第八幕 ~挨拶をする少女~長兄編
相沢美冬は、昨日第五皇子カインに
両親や兄弟達と会ってくれて言われて
しまった。
彼の花嫁になる以上、会わなければ
いけないのかなとは美冬も思ってはいた
けれど、これはあまりにも早すぎる。
彼女は一睡も出来ないほど緊張
していた。
「ミフユ様、大丈夫ですか!?」
「目に隈が出てきおりますね……」
マリオンとオリヴィアが女主人の
やつれようにぎょっとなっている。
テレーズだけは今日も落ち着いていて、
お化粧で隠せますよなどと言っていた。
「ありがとう、テレーズ。助かったわ……」
「いえいえ、主を美しく飾るのもメイドの
仕事ですから」
テレーズがにっこりと笑うと、キラーンと
マリオンとオリヴィアの目が光った。
しかし、美冬は全く気付いていない。
「そうですよね! 主を着飾るのをメイドの役目!」
「という訳で、ミフユ様これ着てみてください
ますか!?」
「ええええええっ!?」
このままでは着せ替え人形にされてしまう。
美冬は助けを求めて周りを見回すが、今いるのは
三人のメイドだけ。
しかも、三人全員がクローゼットを開いてドレスを
次々と取り出し始めていた。
そんな中、テレーズだけがハッとなったように声を
上げる。
「ちょっと待ってください!」
「どうしたの、テレーズ?」
「早くミフユ様を着飾りましょうよ」
美冬は彼女が女神さまみたいに見えた。
きっと、ミフユ様はご自分で着替えたいからと止めて
くれるのだろう。
と、思っていたのだけれど。
「まずは、ご入浴を済ませないといけませんわ」
「ってそっちなの!? 突っ込む所そっちなの!?」
結局美冬は着せ替え人形の恐怖から抜け出せなかったの
だった――。
着替えには結局その日三時間以上もかかった。
メイド三人がああでもないこうでもないと言いあいを
始め、淡い緑や赤やピンクや黒や白やその他さまざまな
色の服をクローゼットから引っ張り出して来たのだ。
三十回以上は着替えさせられただろうか。
美冬はもう数えるのが面倒になっていたので、正確な
数だったかはうかがい知れない。
服が決まっても、やれこのメイクは濃すぎるだの、この
髪飾りは派手すぎてミフユ様の魅力が十分に発揮されない
だの言いあいはかなり長い時間が経つまで続き、美冬も
メイド達もすっかり疲れ果てた頃ようやく着替えがフル
セットで終わったのだった。
「よくお似合いですわ、ミフユ様」
「素敵ですぅ!」
「これならカイン様のお兄様達もミフユ様を気に入って
いただけますわ」
美冬は大きな姿見に自分の姿を映してみた。
緊張した面持ちの黒髪の少女がそこには映り込んで
いる。
少女は淡いピンク色のドレスを身にまとっていた。
フリルやレースがふんだんに使われたそれは可愛らしい。
ティアラ・ブローチ・イヤリング・ペンダント・
ブレスレットは、いずれも乳白色の小さな石がはめ込まれた
シンプルな物だった。
メイクはピンクをベースにした派手すぎない意匠になって
いる。多少青白い美冬の肌が少し健康的に見える気がした。
「ありがとう、オリヴィア、マリオン、テレーズ。私行く
わね」
「私が付き添いをいたします」
テレーズを連れ、美冬は部屋を出る事にした――。
「カイン! お待たせ!」
「あ、ミフ……ユ!?」
ずっと部屋の外で待っていたらしい彼に美冬が声を
かけると、カインは嬉しそうに微笑み、そして固まった。
ひょっとしたら似合っていないんじゃないかと美冬は
心配になる。
しかし、カインが動きを止めてしまったのは逆の意味
だった。色白の頬を赤く染め、宝石のような青の瞳に
陶酔の色を示している。
「ど、どうしたのカイン!? に、似合って、ない?」
「そ、そんな事ないよ。あまりに可愛すぎて……ちょっと
びっくりしちゃって。あ、い、いつもの君が可愛くないって
意味じゃないよ!?」
「よかった、自分では似合っているか分からなかったから」
美冬がにっこりと微笑むと、それ反則だよとかボソボソ言い
ながらカインは美冬の隣に並んだ。
顔はこれ以上もなく真っ赤に染まっている。
テレーズはメイドらしく黙って後ろに立っていた。
「まずは、僕の長兄に会ってもらってもいいかな」
「ご両親じゃなくて?」
「うちの親は今面会中だから、先に兄に会ってもらい
たいんだ」
「分かったわ、カイン」
ちゃっかりと手を握りながら言うカインに、今度は美冬の
方が真っ赤になった。
カインは子供みたいに笑いながら彼女の手を引く。
テレーズはやっぱり黙ったまま、一定の距離を保ちながら
二人を追いかけていた。
「兄さん、今いいですか?」
とある部屋の扉の前に立つと、カインは軽く扉を
ノックした。
おう、入れ!との返事があり、扉が内側から開く。
部屋の主は王子というイメージからはかけ離れた人物
だった――。
王の養子である長男ノア・ルク・フランジェールは、
カインとは一切血が繋がってはいない。
それは美冬もいろいろと聞かされて知ってはいた
けれど、ノアという男は美冬の世界の本に出てきたり
する「王子様」というイメージをことごとく壊すような
存在だった。
まず、大柄な体格をしていて、容姿もカインとは全く
違い男臭いというか、見つめられるだけで睨んでいるの
ではと勘違いされそうな強面な顔立ちだった。
それなりに整ってはいるのだけれど、女性にはあまり
好まれなさそうな顔と言った方がいいだろうか。
「ノア・ルク・フランジェールだ、まあ仲良くしてくれよ。
未来の我が妹よ」
「あ、あの、えっと、は、はい……」
美冬は彼の雰囲気に圧倒されて青ざめてしまっていた。
テレーズはまるで置物になってしまったかのように突っ立った
ままだ。
しかし、こっそりとカインが彼女の耳元で囁いて来たので
美冬は少し落ち着きを取り戻した。
「大丈夫だよ、ミフユ。兄さんはちょっと豪快な所もあるけど、
優しいいい人だから。血がつながってない僕の事も本当の弟だと
思ってくれているみたいだし」
「そ、そうなの……?」
「――聞こえてるぞ」
ノアが呟いたので二人は思わず飛び上がった。
テレーズが小さく笑みを零したけれど、カイン達は気づいて
いない。
「す、すみませ――……」
「ああ、いいって。怖がらせて悪かったな。俺は自分でも男臭い
っていうか、怖い顔だってのは自覚してるのにすまなかった。
――こいつ、頼りない所もあるかもしれないけど、頼むわ。
あんたが気に入ってるみたいだから」
にやりと笑いながらノアは大きな手でカインの髪をかき
回した。
幼い子供のような扱いに、や、やめてくださいとカインが
恥ずかしそうに叫ぶ。
美冬はそのやり取りに微笑ましそうな気持になりながら、
はいと彼に返事を返した――。
美冬が長兄のノアにあいさつに行く
お話です。
彼は長兄とはいっても国を継ぐ気は
なく、カインの事も本当の兄弟のように
思っているいい人です。
次回は次兄のアベルに会いに行くお話に
しようと思っています。
アベル兄さんは変わり者設定です。