「……アンタが、このワタクシを狙ってる『獣人』なのかしら」
妙に声が出しづらく、それに違和感を感じながらも、シャルロッテは後ずさりしながら目を背けることを是とせず問いかける。
視線の先、茶毛皮の男に。
「————」
だが、やはりというべきか先程のエトと同様に、返事はない。
というか、聞かずとも分かることなのだが。
『獣人』の特徴は分かっている。モチーフとなった動物を生身の体に具現化させる。となれば、彼の大柄で茶毛皮な体は、
「熊……ね。耳がないことを除けば、その飛び出た鼻を見れば一目瞭然よ」
「————」
一方的に話をしているような気分だ。
元々、このような男相手に話すことなど一切ないのだが。
だというのに、どうして今自分は口を開いているのかと言われれば…………分からない。
野蛮で下劣で貧相。そんな輩と言葉を交わすなど、同列であると言っているようなものではないか。
今の自分は違う。見下され、手を引かれるような弱者ではないのだ。
こんな状況に屈指などしないし、怯えなど一切ない。声だって震えていないし、何かを誤魔化そうとなどしていないし、ならば、なぜ。
否定否定否定、そして疑問。
小一時間ほどあれば、答えは出たのだろうか。
否、無理だっただろう。
「——ォ、アアアアア!!」
およそ人のものと思えないような叫び声が部屋中に響き渡ったかと思えば、続けて茶色の砲弾ともいうべき速さで男が迫って来る。
それに対してシャルロッテは、地面に足をぺたりとつけ、呆然と彼を見つめるしか出来なくて。
「…………ない、で」
——体を動かさなければいけない。
けれど何故か体は動かない。逃げることなど、出来ない。
懐にあるはずの護身用の武器さえも、出すことが叶わない。
「……来ないでよ」
——自分は強くあるべきだ。
こんな状況で、弱さなど見せていられるか。
そう思う自分がいて、それが心の強さの証明で、でもそれが出来ない。
『獣人』でもなければ何か戦う術があるわけでもない。でも、隠れてばかりで、誰かの力を借りて、誰かの真似ばかりをするなんて嫌で、嫌で嫌で。
捕まっても死ぬわけじゃない。
でも、捕まりたくない。
多分きっとそれは、自分の心が砕かれることを知っているから。積み上げた年月が、言葉が、たった一回助けられる立場になるだけで、全てが。
だから、今からでも遅くはない。
立ち上がって、走るのだ。
自分一人の力で、自分はもう違うのだと。
そう、あの少女の力など借りずに————。
「助けて。助けてよ、ルメリー…………ッ!」
相反する意地と、助けを求める本心。それが涙混じりの言葉になった時には、もう遅い。
至近に迫った茶毛皮の男はシャルロッテの肩を掴み、そのまま意識を奪う。
「最初っから、それを言えよ!」
——直前、彼は何かの攻撃を受け、真横に蹴り飛ばされた。エトが飛ばされた時よりずっと速く、鋭い一撃に。
それにシャルロッテが目を見開き、時が止まったような感覚を受けていたところ、入れ替わりで現れたのは、
「あ、んた…………」
淀みのない赤髪の——一体誰だろうか。
真っ先に抱いたのはそんな感想だった。
顔も悪くはないが所詮は庶民止まり、額から生えた角が鬱陶しい。何を思っているのか、ため息を吐くその様が苛だたしい。
そんな印象をシャルロッテが抱いていると、
「お前、こういう時でもそんな顔なのかよ……ていうか、いい加減名前覚えろよ」
感情を隠さず、あからさまに嫌な顔をする少年。
偉そうな彼の物言いにシャルロッテは悪態づこうとするものの、それを遮るように彼は「いいか?」と前置きし、
「————俺の名前は三日月奏太。好きな子がいて、一喜一憂する。そんな当たり前の生活を送ってた……『獣人』だ」
首元のネックレスに触れて、そう名乗った。