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臙脂色の燕尾服を着た若者達

1778年の春。

世界に三つある大陸の中の一つ、キャンベス大陸の極東に位置する大陸唯一の王国、ミスリル王国。緑豊かで四季を持ち、気候は雨が多めで、冬には雪が降る。伝統工芸品、農作物の貿易や美しい景色が売りの観光業で栄える小さくも豊かな王国だ。


その王国の首都リリアーヌの中央にある広い敷地に建てられた王宮、王の執務室付近の一室。だだっ広い部屋には豪華な本棚が幾つかと同じく豪華で大きめの執務机が三つ、真ん中にソファーが二つ。ソファーの間にはローテーブルがある。壁にはレイピアやダガー、銃など武器の数々。豪華な本棚には大量の書類や本が詰まり、一角には軽食が作れそうなキッチンが併設されている。三つの机にそれぞれ座るのは金髪緑眼の男と茶髪に紅茶色の目を持つ男、銀髪碧眼の女。


「んあー…」


「どうしたリコリス」


リコリスと呼ばれた女はソファーまで歩き、ぼふっ、という音と共にふかふかなクッションを抱えながら寝っころがる。横で丸く纏められていた髪を解き、跡によってウェーブがかったように見える髪がバサリと音を立ててソファーに広がる。彼女の格好は上質な布地に装飾のなされた、しかし派手過ぎずセンスのいい臙脂色の執事服。


「コンツェント先輩…お菓子…糖分…欲しいんですけど…」


「太っていいの?」


「大丈夫ですあとで訓練場でフェンシングやりますしー」


さっきから返事を返す茶髪に紅茶色の目を持つ男はウェールズ・コンツェント伯爵。表情は少ない方で、今も無表情に近い顔をしているが、声にははっきりと呆れの色がでている。菓子店を家業としており、その影響か本人の製菓能力も高い。リコリスと同じく臙脂色の燕尾服姿だ。


「嫌だよリコリスはまた僕を相手にやる気でしょ?」


「えーじゃあ「俺は忙しい」えー…」


恐るべき速度で返事をしたのはエドワード・ヒスベルク伯爵。金髪に緑の目を持つこの男は日々の大量の仕事を定時までに終わらせ、


「今日は宿直じゃないから早く帰ってフィーと銃の手入れをするんだ」


というまさに愛妻家という言葉がぴったりのリアル紳士である。ちなみに身長は182cm。1.8m級だ。彼もやはり臙脂色の燕尾服を着ている。


この部屋にいる臙脂色の燕尾服を着た若者達。彼らは国にたった三人しかいない、王室直属の王室警護官である。王に揺らぐ事の無い忠誠を誓い、あらゆる危険から王を護衛する、爵位持ちの戦う貴族である。頭脳、戦闘技能共に優れていると認められてこそできるこの仕事は、国でアンケートを取れば貴族の子供が憧れる職業第一位に堂々のランクインとなるだろう。


そんな憧れの彼らだが、暇な時は大量の書類仕事が待っていて、


「…んーやっぱりコンツェント先輩お願いします…」


「仕方ないなー…エドワード、菓子食べる?」


「ああ、貰う」


「コンツェント先輩ありがとうございます!マジ神様ですよ!」


このようにだらけきってしまう。


はいはい、と言いながらウェールズは部屋の一角にあるキッチンへ歩いて行き、お湯を沸かし始める。棚から菓子を取り出しては皿に並べて行き、慣れた手つきで作業をどんどん進めていく。


「「「………………」」」


書類に集中したのか、紅茶の準備に忙しいのか、果ては疲れきったのか、無言の時間が続き、部屋には換気扇の音とペンを動かす音が響く。しばらく経った後、キッチンから出てきたウェールズは、白地に金で装飾が成されたポットと、それと同じようなティーカップセットを三人分、そして淡い桃色の菓子の載った皿を二人前、綺麗に磨かれた銀のトレイに載せて片手で持ってくる。エドワードの横にさりげなく紅茶とお菓子を置き、リコリスの寝るソファーに向かって何かを投げつける。そして何事もなかったかのように紅茶と残るお菓子をローテーブルにおいた。その一連の動作は執事並みに丁寧で、綺麗なものだった。


「試作のクッキー」


どう?と聞けばウェールズの目の前で口をもぐもぐさせる後輩ーーリコリスは幸せそうに、真剣に答えた。


「とても美味しいのです。ローズマリーですか、いい香りがします。クッキーの色もほんのりピンク色ですからこれは女性に人気が出るでしょう。形は四角より円の方がいいと思われます。手で作るより型抜きをお勧めします」


そう言って手に持っていたクッキー(さっき僕が投げつけた二枚のうちの残り一枚)を口にいれた。かなりの力を込めて投げつけたのに、一瞬で寝っ転がった体勢から起き上がってキャッチするとかこいつは一体何だ。怪物か。


「あとこのクッキーは紅茶とセットで売り出せば贈り物としても使われるでしょう。アールグレイのような柑橘系の匂いのする紅茶より、セイロンをお勧めします。このクッキーはいい品です」


長い感想を終えた後輩は、そう思いませんかヒスベルク先輩?とエドワードに声を掛ける。


「そうだな…女性には人気だと思うが男は分かれそうだな。俺は好きだ。確かに紅茶とセットで売り出せば金になる」


素直な感想を述べた二人に礼を言いながら、ウェールズは全てをメモに書き留めて行く。

これでまた僕の菓子屋は儲かる。万歳。全て書き終えた後、リコリスに紅茶のお代わりを聞けば、


「欲しいです」


と言われたので二杯目を注いでやる。


笑顔でアフタヌーンティーの時間を楽しむリコリスの目の前でウェールズが歴史書を広げ、自分の時間に入ろうとしたーーが、それはノックの音で遮られた。


エドワードが返事をすれば、女王お付きの家女中(ハウスキーパー)が現れる。


「『紅き番犬』、陛下がお呼びです」


『紅き番犬』ーーそれは、臙脂色の燕尾服の三人を示す呼び名。


その言葉にウェールズは歴史書を閉じ、エドワードはペンを置いて立ち上がり、リコリスは紅茶で口の中の菓子を胃に流し込むと髪を素早く纏めた。そして三人はレイピアとダガー、拳銃をいつものように身につける。ウェールズだけはレイピアを二本、身につけた。


「さあ行くか。ーー我らが女王のお呼びだ」


エドワードの声に二人が頷いた。


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