地球のいのち
ミシ……、と枝のたわむ音がする。このたわみが限界に来たとき、あるいはこの枝が枯れてしまったとき、俺やほかの人間のいのちは消える。
「……だめ…………」
まだやめさせようとする少女の声を聞きながら、俺は思い出していた。楽しくもなかったはずの毎日を。それでも、確かにあった幸せを。
誕生日などの祝い事があるたびに、鬱陶しいくらいに喜んでくれた両親。ことあるごとに、他の人や自分までを犠牲にして俺の成長を応援してくれていた。近所に住むおじさんが、俺の食べ物が足りない時に、他人にも関わらず自分の取り分の食料を分けてくれたこともあった。電気が俺の家に届かない夜、すでに届いていた友達の家に身を寄せさせてもらったこともあった。
そんな全ての期待を裏切って、俺はこんなに乾いた人間になってしまった。申し訳ないような気もするが、これは俺が選ぶ道だ。
地球を、守る、ために……。
ミシリ、と音が響いた、その時。
「だめぇぇぇぇぇえええ!」
俺は、少女の叫びとともに枝から引き剥がされていた。
「なんで、こうしなければ地球は……」
俺がそのあまりの力に呆然としていると、少女はまくし立てた。
「なんで、なんであなたにはわからないの? 地球のことをよく知っているはずでしょう!
地球に生きるいのちの種類を、もう一種類たりとも減らしてはいけないの。あなただって知っているはずよ、生き物の種類が減って弱っていく地球の姿を!
たとえ今、人間が地球を苦しめているのだとしても、もうこれ以上種類を減らしてはいけない。人間は地球とともに生きていく道を、地球を苦しめないで生きていく道を探さなければいけないの。
今の環境を直さなくてはいけないのは人間だし、それだけの知恵と力を持っているのも人間だけなのよ」
俺はその言葉を呆然として聞いていた。
そして、話だけしか聞いたことのない、人間の昔の努力を。
人間が数を減らしてしまった生き物を大切に守り少しずつ増やしていたと言う。人間が切り倒してしまった木を、何十年もかけて少しずつもとに戻そうとしていたと言う。人間が出しすぎてしまった分のガスを、その後で少なくすることで精算を合わせようとしていたと言う。
そんな僅かずつしか進まない地球への償いが、もっとも最善の道だったのだろう。
ああ、そうか……。
俺が納得したとき、俺の中に多くの感情が流れ込んできた。
まるで、何をしても自分を信頼し愛してくれていた母親のような、あるいは無関係でも弱いものを守ってくれたおじさんのようなが、あるいは揺るぎない信頼関係のもと相手のことを思い合う友達のような。
様々な優しさと愛情の形態が、全て。
地球はまだ、俺たちに失望していない。
俺たちにチャンスを与えようとしてくれている。
苦しいほどに胸に迫ってくるその発見は、俺を変えるのには十分すぎた。
「俺は……」
そう、この環境を救うのに難しいことや大きいことはいらないのだ。
ただ、俺がしてもらったように、地球が俺たちにしてくれるように、周りにあるあらゆるいのちを、地球を、大切に思えばいい。
「俺は、ただの一般人だ。もしかすると、それより低い立場かもしれない」
でも。何かできることはあるはずだ。そうでなければ、地球が俺を選んだ理由がない。
「最大限のことはしようと思う」
俺が言い終わると、少女は「良かった……」と呟いた。
俺は短いため息をついてからきびすを返す。しかし、ふと後ろを振り返って聞いた。
「俺は、またここに来てもいいか?」
「もちろんよ」
少女はにっこりと微笑んで頷いた。それから、俺の背中に向かって話した。
「地球のいのちは、生き物たちすべてのいのちのことよ」
その言葉は、俺の心に深く沁みた。
その通りだ。地球の上に生きる全ての生き物――動物だけではない。植物も、目に見えないような者たちも、全部だ――のいのちが、そのまま地球のいのちになる。
地球を痛めつけるというのは、すなわち自分たちを痛めつけるのと同じこと。
それが、よくわかった。
ずっと歩いていくと、途中に脱ぎ捨てられた防護服があった。それを着て、俺は外に出る。
哀しい程乾いた空気が肺の中に入ってくる。
「最初にできるのは、救助活動のボランティアとかそんなもんだろうな」
俺は歩きながらそう呟いた。
人類全体に何かを働きかけるなら、その前にそれなりの働きをしないといけない。
空は火山灰の雲で覆われていたが、振り返って扉となっている岩山を見ると、俺を応援するようにぼんやりと輝いているように見えた。
すごい急展開です。
すみません……




