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ゴミはゴミ箱に

作者: 沖見幕人

 独身貴族と言えばさぞ愉快な暮らしぶりだろうと想像されてしまうが、現実は単なる一人暮らしだ。


 仕事も家事も両立できる。一人の方が気楽さ。などと暢気に言えたのは三十代までだった。四十代も半ばを過ぎて、両親は他界し、友人連中は家族相手に忙しく、日々を孤独に過ごすことに焦りと不安ばかりが募るのは、気楽とは程遠い。


 そう、焦りと不安。俺は今、このままではいけないと焦り、このままで人生が終わるかもしれないとおぞましい不安を抱えて怯えている。


 何かを変えなければ、でもどうやって?今さら何が変わる?と焦り、不安のサイクルを繰り返す感情だけで構成されている、そんな日々だった。


 ………………

 …………

 ……


 仕事を終えて家路の途中、いつも通り頭の中で負の連鎖を繰り返しながらうつむいて歩いていると、道路上に空き缶が置いてあった。人の往来が少ない道とは言え路上である。そこにこれ見よがしに置き去られたゴミに苛立ちが募った。


「くそ、ゴミはゴミ箱に、だろ。ふざけんなよ」


 路肩の目立たない位置に移そう、程度の気持ちで缶を蹴ると、意外にも高い音が響き、自分も驚いてしまった。


 ふと視線を上げると、目の前に老人が一人立っていた。小汚い見た目と気難しそうなしかめ面。よく近所を徘徊してゴミを漁っているので、見ているだけで不快なジジイだ。


 今日もゴミ漁りをしていたのだろう、手にしたゴミ袋に俺が蹴った空き缶を入れると


「……ゴミはゴミ箱に、だろ」


 一言残し、行ってしまった。


 なんだよ。俺が捨てたんじゃねえよ。くそ、気分悪い。


 言われた嫌味に嫌な気分が増し、鬱々と家路を辿っていった。


 何かを変えなければ、でもどうやって?


 ………………

 …………

 ……


 仕事を終えて家路の途中、道路上に空き缶が置いてあった。路上に捨てられたゴミに苛立ちが募った。


「くそ、ゴミはゴミ箱に、だろ。ふざけんなよ」


 缶を蹴ると、自分でも驚くほど高い音が響いてしまった。


 ふと視線を上げると、目の前に老人が一人立っていた。小汚い見た目と気難しそうなしかめ面。一見近寄りがたい雰囲気だが、近所の小学生の登下校時には付近を見回り、ゴミ収集所からはみ出したゴミを整頓したりしている、気配り上手なジイさんだ。


 今日もゴミ拾いをしていたのだろう、手にしたゴミ袋に俺が蹴った空き缶を入れると


「……ゴミはゴミ箱に、だろ」


 一言呟いた。


「あ、すいません……」


 俺がボソボソと返した言葉が聞こえたのかどうか、ジイさんは行ってしまった。


 ……そうだよな。空き缶くらい、自分で拾ってゴミ箱に入れればいいんだよな。


 そんなことで何か変わるわけでもないだろう、ひょっとしたら気味悪がられるかもしれない。でも、まずはできることから変えてみよう。まずは、そこから。


 ……

 …………

 ………………


 それから、特に何が変わったわけでもない。


 あのジイさんを真似て、収集所にゴミを出す際に他のゴミを整頓したり、路上のゴミはとりあえず拾ってみたり、同じマンションの住人とすれ違えば一言挨拶したり。


 やってることは当たり前で、でも今までこの当たり前をしてこなかったことは少しだけ反省したりした。


 ある日、近所の公園で小学生低学年くらいの男の子が空き缶をゴミ箱に放って捨てたのを見た。綺麗な放物線を描いたが、缶はゴミ箱の縁に当たり、意外なほど高い音が響いて地面に落ちてしまった。


 男の子も驚いたのだろう、慌てた様子で振り返ると俺と目が合ってしまった。


 ……あー、気まずそうな顔してる。俺だってわかってるよ、君がそんなつもりじゃなかったってことは。……でもなあ、見ちゃったしなあ。


 俺は男の子に近づき、なるべく優しい顔を、と意識して


「……ゴミはゴミ箱に、だよ」


 一言だけ残し、離れていった。


 いや、思いのほか恥ずかしいものだ。恥ずかしすぎて相手の顔など見れなかった。きっと、あのジイさんも内心は慌てていたのかもしれない。


 ……こんなことでは何も変わらないだろう。あの男の子だって、ちょっと嫌な気分になって明日には忘れているかもしれない。


 でも、少なくとも、俺の気持ちは変わった。もう頭の中に焦りと不安のサイクルは無い。


 まずは、できることから。



 終わり

お読み頂きありがとうございます。よろしければ感想を頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 筆者の心情が作中に表現されていた点。 [気になる点] 同じ文章が二回出てきているような気がします。 [一言] いつも楽しみにしています 次はもう少し長いお話を書いてください!
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