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プロメテウスの炎

新月の夜。


暗闇に包まれた夜空の下。東京湾に面したとある倉庫街の外周を2人の若い自衛官が9mm拳銃と89式5.56mm小銃で武装し歩いていた。


「しっかし何なんですかねぇ。今日は……。私達(自衛隊)にいきなりこの倉庫街を包囲しろだなんてただ事じゃないですよ。熊でも出たんですかね?」


戦闘靴2型を履き迷彩服3型を着て防弾チョッキ2型を纏い88式鉄帽を被った古畑三曹が対岸で煌々と煌めくビルの明かりを見ながら不思議そうに言った。


「バカ。東京の山間部ならまだしもここは東京の都心だぞ。熊なんかいるわけないだろ」


古畑三曹の問い掛けに上官の霧島遥斗三尉は呆れたように返事を返す。


「ですよね〜」


間延びした口調で古畑三曹はそれもそうだ、とばかりに頷き続けた。


「……それじゃあ、何があったんですかね?こんな物まで配るだなんて普通じゃないですよ」


防弾チョッキ2型に取り付けられた弾帯に目一杯押し込まれた予備弾倉。それに後付け装具に入っている閃光発音筒(俗に言うスタングレネード)やMK3A2攻撃手榴弾。腰に結わい付けられた89式多用途銃剣に視線を落とし古畑三曹は首を捻る。


「確かにな……」


「それに練馬駐屯地の第1普通科連隊が総動員。しかも黒ずくめの妙な連中までいるんですよ?絶対何かヤバイ事が起きてるんですって」


「……何かって例えば?」


霧島三尉が古畑三曹に問い掛ける。


「例えばですか?……う〜ん」


霧島三尉の問い掛けに古畑三曹は腕を組み瞑目し無い知恵を絞る。


「………………バ、バイオハザードが発生したとか」


「……」


「ア、アハハ。……無いですよね〜」


霧島三尉の冷たい視線を浴びて古畑三曹は笑って場を誤魔化した。


「はぁ〜。でも本当に何が起きているんですかね?」


……どんだけ気になってんだよ。さっきからそればっかだな、コイツは


同じようなことを何度も口にする古畑三曹に霧島三尉は呆れにも似た感情を抱いていた。


「分からん」


「分からんって……。そんな興味無さそうに答えないで下さいよ、三尉。 …………そういや、ふと思い出したんですけど三尉は知ってますか?あの吸血鬼事件」


「ん?あぁ、あれか。……確か体の血を全部抜かれてミイラみたいになった死体が発見された奴だろ。それがどうかしたのか?」


「いえね、今日の昼にまた血を抜かれた死体が発見されたとか」


「またか?これで何人目だ?」


「25人目です。しかも全員女性」


「連続殺人か……。物騒な世の中だな」


「いやいや、そういう話しじゃなくてですね。実は今日発見された遺体はこの倉庫街の近くで見つかったらしいんです」


「で?」


「で?ってだからもしかして吸血鬼事件の犯人がこの倉庫街に潜んでいるのかもって話ですよ」


「……まさか、俺達は吸血鬼事件の犯人を捕まえるために動員されたと?」


……まださっきの話の流れは続いていたのか?


霧島三尉が可哀想な人を見る目で古畑三曹を見る。その視線に気付いたのか古畑三曹は慌てて弁解するように言った。


「い、いやだって被害者の中には体を引き千切られた状態で見つかったものもあるって聞きますし……。人間を引き千切るような化物じみた怪力を持った相手じゃ警察が対処出来ないかと思って……」


そんな風に霧島三尉と古畑三曹が喋っていた時だった。


静まり返っていた倉庫街に突然バンバン、ドカン、ドゴンという発砲音や爆発音、コンクリートが破壊される音が響いたと思いきやどんどん2人の方に向かって音が近付いて来た。


なんだ!?2人がそう思う間もなく目の前の曲がり角から所々が破けた黒いゴスロリの服に右肩から血を流した金髪の少女が飛び出して来た。


「ッ!?」


自分の進行方向に人がいるとは思っていなかったのだろう。少女は2人の姿を見るなり可愛らしい顔に、しまった!!という表情を浮かべた。


「今だ!!」


3人が3人とも予想外の出来事に一瞬固まってしまった時だった。少女を追い掛けてきたと思われる黒ずくめ――黒い迷彩服を着た男達がぞろぞろと姿を現しそれぞれの手に持っていたHK416やMP7を構えた。


嘘だろ、不味いっ!!


倉庫街にある街灯の光を反射して鈍い光を放つ銃口がこちらを向くのを視認した瞬間、霧島三尉は咄嗟に隣で固まっていた古畑三曹を側の海に蹴落とした。


「ゲフッ!?」


脇腹に突き刺さった霧島三尉の強烈な蹴りに肺の中の酸素を強制的に吐き出され唖然とした顔で古畑三曹は海に落ちていく。


それを見届け霧島三尉は次に目の前の少女を凶弾から庇うため動こうした。しかしその時、凛とした少女の一喝が響く。


『伏せてなさい!!』


妙な強制力を持った少女の言葉に霧島三尉は抗う事が出来ず言われるがままに伏せる。


なっ!?体が!?


何故か素直に少女の言葉に従ってしまい地面に伏せた霧島三尉が視線だけ上に向けるとそこには霧島三尉を守るように両手を大きく広げ銃を構えた男達と向かい合う少女の後ろ姿があった。


「や、やめろおおおおぉぉぉぉーーー!!」


霧島三尉の悲痛な叫びもむなしく男達は少女に向けて一斉に銃弾を放つ。


バババババ、という銃声が響き霧島三尉の目の前で無情にも少女の体に次々と銃弾が命中する。


弾が体に命中する度に少女の体は跳ね上がり真っ赤な血が吹き出す。


そして銃声が鳴り止むと同時に少女はゆっくりと後ろに倒れ込む。


倒れ込んできた少女をすかさず抱き止めた霧島三尉は、少女を抱き止めた瞬間に自分の手に触れたヌルッとした感触に歯を食い縛る。


「何故撃った!!」


怒髪を突く勢いで怒り、涙を流しながら霧島三尉は手慣れた様子で弾倉の交換を行う男達にいい放つ。


しかし霧島三尉の怒声に対し男達から返事は帰ってくることはなかった。


「何故撃ったか?決まっている。ソイツが化物だからだよ」


「なにっ?」


しかし答えるものがいないと思われた霧島三尉の問い掛けに答えたスーツ姿の男がいた。その男は油断なく銃を少女に向け構えている男達の壁を割って間から進み出て来ると少女を指差し言った。


「よく見てみろ。ソイツはまだ死んじゃいない」


「なっ!?」


スーツの男に言われて霧島三尉が視線を落とし少女を見ると微かにだが呼吸があった。


そのことに気が付いた霧島三尉は慌てて持っていた包帯や止血帯を取り出し少女の傷の手当てを始める。


「何をしている?」


スーツの男が霧島三尉の行動を見咎めた。


「何をしているだと!?見て分からないのか!!まだ生きてるんだ、すぐに病院に運び込めば助かるかもしれないだろうが!!」


「人の話を聞いていないのか?ソイツは化物だと言っているだろう。まったく……いいだろう。最初から説明してやる」


霧島三尉をバカにしたようにスーツの男は語り始めた。


「私の名は黒橋源内。対吸血鬼を始め表では決して知られることのない裏の世界の魑魅魍魎共を駆逐する対魔機関。『プロメテウス』その日本支部の人間だ」


ちなみに彼らはうちの戦闘部隊だ。と先程少女を銃撃した黒ずくめの男達を指して黒橋は続ける。


「そして貴様の腕の中にいるのは300年も生きた真祖の吸血鬼だ」


「……」


「? おい、貴様。私の話を聞いていないのか?貴様が今抱き止めているのは――」


「300年生きた吸血鬼だろっ!!」


黒橋の事など眼中にないかのように少女にだけ視線を注ぎながら手を動かし霧島三尉はいい放つ。


「それがどうした!!」


「……は?」


「さっきから、ごちゃごちゃうるせえぇんだよ!!今までに何があったのか、今何が起きているのか知らねぇが!!コイツが吸血鬼だろうと無かろうとっ!!コイツは俺を庇って銃弾を受けたんだ!!その命の恩人を見殺しに出来るか!!」


「「「……」」」


霧島三尉の叫びに黒橋はおろかプロメテウスの隊員達まで固まる。


「ハッ、アハハハハハ!!これはおかしなことを言う。……ソイツは人類の敵だぞ?お前はその敵を庇うというのか?」


「だったらどうする!?」


「こうするさ」


黒橋はプロメテウスの隊員達に手を振る。するとそれに呼応して隊員達は引き金に指を掛ける。


「チィッ!!」


霧島三尉も負けじと少女を庇いながらも89式小銃の銃口を黒橋に向ける。


そうしてお互いが膠着状態に陥った時だった。


「どういう状況だこれは?」


「三尉……助けてくれたのは礼を言いますが、溺れ死にそうになったんですけど……」


黒橋達の背後からは練馬駐屯地の第1普通科連隊所属の自衛官達がぞろぞろと姿を現し、霧島三尉の背後からは全身ずぶ濡れでびちゃびちゃと海水を滴り落とし恨み辛みを口に出す古畑三曹が現れた。


「……面倒なことになってきたな」


黒橋はやれやれと首を捻りながら呟く。


「まぁいい。この場は我々プロメテウスが取り仕切る。自衛隊の者は直ちにこの場を離れろ」


その言葉に第1普通科連隊の隊員達は顔を見合わせる。


「お前もだ」


霧島三尉に向けて黒橋が告げる。


「……嫌だね…………あ?嫌だと言ったら?」


「? 貴様もろともその吸血鬼に止めを刺すまでだ」


「今なんて……」


「吸血鬼?」


「霧島三尉もろとも?」


黒橋の言葉に第1普通科連隊の隊員達がざわめき出す。


「……3つ数える。その間に貴様がその吸血鬼から離れない場合、貴様を吸血鬼の信奉者と見なし殺す。……それと聞こえなかったのか?自衛隊の者は直ちにここを離れろと言ったはずだ。高松一佐」


黒橋はいつの間に隣にいた霧島三尉達の上官の高松一佐に睨みを利かせながら言った。


「いや、しかし……霧島を置いて行くわけには」


「ちょ……ちょっと待ってください!!私が説得しますから。三尉!!あいつら本当に撃って来ますよ!!」


黒橋の言葉に高松一佐は戸惑い古畑三曹は本気を感じ取ったのか慌てて霧島三尉の説得を始める。


「このままじゃ三尉は本当に撃ち殺されますよ!!いいんですか!?」


「死にたくはないが、例え化物だろうと吸血鬼だろうとこんな小さい子供を見捨てられるか!!」


「ですが!!」


古畑三曹はそこまで言うと不意に表情を変えた。そして黒橋達に聞こえぬように小声で呟く。


「(……はぁ〜三尉は1度決めたら変えませんもんね、自分の意見。分かりました、もう止めません。だから三尉はその子を連れて逃げて下さい)」


「(お前……)」


「(話は大体聞いていました。その子をあいつらに渡したらその子の命はないんでしょう?)」


「(あぁ)」


「(だったら私が隙を作ります)」


「(!? お前そんな事したらどうなるか分かって!!)」


「(分かってます!!すべて承知の上です)」


穏やかな笑みを浮かべてそう言い切った古畑三曹を前に霧島三尉は何も言えなくなった。


「(古畑……。悪い頼んだ)」


「(えぇ、頼まれました。あの……それで……代わりと言うわけじゃあ無いですけど今度、ご飯連れて行って下さいよ?)」


「(牛丼ならな)」


「(ヒドイ!!)」


「いつまでこそこそと喋っているんだ!!」


2人が笑いを噛み殺し頬を緩めていると黒橋の声が聞こえた。


「閃光発音筒、3カウント」


最後にそう呟き古畑三曹は黒橋の方を向く。



――3


「すいません。説得失敗したみたいです」


「なに?」


――2


「だったらサッサとそこをどけ。貴様も撃たれたいのか!!」


「それは嫌です」


――1


「なら――」


「でも霧島三尉を見捨てるのはもっと嫌です」


「なっ!?」


――0


3カウントの終わりと同時に古畑三曹はニヤリと笑みを浮かべ黒橋に向かっていつの間にやら手に持っていた閃光発音筒を2個放り投げた。


直後、閃光と轟音が発生しその場にいた者の視覚と聴覚を一時的に奪い去る。


「クソがっ!!撃て撃て!!」


黒橋がプロメテウスの隊員に叫ぶも皆、聴覚が麻痺しているため聞こえない。


だが、プロメテウスの隊員達は黒橋の指示の前に霧島三尉達に向けて銃弾を放っていた。


「グッ!?」


その銃弾が少女を抱き上げ海に飛び込む寸前、霧島三尉の体を捉える。


弾が体を貫き激痛が走るが、霧島三尉は痛みを無視して海に飛び込み黒橋達の前から姿を消した。


「クソッ、やってくれたな!!」


「アハハ……ハァ」


閃光発音筒から受けたダメージが回復した黒橋は肩に流れ弾を受け乾いた笑みを浮かべて地面に力なく横たわる古畑三曹を睨み付けた。


「チッ、こんな事をしてただで済むと思うなよ? ここら一帯の湾岸に封鎖線を敷け、あの2人を絶対逃がすな!!――高松一佐、この反逆者を何処かに閉じ込めておけ!!」


そして黒橋は古畑三曹に脅しを掛けた後、すぐに興味をなくしたように視線を外しプロメテウスの隊員に指示を飛ばすと、最後に高松一佐や自衛官達に睨みを効かしながらどこかへ行ってしまった。


……三尉、後は頑張って下さいよ?


――それに……間接的にとは言え乙女の肌に傷をつけたんですから、責任取ってもらいますからね?


そして古畑綾音三曹は駆け寄ってきた第1普通科連隊の仲間から手厚い手当てを受けながら意識を失った。
















――――――――――――


じゃぶじゃぶと波を掻き分け暗く冷たい海の中から霧島三尉は現れた。


どこかの工場の敷地内だろう配管やパイプが伸びている脇にある小さなスペースに霧島三尉は上陸した。


「はぁはぁ」


脇腹に1発、太股に2発。銃弾を受けた上での夜の海水浴は霧島三尉の生命を脅かしていた。




抱き抱えていた少女を地面に下ろし自らも地面に横たわった霧島三尉の意識は朦朧としていた。


「……だから何度も念話で言ったでしょ。私の事は放っておきなさいと」


「ガフッ!!はぁはぁ……。俺も、言った、筈だ。嫌だね。って……」


「……バカね。その結果がこれよ」


霧島三尉と会話を交わしているのはあの銃弾の雨を浴び瀕死の状態だったはずのゴスロリの少女だった。


黒橋が言っていた吸血鬼というのは本当だったのだろう。つい先程、無数の銃弾をその身に浴びたというのにも関わらず自分の足で立ち海水で濡れた服を両手でギュッと絞っている少女の身体の傷はすべて塞がりもう殆ど傷らしい傷が残っていなかった。


ヨーロッパ系の可愛らしい顔立ちに碧眼、金髪のまるでフランス人形のような少女は目の前で生を終えようとしている霧島三尉を複雑な心境で眺めていた。


吸血鬼と知ってなお、私を庇う人間がいるなんてねぇ……。信奉者でもなさそうだし、珍しいわね。


「はぁ……はぁ……」


霧島三尉の呼吸の間隔がだんだんと長くなり小さくなっていく。


「……残念ね。貴方が童貞だったなら私が貴方の血を吸うことで僕の吸血鬼にして命を救うことが出来たんだけれど……。童貞じゃない男は吸血鬼に血を吸われてもグールにしかならないのよ。仮にも私を助けようとした男をそんな穢れた者にはしたくないの。だから……」


早く楽にして上げることしか出来ない。と哀れむような視線を霧島三尉に送りつつ少女は言った。


「……っ!!…………」


「なに?何か言い残した事?」


少女の言葉が聞こえたのか霧島三尉は無意識のうちに口を動かし掠れた声で言った。


「―――――!!」


「えっ!?」


そして最後に少女に何かを言い残し霧島三尉は意識を失った。


「私にそれを伝えたってことは……。そういうことよね?」


霧島三尉が意識を失う前に言い残した言葉に若干首を捻りながら少女は呟いた。


ならそうしてあげる。そう声にならない声量で少女は呟き霧島三尉に馬乗りになる。


ゴスロリを着た少女が成人男性に馬乗りになるというどこか淫靡な雰囲気を漂わせながら、少女は霧島三尉の首筋に顔を近付けた。


そして大きく口を開けるとその姿に似合わない鋭い牙を霧島三尉の首筋に突き立てた。


――――!?


少女の口の中に霧島三尉の血液が入った瞬間、少女は強制的に絶頂させられたように体をビクビクと震わせ頬は上気し目にはハッキリと幸悦の色を浮かべながら、僅かに残った理性の片隅で愕然とする。


何よ、これ!?


ある出来事により真祖の吸血鬼となり不老不死の力を得てから今までに飲んだ様々な血液が、穢れのない処女の血液ですら汚水に思えるような極上の血。


止められないっ!!


それを口にしてしまった少女は吸血鬼の本能に抗う事が出来ず、貪るように霧島三尉の血液を啜り続ける。


そして霧島三尉を僕の吸血鬼とするという目的を忘れていた少女がハッと我に帰った時には既に手遅れだった。


……私としたことが遣り過ぎたわね。まぁいいわ、どうせ――


もう手放すつもりはないのだから。


頬を赤く染め口元にベッタリと付いた霧島三尉の血をペロリと舌で舐めとりながら悪どい笑みを浮かべた少女は狂気を含んだ瞳で霧島三尉をいとおしそうに眺めたあと、そっと抱き上げると闇の中へと消えて行った。
















――――――――――――




「…………あれ?…………俺……」


目映い蛍光灯の灯りに照らされて霧島三尉は目を覚まし周りを見渡す。


何処かのマンションの一室だろうか、あまり生活感のないまるでモデルルームのような部屋のベッドに霧島三尉は寝かされていた。


「あら、起きたの?」


「あぁ、それより……ここは?」


「私が持っている隠れ家の1つよ」


霧島三尉が目を覚ましたことに気が付いた少女が両手に飲み物を持って霧島三尉の側に近寄る。


「はい、これ」


「ありがとう」


少女からココアを受け取り一息つくと霧島三尉は口火を切った。


「それで、あの……聞いても――」


「イリス・M・ガーランド。イギリス生まれ、356歳の真祖の吸血鬼」


「……えっ?」


「えっ? じゃないわよ。こういう場合は、まず自己紹介からでしょ?」


「あぁ、確かに」


口火を切ったのは霧島三尉だったが、すぐに主導権をゴスロリ服の少女――イリスに奪われた。


「……俺は――」


「知ってるわ、霧島遥斗。高校を卒業と同時に自衛隊に入隊。その後、順調に昇進し現在の階級は三尉。趣味はサバゲー、軍事関連の書物またはネット小説の読書。彼女や妻はおらず独り身で童貞。好きな女のタイプは――」


「ちょ!!ストップ!!ストーーーップ!!」


教えてもいないはずの自分の事をつらつらと話し始めたイリスに霧島三尉は慌てて待ったを掛ける。


「なんで知ってる!!」


霧島三尉がイリスに詰め寄る。


「なぜかって? それは私が貴方の血を吸ったからよ」


「血を……吸った?」


「えぇ、だって私が『貴方が童貞だったなら、私が貴方の血を吸うことで僕の吸血鬼にして命を救うことが出来たんだけれど……。童貞じゃない男は吸血鬼に血を吸われてもグールにしかならないのよ。仮にも私を助けようとした男をそんな穢れた者にはしたくないの。だから……』って言った後に貴方が『良かった俺は童貞だ!!』って言うものだからよほど死にたくないのだと思って貴方の血を吸ったの。で血を吸った時に貴方の記憶も私の中に入ってきたって訳まぁ表層部分の記憶だけ、だけれどね」


然もありなん。とばかりにイリスは衝撃の事実を霧島三尉に告げる。


「そ、それはつまり?」


「つ、ま、り、貴方は私の僕の――吸血鬼になったの」


「……」


「……」


「……マジで?」


「マジよ」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」


直後、霧島三尉の声にならない絶叫が部屋の中に響き渡った。










――――――――――――



俺が吸血鬼?えっ?ヴァンパイア?えっ?と錯乱し始めた霧島三尉にイリスが語り掛ける。


「遥斗、色々と混乱しているでしょうけど私の話を聞きなさい」


「いやいや、夢じゃないし、でも俺が吸血鬼って、そんな――」


――カチンッ


「“私の話を聞きなさい”」


「は、はい!!なんでしょうか!!」


背筋にゾゾゾっと冷たいものが走り妙な強制力をもつイリスの言葉に遥斗は思わず畏まり背筋をピッと伸ばすとイリスの方を向く。


「過程はどうであれ、結果として貴方は吸血鬼となった。これは紛れもない事実。そして一度吸血鬼となった者は決して人間に戻れない。これまでの貴方の日常は無くなり、本来であれば決して体験することの無かった血生臭い非日常が貴方の日常になったの。それに生きている限り命をつけ狙われるわ」


真面目な顔で幼い子供に言い聞かせるように優しく丁寧にイリスは言う。


「……」


「だから、今ここで決めなさい。決して日のあたらない裏の世界で化物として私と共に生きて行くか、今ここで死を迎え人間の自衛官の霧島遥斗三尉として死ぬかを」


「…………時間を――」


「ダメよ。今ここで、この瞬間に決めなさい。今ならまだ貴方が吸血鬼となったことは誰にも知られていないから銃弾を受けたせいで死んだ、もしくは私に殺されたことに出来る」


「………………………………………ッ………………………………………………………………………………………………………………………………ぁ――………………………………………………………………………………………………………………………………………っはぁ〜…っ!! 吸血鬼として俺は生きる」


「そう、それが貴方の決断。なら最後に1つだけ忠告よ………………言いづらいのだけれど場合によっては親しい者、つまり自分と血を分けた家族や友人知人が貴方の命を狙ったり、貴方を殺す為に人質に取られることがあるわ。……逆に貴方が直接手にかけなければいけなくなることもありえる。それでも……いいのね?見知った相手を手にかける覚悟はある?」


私達の敵は手段を選んでこないわ。イリスの妙に現実味のある言葉に遥斗の決意が揺らぐ。


「ッ!!」


自分が吸血鬼として生きて行くことでこれまで接してきた人間に危害を加えられる、加わる、加えなければいけない可能性があると聞かされた遥斗の表情が大きく歪んだ。


「……………………ハッキリ言って顔馴染みのやつらを殺すのは無理だと思う。…………だけど、“アイツ”との約束があるんだ俺はまだ死ねない。……それに古畑とも約束してるしな。飯を奢るって」


泣き笑いのような表情を顔に張り付けながら遥斗は言い切った。


「…………甘いわね、覚悟しておかないと後々辛いわよ。まぁ、今はまだいいでしょう。――歓迎するわ。ようこそ裏の世界へ」


手放す気など毛頭なかったのだが、遥斗の自分の意思で裏の世界へと引き込み我が物にすることに成功したイリスはニヤリと笑みを浮かべる。


そんな黒い笑みには気が付かずに遥斗は差し出されたイリスの小さい手をしっかりと握り締めた。




「さて、じゃあ吸血鬼や裏の世界について教えるわ。まず貴方は――」


念願のオモチャを手に入れた子供のような嬉しそうな雰囲気を漂わせるイリスの授業が始まった。


「――ということなの。とりあえずはこれぐらいでいいでしょう」


「……魔法や魔術が本当にあるってまるでアニメや漫画の世界だな」


4時間程ノンストップで続いたイリスの実演を交えた授業を聞き終え遥斗の口からそんな言葉が漏れた


「事実は小説より奇なり。ということよ」


「そうなのか……。 なぁ?」


「何?何か質問?」


「俺は君の“僕”の吸血鬼になったんだよな」


「えぇ、そうよ。それがどうかした」


「……『マスター』とでも呼べばいいのか?」


「……アニメの見すぎよ」


「アハハ……やっぱり?」


「私のことは好きに呼びなさい。で、で、で、でも出来ればイリスとよ、呼び捨てが――ゴニョゴニョ」


なんと呼べばいいのかと聞かれ建前で好きに呼びなさいと言ったものの、最後には初な少女のように俯き顔を紅潮させてイリスは恥ずかしそうに遥斗に告げる。


「あーーじゃあイリスで」


「!! わ、分かったわ。遥斗」


遥斗がイリスと呼び捨てにすると言った瞬間ハッと顔を上げ満面の笑みを浮かべて言った。


その天真爛漫な笑顔に遥斗はドキッとしながらも改めて言った。


「じゃあ改めてこれからよろしく頼む、イリス」


「えぇ、こちらこそ遥斗」


こうしてこれから裏の世界を騒がせる吸血鬼の師弟が誕生した。










おまけ


「そうだ、1つ聞きたいことがあるんだけど」


「……何かしら?」


「いや、あの……吸血鬼事件のことなんだけど。イリスがやったんじゃないよな」


「当たり前でしょ。私があんな事件のような品のないことをするとでも?」


「いや、そうだよな」


「ちなみに言っとくけど、私があの倉庫街にいたのはオイタの過ぎた吸血鬼事件の犯人――男の吸血鬼に灸を据えるためよ。あんな風に大胆なことばかりされていたらこっちにまでとばっちりが来るから」


「そうだったのか」


「……まぁ結局、とばっちりがいやで私が吸血鬼事件の犯人に灸を据えに行ったら、その犯人を討伐しにきていたプロメテウスの連中とバッタリ出くわして殺されそうになったけど(そのお陰で遥斗を手に入れることが出来たのだから結果オーライね)」


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