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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第一章 『彼女』
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プロローグ『ヤクソク』


 薄暗い室内に、少女はいた。


 うっすらと月明かりの差し込むその一室は、荒々しい呼吸音と、時折差し込まれる小さな呻きによって支配されている。


「蓮……」


 男は顔をくしゃくしゃに歪ませて、少女の名前を呼ぶ。


 少女の――蓮の息遣いは平常時と異なる乱暴なもので、しかしそれは徐々に弱まりつつあった。

 仰向けで寝かされた彼女の体のあちこちには、無数の傷が広がっている。それはいずれも出血を続けており、一向に止まる気配を見せない。呼吸を取り込む胸の動き、一挙一動が、彼女を蝕み、苦痛を与えていた。


 どうしてこうなってしまったのだろう。

 男は自身に問いかけ、しかしその問いに答えは返ってこない。返ってくるのは雑音の入り混じった、理不尽な現実への無力さによる後悔の念。


 ほんの数時間前まで、彼女は幸せだったはずだ。凛とし、それでいて優雅に柔らかに咲き誇る花々のような彼女の笑顔は、周りを幸せにしていたはずで。

 そんな彼女を見るたびに、胸が一杯になり、間違っていないのだと、男はそう思わされた。

 しかし目の前の彼女の表情を見やると、既に花は枯れ果て、弱々しくなったその姿を何とか現しているだけだ。


 こうなる前にどうにかできたはずだ。

 雪崩のように押し寄せる後悔は、男の過去を一つ一つなぞる。男は、彼女をこんな目に合わせてしまった、今までの選択を片っ端から確認し――途中で思考を中断させられる。


「――――ね」


 蓮が何かをつぶやいたためだ。絞り出すようなその声は、注意していなければ拾えない本当に小さなもの。

 今、彼女は何と言ったのだろう。男が問いかけようとして――


「――――ごめんね。約束、守れなくて」


 彼女はぽつりと呟いた。深く感情の乗ったその言葉は、決して狭くないこの一室で、広く響き渡る。


 約束。やくそく。ヤクソク。彼女との、約束。何度も頭の中で反響し合うそれは、次々に男を鋭く突き刺していく。

 せき止められていたものが濁流のように溢れ、後悔と入り混じって、訳が分からなくなる。


 忘れてはいけない、忘れられない、忘れたくない、彼女との約束を――――。

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