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聞き込み

翌日、午前中にしては暖かい風が吹き渡るリリアーヌ中央、カーヴァネット伯爵邸。その中の二階、広くも狭くもない一室にこの屋敷の主はいた。


部屋の雰囲気はシックな感じで纏められている。壁の両側にはしっかりした作りの本棚が幾つか置かれ、そのどれにも埋め尽くされている大量の本と書類。そしてチェスト、ソファーとローテーブル、執務机が程よく配置されている。執務机にも書類や本が大量に積み重なって、当主の多忙さを物語る。壁にはレイピアが二本飾ってあり、丁寧に手入れされているのか、明かりが反射してキラキラとした輝きを放つ。


そんな部屋からつながるもう一つの小部屋で、小さなライトを頼りに何かをいじっている銀髪の娘が一人。ーーカーヴァネット伯爵家当主、リコリス・カーヴァネット伯爵だ。


手にはねじ回しと楽器クラリネット、机の上には大量の部品と工具。彼女の家業、楽器店の仕事であった。


社長である彼女は本来書類仕事が主なのだが、楽器修理の能力はかなりあるのに現場で働けないのは嫌だ、という事を理由に店舗を本店だけにする事で自分にも楽器修理の仕事が回ってくるようにしたのだ。最初は収入の面から猛反対を受けたが、リコリスや職人達の手腕は国中の演奏家に認められ、かなりの注文数を受けている人気のある店になった。


「ここはもう少し締めた方がいい…かな…」


そう言いながら調整を終えたリコリスは、クラリネットを組み立て、リードをつけ、吹いた。透き通った音が響き渡り、彼女の楽器の腕も高い事が分かる。


低音域から高音域まで難なく吹き、異常がないかを確認する。依頼書に書かれた部分も確認し、それが問題無いと判断すると、楽器にスワブを通して解体し、もう一度スワブを通して楽器ケースにしまう。そして作業用エプロンドレスを脱ぐと外出着になった。クリーム色のドレスに茶色の皮のブーツだ。


小部屋を出て部屋に戻ると鏡を見ながら、世に全くと言っていいほど出回っていない、番犬への支給品毛髪染色剤(一日用)で銀髪を黒に染め、紺色のリボンを使って二つ結びにする。そして茶色の上着を羽織り、髪の乱れやおかしな所が無い事を確認した。必要最低限の荷物を入れたカバンと、先ほどの楽器ケースを手にすれば、ノック音が部屋に響く。


「お嬢様、コンツェント伯爵とヒスベルク伯爵のお見えです」


「今行くわ」


リコリスはドアを開け、楽器ケースを使用人に預けると、急ぎ足で玄関へ向かった。


__________



場所は変わってカーヴァネット伯爵邸から少し離れた道路で待機する馬車の中。


「ふわぁ…眠い」


この馬車の持ち主、ウェールズは欠伸をした。黒のシルクハットと黒のトレンチコートを着ていて、髪色はいつもとは違う赤色だ。髪型もいつも通り長めの前髪をおろした状態ではなく、七割を斜めに流し、残りの三割をワックスで固め、オールバックのように後ろに持って行っている。


「まぁもう少しでリコリスも到着するだろうし起きてろ」


向かいに座るエドワードも、普段の短い金髪ではなく、カツラによって長めの茶髪になっていた。そんな彼は黒のシルクハットに紺色のコート姿。


「…10時までは起きて待つ」


「ん?…その時計、シェラトンウォッチ社のか?」


金色の文字盤に茶色の皮ベルトの腕時計を見ながらギギギ…と唸っていたウェールズはうん、と返事を返す。


「そうだよ、フィオナさんちの。デザインが好きで買った。エドワードが結婚する半年前くらいに」


「…俺は一年間気づかなかったってことだな?」


何たる不覚…!とエドワードが頭を抱える。…不覚ってなんだよ。


そんな時、馬車のドアがノックされる。ドアを開け、外にいる人物を中へいれる。


「おはようございます、コンツェント先輩、ヒスベルク先輩」


「おはよー、リコリス」


「おはよう」


はぁ、と言いながらリコリスはウェールズの腕時計を確認する。


「9時59分51秒…セーフですわ」


『『秒まで気にするのか…』』


ご機嫌なリコリスはウェールズの隣に座るとエドワードに顔を向ける。


「ヒスベルク先輩、予定の確認を」


思考の世界から現実に戻ったエドワードは、手帳を取り出し、予定の確認に入る。リコリスは自身が書いたものに差異がないことを確認する。ウェールズは馬丁に指示を出し、馬車を走らせる。揺れる車内で、打ち合わせは続く。


「今回の仕事中の名前だが…ウェールズ、お前はチャールズ・グレンジャー伯爵。田舎の貴族な」


「…だっさ」


ウェールズは嫌そうな表情をする。


「俺はアスラン・ヨークシャー伯爵。リコリスはリリア・ノーフィーズ伯爵令嬢」


リコリスは笑顔で肯定の意を示し、エドワードはうむ、と頷くとしれっと言った。


「俺の後輩はいい奴だ、生意気な同級生とは違って」


「ああ分かったよちゃんと名乗るよ!」


「よろしい」


ちょうど馬車が止まり、馬丁が到着の旨を車内に伝える。三人が自分の装備ーーリリア嬢はダガーと拳銃をドレスの中に隠し持ち、アスランとチャールズはレイピアを帯び、拳銃を懐にいれる。全員が作業を終えたのを確認してからチャールズがドアを開ける。


「ティム、馬車はここで待機。よろしくね。あと僕の名前はチャールズで。…じゃあ行こうか、アスラン、リリア」


どこにいても違和感の無い、"普通の"貴族達が馬車を降り、街へ消えて行った。


__________



陽もとっぷり暮れた頃。

三人は揺れる馬車の中で聞き込みのメモを資料と照らし合わせ、情報を洗い出していた。


「だいたいの情報は手に入りましたね」


「ああ、奴らの傘下のマフィアのアジトの位置も特定できそうだし」


手に入れた情報は以下の通り。

キース伯爵とヴォイド侯爵、コーデリス男爵はかなり仲が良く、パーティで集まっていることが多い。

マフィアと関係があるという噂もある。

また、三人とも顔色が悪く、やけに香水の匂いがするのと、ここ最近で三人とも激太りしたらしい。


「激太り…顔色の悪さ…急変するって、病気以外ではなかなかないよね」


「香水の匂いがする…まさか麻薬の匂いを消しているのでしょうか」


ウェールズとリコリスが唸る。その時、外からノックの音と同時に馬丁ーーティムが小窓を開ける。彼は緊張感のある、しかし落ち着いた口調で小声で要件を告げた。


「チャールズ様、先程から、つけられています。どこへ向かいしましょうか」


アスランが顔をしかめる。チャールズは同じく難しい顔をする。


「巻けるなら巻いて。無理だったらその時は捕まるふりして敵の正体を暴く」


御意、という返事と共に馬車のスピードがほんの少し上がり、揺れが増す。リリアはメモと資料をかき集め、手早く丁寧にカバンに詰めた。そしてそのカバンをチャールズに預ける。


「リリア、アスランの隣に座って」


チャールズはリリアが退くと同時にシートの座面を上へ引っ張る。すると隠し空間が出てきて、チャールズはそこへカバンをいれ、座面を戻して何事もなかったかのように座った。


再び小窓が開く。


「チャールズ様、追っ手が増えました」


「馬は」


「限界です」


「………アスラン」


「…ティム、街灯の多い通りへ頼む。そこで馬車を止めてくれ、俺らが出る。ティムは、リリアを頼む」


「了解いたしました。サンヒール通りへ出ます」


馬車が最速力でサンヒール通りへ向かう。チャールズとアスラン、リコリスは上着を脱ぎ、動きやすい様にする。男二人に関しては帽子も。


その時、激しい揺れと馬の嘶き。それらと共に急に馬車が止まる。そして、緊急を伝える声が聞こえる。


「チャールズ様!」



「やっぱしダメか…!」


「ああ…!」


その声に反応して二人が外へ出る。


エドワードは右手のレイピアを構え、敵が刃物を出す前に急所を突く。死にきらない者には左手の拳銃から銃弾をプレゼント。突き出されるナイフをしゃがんで避け、レイピアで頚動脈を斬りつける。生暖かい血がべっとりとくっつくが、それを拭う事なくつぎの敵を倒す。


ウェールズは両の手に握られた二本のレイピアで舞う様に敵の間を駆け回る。容赦無くレイピアを敵の胸に突き刺し、首を刎ねる。返り血で衣服は血に塗れ、銀のレイピアは真紅になっていた。


次から次へと馬車の周りに物言わぬ骸が転がっていく中、馬車の中にいるリコリスは優雅に二人の脱ぎ捨てた上着を畳んでいた。時折、馬車の中に入ってくる敵を拳銃で撃ち抜きながら、中に避難してきたティムと会話をする。ウェールズがよくお供にする馬丁である彼はこんな状況に顔色一つ変えず、リコリスの話し相手に。


「前から思っておりましたが、リコリス嬢は髪が王家の方々と同じ銀色でいらっしゃいますね。とてもお綺麗です。と言っても今日は黒ですが」


「あ、ありがとう。…そうなんだよね、多分私が番犬に呼ばれたのはこの銀髪が姫様の影武者にピッタリだったからじゃないかな?」


リコリスの返事が若干詰まる。ティムはそれに気づいたが、あまりそれを気に留めはしないで続ける。


「それもあるかもしれませんが、リコリス嬢はお強いです。ですからその腕も買われたのではないかと」


「ありがとう、ティム。貴方の黒髪もとても綺麗よ」




そんなのどかな会話の外で、血塗れの男二人は自分の仲間の骸に囲まれて行き場をなくした敵のリーダー格に向き合っていた。ウェールズはレイピアを突きつけ、エドワードはメモとペンを持って。


「さぁ、早く吐いてくれる?」


「…うるせぇ、貴族様に言う事なんざ何もねぇよ」


ウェールズが無表情でレイピアの先をリーダーの首に押し付ける。


「ああそうそう、こいつは短気だからな。すぐ斬りたがる」


滅多に出さない満面の笑みでエドワードが言えば、怯え切ったリーダーはへたり込んで土下座し、


「すいませんちゃんと言いますだから命だけはお助けを!」


ころっと態度を一変させて従順になった。


リーダー格は言った。


「俺らはロンヴィーノファミリーの人間で、スポンサーはキース伯爵。主に麻薬取引で儲けてます、はい。取引先はヴォイド侯爵、コーデリス男爵とイズマ商会の商人、カーク・ニスレイドとーー」


エドワードが告げられた名前をすべてメモに記していく。


「キース伯爵達と麻薬の関係の言質はとれたな」


「うん。…ねぇ君、もっと話してくれるよね?」


ウェールズがレイピアに力を入れる。ヒィッ、という叫びを上げながら男は話し続ける。


「えええええっと、ああそうだ!こここ今度の週末に夜会を開くと言っていました!麻薬を買い求める貴族を集めた夜会を!表向きは夜会だけど裏では麻薬密売をするって!これ以上は無いです!どうかおたす」


「そっか、ありがとう」


ウェールズが男の首をかっ切った。先程まで恐怖に怯え叫んでいた男は血に塗れた真っ赤な服を着る人形となった。その間、エドワードはそんな事気にも留めずひたすらペンを動かした。すべてを書き留めた時、


「馬車戻ろうよ、…寒い」


ウェールズの悲しく暗い声にエドワードは手帳をしまって、そうだな、と馬車へ戻った。


__________



「おはようございます!」


翌朝。笑顔でハイテンションなリコリスが執務室のドアを開けた。


「おはよう」「…おはよ」


一方いつも通り冷静なエドワードは落ち着いた響きの、昨日はあまり寝れなかったウェールズはどこかイラついた挨拶を返した。


「先輩方!聞いてくださいよ!手間が省けましたよ!」


「「あ?」」


訳が分からず首を傾げるエドワードにリコリスはこれです!と真っ白な封の切られた封筒を差し出す。封筒の裏の家紋には資料にあった印が。


「………これってまさか」


「そのまさかですよ!昨日家に帰ってたまたま電話でキース伯爵の話を出したら、夜会の華の異名を持ってるクラン伯爵夫人、ヒナ伯母様に『じゃあ一緒にいきましょ?』とお誘いをいただいたのです!やりました!」


リコリスの青い目の輝きが増す。

それもそうだ。本人の家に行けば、現場を押さえられる確率は上がるし資料となる物も大量に出てくるだろう。しかも情報により麻薬パーティという事が確定している夜会に行けるのだ。本当に手間が省ける。

エドワードは少し考え、気づいたことを言った。


「クラン伯爵夫人は麻薬の事知ってるのか?」


「どうも知らないみたいです。まぁリストが手に入ればどんな嘘も暴けますよ。ヒナ伯母様はこんな招待状が着たのは初めてと言っていましたが、クラン伯爵に果たして繋がりがないかと言われたらそれは分かりませんので」


ーーこの後輩の恐ろしいところは親戚にも容赦ない事だったな…


エドワードは目の前で仕事が早く終わるとはしゃぐ銀髪碧眼の年下の娘に恐れを抱いた。しかし、詰めが甘いところがあるのもこの後輩のある意味恐ろしいところ。


「なぁリコリス…俺らは行けるのか?手紙には家関係者のみって書いてある。知り合いだって言っても、親戚でもない俺らはついていけないんじゃないのか?」


リコリスがピシッと音を立てて固まる。そしてぎこちない動きで顔を手で覆う。耳が真っ赤だ。


ーーそこを考え忘れたのか…


女王の護衛兼秘書のイザベラなど、『紅き番犬』の正体を知る者に事情を話し協力してもらうのは有りだ。だが、当たり前の事だが、それは国内にほとんどいない。何故なら、女王とイザベラの他に、エドワードとウェールズの身辺ではフィオナとティムしか事情を知る者はおらず、リコリスに関してはきょうだいはおろか、両親さえ居ない、天涯孤独の身。さらにリコリスは使用人をほとんど雇っていない上、自身の裏仕事はきっちり伏せてあるから、知る者はいないのが実情だ。つまり、頼りにできるのは自分自身と仲間だけ。


エドワードは考えた。


リコリス一人に頼むか?しかし、女性一人で三人ーー下手したらその倍以上まで膨れ上がるかもしれない敵だーーは辛いだろう。


では、どうやったらついて行ける?俺達は親戚でも何でもない、赤の他人だ。


どうすればいい?


「先輩、私一人で何とか頑張ります!」


私の腕をなめないで下さいよ!と銀髪が揺れる。エドワードは返事に悩んだ。難しい顔をしてリコリスを見ていると、


「ばーか」


目の前の後輩が丸めた分厚い書類で同級生に殴られた。銀髪が激しく揺れた。


「痛ったい‼何しやがるんですか‼」


「敬語がなってないよ」


「黙れってんですよ!」


暴れる後輩を無視して紅茶色の同級生は言った。


「エドワードが馬丁、僕は家庭教師。これで充分でしょ?」


__________



リリアーヌ中央、クラン伯爵邸。門前には長い茶髪と緑の目をした馬丁が乗った一台の馬車、玄関には赤髪に紅茶色の目をした男と銀髪碧眼の女。屋敷の中からは黒髪を高く結い上げた40代くらいの女が出てくる。


「こんばんは、ヒナ伯母様」


「会うのは久しぶりね!リリー!」


リリーと呼ばれた銀髪碧眼の女性、本名リコリス・カーヴァネットは本当に嬉しそうに伯母に抱きつく。


「んーリリー!可愛くなったわねぇ!伯母さん幸せよ?そういえば後ろの彼は誰?」


クラン伯爵夫人がリコリスの後ろに立つ男を指差す。


「ありがと、ヒナ伯母様。ーー彼はチャールズ。私の家庭教師」


チャールズが胸に手を当て、軽く頭を下げる。


「お初にお目にかかります。お嬢様の家庭教師をしております、チャールズ・グレンジャーと申します」


「あら、なかなかのイケメンね。リコリス貴方運がいいわぁ」


クラン伯爵夫人が言った時、彼女の肩に手が乗る。


「ひどいなぁヒナ、僕はどうでもいいと?」


「あら、そんな事ないわよ?」


屋敷から出てきたのは、彼女と同じ年頃で、中肉中背の体型に金髪の男。ヒナはリコリスを抱きしめていた腕をその男に回す。男は嬉しそうに目を細めてから、リコリスに向き直る。そして、嬉しそうに告げた。


「久しぶりだね、リコリス」


「ええ、お久しぶりですわーークラン・クラン伯爵」


リコリスは、美しく笑った。

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