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夜会で仕事

カーヴァネット家の家紋をつけた馬車がリリアーヌの大通りを走る。馬車の中にはクラン・クラン伯爵と伯爵夫人、リコリス、チャールズが、馬車の外にはアスランーー茶髪の馬丁で本名はエドワードーーが。


アスランは馬を走らせながら、今日の作戦を思い出していく。


ーー正直、ウェールズがあんな事を言い出すとは思ってもみなかったな…


ウェールズは家庭教師役なんて絶対やりたがらないと思っていた。リコリスも口を開いて固まっていた。

「何でそこまで驚くのさ」

と言われたがそれは日頃の行いから絶対やらないと思ったからだぞウェールズ。少なくとも俺はお前と出会ってから14年間そんなの見たことない。信じられない。

「え、先輩、本気ですか」

リコリスが口をパクパクさせながら必死に問いかければ、

「うん。だってさ、」

家庭教師役って事は一緒にダンスもできるわけでしょ?

「リコリスはダンス大嫌いだから丁度いいよね、弱点を突きまくれるから」

「あっーーくっそ…!」


ーーろくな理由じゃなかったな。


でも、なんだかんだウェールズはリコリスにダンスを教えてやっていたのだ。何度もステップを間違え、足を踏みつける彼女にアドバイスをし続け、改善させようとしていた。そういう意味で、彼は優しいところがある。いい奴だ。あとはツンデレキャラじゃ無くて素直だったら…な。


エドワードは馬に指示を送り、右に曲がる。そして小窓を開け、中の者達にもうすぐ着く旨を伝える。リコリスーー今はお嬢様ーーに返事を貰い、小窓を閉め、前を向く。さぁ、目的地が見えてきた。


「頼むぞ、ウェールズ、リコリス…」


エドワードは一人、呟いた。


__________



馬車が止まり、ドアが開かれる。クラン・クラン伯爵が最初に降りて、夫人の手を取る。


「リコリス、ちょっと待っててね」


「はい伯母様」


クラン伯爵家の二人が受付へ消えていくのを見ながら、リコリスは隣に座る赤毛の家庭教師に話しかける。


「チャールズ………本当にダンスしないとダメ?」


「ダメ。だって僕が教えたんだよ?踊れるようになってなきゃおかしいって」


リコリスは眉間にシワを寄せる。

今まで、夜会とかに出席するのは数える程しかなく、出席しても壁の華を決め込んでいたのだ。それは、彼女の多忙さとダンス嫌いがさせたこと。


リコリスは考える。

ーーなんとか、基本のステップは踏めるようになった。しかし、テンポが速いときっとまたチャールズの足を踏みつける。…悪意はない。本当に。でも今日はいつもと違ってヒールなので、ブーツよりもかなり痛いはず。それで踏んでしまったら私明日から生きていけないんじゃあないだろうか。


眉間にシワを寄せ、いつまでも黙る教え子の眉間をチャールズの指が押さえる。


「そんな顔しない。大丈夫、心配ないよ」


ーーいつものコンツェント先輩じゃない怖いとても怖いとても踏んづけられない怖い怖い怖い


リコリスは自分の命の危険を感じた。明日、間違い無く死ぬ。そう直感した。


「何でどんどん真っ青になってくのさ」


チャールズがふてくされた時、リコリスが今死ぬのかという恐怖にうもれかけた時、ヒナ・クラン伯爵夫人の呼ぶ声が外から聞こえる。


「ま、とりあえず」


チャールズは丁寧な、しかし軽やかな動作で外へ出るとリコリスへ手を伸ばす。そして完璧な笑顔で一言。


「お嬢様、お手をどうぞ」


リコリスは自分の命がどうかなくなりませんように、と祈りながら彼の手を取った。


__________



会場に入ると、すぐにリコリスはやはり夜会で仕事など出来ないと思った。何故なら、


「リコリス、すごい人気ねぇ」

「ヒナ、当たり前だろ…リコリスは美人で可愛くて未婚だからな」


横にいるクラン伯爵夫妻に言われたとおり、リコリスは周囲の目を集めていたからだ。


流れるような銀髪に青緑のシンプルだが着る者の魅力を引き立たせるドレス。そしてそのドレスから見える肩や背中の真っ白な肌。さらに、彼女が夜会に出るのはレアだ。なおさら視線を集める。


どうしよう。リコリスは考えた。こんなに視線を浴びていては仕事にならない…!


困っていると後ろで周囲の確認をしていたチャールズが耳打ちした。


「多分、次の曲は少し速いテンポの曲で、その次が遅いテンポの曲。だから次の曲で僕と踊って、その次の曲でお嬢様はキース伯爵にでも声を掛けて一緒にダンスでもして仲良くなって話を引き出してきてください」


「うっ…了解」


リコリスは内心悲鳴をあげた。しかしそんなリコリスの感情など無視して、


「お嬢様がダンスを御所望ですので、一曲踊って参ります」


そうクラン伯爵夫妻に告げるとリコリスをダンス場へエスコートし始めた。


リコリスは何事もないかのように、普通に振る舞うよう努力した。そして曲が始まり、差し出されたチャールズの手を取る。そしてステップを踏み始める。


「うん、出来てる。その調子」


本当は気を抜いたらすぐにでもチャールズの足を踏みつけるはずだ。しかし、必死であることを悟られまいとリコリスは感情を抑えながら目の前の家庭教師ーーチャールズに先ほど告げられた内容の確認をする。


「チャールズ、キース伯爵の位置は?」


「階段付近の人溜まりの中心にいる奴です。ヴォイド侯爵とコーデリス男爵もその側に」


リコリスは言われた方向に目を向ける。するとヒナより少し若めの、すこし太った男の姿があった。


「見つけた。後でダンスのお誘いをしに行くから、その後の動向まできっちり気をつけて。お願いします、コンツェント先輩」


何気なく言った一言にチャールズが声のトーンを低くする。


「僕は今チャールズなの。いいね?」


「あ、はい、チャールズ」


曲が終わる。チャールズはリコリスから手を離し、笑顔で言った。


「なんだかんだ、気を遣わなくても丁寧にダンスが踊れるじゃないか。だから自信を持て、リコリス」


リコリスは目を開いて驚いた後、嬉しそうに目を細め、微笑みをチャールズに向け、それからキース伯爵の元へ向かって行った。


__________



「こんばんは、キース伯爵」


「おお、これは!王室警護官のカーヴァネット伯爵ではないですか!」


リコリスは手順通り、キースに声を掛けた。小太りな体に顔色の悪さ、そしてやけに香水の匂いが強いこと。情報通りだ。手を差し出されるのでそのまま握手する。


「なんと光栄な事でしょう…尊敬すべきお方に会えるとは。夜会に出るとは珍しい」


「ええ…ヒナ伯母様に連れてきてもらいましたの」


「ほぉ、そういえばクラン伯爵夫人はスフォルツェ侯爵家のお方でしたな。貴方のお母様の姉でしたよね」


「そうですの。そういえばキース伯爵、貴方、ダンスは踊れます?」


リコリスは無理矢理話題を逸らす。母方の家の事は何も知らないので、話が出来ないからだ。


「おお、そうでした。リコリス嬢、どうぞこの私めと踊っていただけないでしょうか」


キースはうまく流され、ダンスの話を出した。リコリスは最上級の笑みを浮かべ、


「もちろんですわ」


とキースの腕をとった。




二人は会場の真ん中に立ち、音楽が始まると同時に踊り出した。リコリスは必死さを隠しながらステップを踏む。


「いつ見ても美しい銀髪とお顔です」


「あら、ありがとうございます」


キースはリコリスの体をすこし引き寄せる。手は露出された背中に回され、リコリスは一瞬俯いて背中の不快感と香水の臭さに顔を歪める。


キースはそれを照れと感じたのか、再び顔を上げたリコリスの耳元に顔を寄せる。


「ダンスばかりで飽きはしませんか?」


ーー待ってましたその言葉!

リコリスは内心ガッツポーズをする。このまま家の中へ立ち入っていければ資料となる物が手にはいる。確実に。


「…ええ、飽きてきましたわ。最近女王主催のパーティとかに出て、警護の合間は踊ってばっかりだったので」


リコリスは言葉に少し悩む。間を空けて、返事をする。


「やはり、仕事は大変ですか?」


「そうですね。女の私が男と同じ仕事をするのは体力的にも大変ですわ」


リコリスは極力下手な事を言わないよう務める。華やかな王室警護官の仕事だ。裏の仕事で麻薬貴族の摘発をやってて大変だなんて絶対に言えない。この前は誰かさんの差し向けた刺客のせいで大変だっただなんて言えない。

する事なす事全部、国民に知られてはならない。


そんな事を考えていると、キースは何を考えたのか、さらに腕の力を込め、体にまとわりつく。何とも言えない不快感にリコリスは突き飛ばしたくなる衝動を何とか抑える。


「どうしました?」


リコリスは遠慮がちに振る舞いながら問うた瞬間、曲が終わる。


「良かったら、このあと行われる二次会に参加いたしませんか?きっと、幸せになりますよ」


「まぁ、楽しみにしてますわ」


「では次の曲が終わったあと、私のところへおいで下さい、会場へ案内いたしますから」


そこでキースはリコリスから離れて行った。リコリスは浮かべていた微笑から真顔に戻ると、


「いくら仕事だとはいえ、慣れない事をするのって大変なのね」


一言呟いた。


__________



チャールズは真っ暗な通路を歩いていた。足音も立てず、気配も感じさせず、忍のように。時折人の気配を感じると物陰に隠れ、息を殺してやり過ごす。紅茶色の目が追うのは、ランプを持って歩くヴォイド侯爵とコーデリス男爵。


彼らが夜会を抜け出したのはほんの少し前、リコリスがキースと踊り始めた頃。彼らは談笑しながら夜会を抜け、キース邸の奥へ歩き出したのだ。


チャールズは今まで歩いた道を脳内で地図に変換する。会場から離れ、人の入ってこない、奥の方の部屋…物置部屋があってもおかしく無いような位置まで進んでいると、直感で感じた。そして、彼らが何を目的に他人の家のそんなところまで行くのか。


目的の二人が部屋に入った。チャールズはそれを見逃さず、その部屋の近くまで進む。壁が薄そうなドアの近くに耳を当て、中の様子を探ろうとするが、特に何も聞こえてくる事は無い。つまり、喋っていない。もしくはかなり声を潜めている。


ーー入るか?どうせ殺す許可は貰ってる。リストがあれば充分だし…


その時ドアが開く。チャールズは慌てて近くの角に隠れる。二人が部屋から出て行ったのだ。二人は振り返る事なく先へ進み、見えなくなった。


ーー何をしていた…?


チャールズが閉まり切っていないドアの隙間から中を見ようとする。と、


「やぁ、チャールズ・グレンジャー伯爵」


拳銃の音と共に瞬間的にしゃがんだ頭の上を弾丸が通り過ぎる。音の方を向けば、


「…こんばんは。ヴォイド侯爵、コーデリス男爵」


ーーばれていたか…


ヴォイド侯爵があざ笑う。


「この前は僕らの手下を殺してくれてありがとう。なかなかすごい腕前だね…誰に雇われてこんなーー番犬みたいな事してるのかな?チャールズ・グレンジャー伯爵」


「さぁ、誰だろう?教える気はないけどね。それよりもさーー」


チャールズはドアを完全に開ける。中から見えるのは、大量の棚と甘ったるい匂いを放つ薬品、そして、


「何でこんなにならず者がいるのかな?誇り高きミスリルの貴族の家に」


麻薬貴族の傘下にある、マフィアの男達が刃物を構えて待っていた。


「さぁ、どうしてだろう。知らないなぁ。でも、見られたから、君には死んでもらおうか」


ヴォイド侯爵の合図で、戦闘が始まった。


__________



「コン、………チャールズ?」


リコリスは異変に気づいた。


パーティ客が少し減っている。主催のキース伯爵や主賓のヴォイド侯爵、コーデリス男爵など、既に情報により麻薬関係が暴かれていた貴族や豪商の人間が消えている。そして一番の違和感は、チャールズがいないこと。


リコリスは早足で会場を出る。そして外へ出ると、自分の家の馬車へ向かい、そこにいた男に声を掛ける。


「アスラン」


「リコリス様、いかがなされました」


「始まってから今まで、会場を出た客は?」


「ほとんどいないが…まさか」


アスランは言いながら何かを思いついたのか、表情が変わっていく。


「チャールズがいない。多分何かに巻き込まれてる。私は客の消えた先を探す。事態が解決したらすぐに帰るから、準備をよろしく」


「了解した。無理はするな」


「はい先輩」


リコリスは急いで会場へ戻るとさりげない動作で何かヒントは無いか探し始める。会場を一回りし、ない事がわかると今度は屋敷の奥に入り始める。真っ暗な通路で聴覚、嗅覚、触覚をフルに活用してヒントを必死に探す。そして、誰も入らないような場所まで迷い込んだ時、


ーーキース伯爵の香水の匂い…?


甘ったるい匂いを感じ、すぐそばにドアがある事を確認する。ドアの隙間からは明かりが漏れ、光の弱さからもしかしたらここは大部屋かもしれない、と思った。そして同時に、ここが会場かも、とも思った。一つ深呼吸をし、頭の中でうまい嘘をつける様言葉をたくさん並べ、ドアノブを回し、ドアを開けた。そして、戦慄した。


「ッ!」


そこにいたのは、麻薬に溺れた大量の麻薬中毒者と、札束を数える親戚の姿だった。

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