第四幕 ~脱出する少女~
「出して!! ここから出して!!」
わあわあと泣き喚く少女に、ルーがここ
からは出れないよ、と諦めたように言った。
その目はとても悲しかった。本当は、彼も
帰りたいのだろう。
美冬は悲しかった。こんな小さな子が、
全てを諦めたような目をしているのだ。
「や~だ~!! おうち帰るうううっ!!」
じたばたと手(羽根?)足を振り回す少女。
勢いよく顔に命中し、ルーは涙目になって少し
下がった。
「オレだって、本当は帰りたい……帰りたい
よう……うわあああんっ!!」
「わああああんっ!!」
泣き声が二重奏で響き渡り、美冬は自身も泣き
たくなった。
堅そうな棍棒で、見張りの男が壁を叩いて
怒鳴る。
「泣いてんじゃねえよ、ぶっ殺すぞ!!」
「「わああああああんっ」」
声がさらに大きくなった。男の声と顔が怖かった
のか、それともさらに悲しい気分になったのかは
さだかではない。
ひょっとしたら両方なのかもしれれないが、もう
騒音公害になりえそうなほど、かなり大きい声だ。
男は耳をふさいで美冬を睨みつけた。
「おい、そこのお前!! 黙らせろ!!」
「無理よ、そう思うんだったら、二人をここから
出して。私が残るから、二人を帰してあげてよ」
ぴたり、とルーと少女が泣きやんだ。
両側から美冬の腕を掴み、引き止めるかのように
叫ぶ。
「だ、駄目だよ、ミーを置いて帰れない!!」
「お姉ちゃん、もう泣かないから、ぎせいになら
ないで!!」
また壁が叩かれた。三人が身をすくめて黙りこむ。
小馬鹿にしたような男の顔が、美冬にはかなり憎
たらしく見えた。
「出せる訳がねえだろ!! 鳥少女と、
人狼は価値が高いんだ。黒髪の異界
人よりは低いが、な」
「オレは狼男だ!! 間違えんなっ!!」
ルーが唸り声を発した。だが、可愛らしいだけで、
全然怖くはない。
男は笑いながら、一度部屋を出て行った――。
「私、役に立てなかったわね、出してあげられなくて、
ごめんなさい……」
ため息をつきながら美冬は謝った。悲しそうな顔で、
二人も謝る。
「俺も、自分のことしか考えなくて、ごめん」
「あたしも……」
「私たち、全員が同じだったのね、だったら、お互いを
許しあいましょうね、いい?」
「「うんっ!!」」
二人の笑顔が太陽のように輝いた。
その笑顔を見て、美冬はとても嬉しかった。
美冬の村では、こんな風に笑う子は、一人もいなかった
のだ。幼い子供がいなかったという事もあったが。
妹や弟が欲しかったけれどおらず、また村の子供達とも
仲良く慣れなかった彼女は、この二人と仲良くなりたいと
強く思った。
「ところで、あなた、名前は?」
「あたし、シーレーン!! お姉ちゃんは?」
「美冬よ」
「よろしくね、ミフユお姉ちゃん!!」
こうして三人はさらに仲が良くなったのだった。
もう美冬は後ろ向きな考えはしなかった。
ここから出る事が出来たら何をするとか、いろいろな
事を二人に話した。ルー達はお腹が空いているのか、出れ
たら食べたい物の事を事細かに話した。
美冬にはもちろん聞いた事ないものばかりだったが、目を
きらきらさせながら言う二人に美冬は自分の事のように嬉
しくなった――。
十分後、さっきの見張りが戻って来た。
無骨なその手には、ひらべったい堅そうなパンのような
物と、ドロリとにごった黒い液体、フルーツらしき物が
載せられた木のお盆を持っている。
どうやら今日の食事のようだった。
「食え」
一旦鍵を開けると、男はそれを中に差し入れた。
お腹がすいていたらしく、ぱっ、とそれを奪うように
取り出すルー。パンにフルーツを巻くと液体をかけ、
がつがつと食べ始めた。
幾分ゆっくりと、彼と同じようにシーレーンも食べ
始める。美冬も真似をして食べてみた。
「あ、おいしい……」
パンは見た目に反し、とても柔らかかった。
ふわり、ととけてしまいそうだ。
フルーツに見えた物は、やっぱりフルーツのようだ。
バナナのような、オレンジのような、変わった味がする。
液体はかなり甘く、育ての親が言っていたチョコレートと
いう物に特徴が似ていた。
「私、これ、だいすきなの!! ルーは!?」
「うんっ、オレも好きだよ」
瞬時にシーレーンが笑顔になり、ルーが口の周りを甘くて
黒い液体でベタベタにしながら笑い返した。
たまたま持っていたちりがみで、美冬は彼の口元をぬぐう。
「これ、なんて言う名前なの?」
「〝ショコルーン〝だよ。庶民料理さ。でも、これがうまいん
だよなあ」
「うん、とってもおいしいの!!」
シーレーンは喜びのあまり空中に飛び上がった。
綺麗な鈴のような声が口からこぼれる。
「わあっ、こんなところで歌うなっ!! ミー、耳
ふさいでっ!!」
「え、どうして!?」
「いいからっ!!」
鳥少女の歌は、人を魅了し、惑わす。
まだ幼いとはいえ、その力ははかりしれない。
美冬は全くその事を知らなかったが、ルーはその事を
よく知っていた。
美冬が言われるままに耳を両手でふさぎ、ルーも同様に
両耳に手を当てていた。
シーレーンの歌はまだ続き、音を立てて見張りの男が
立ち上がった。
その顔には、恍惚としたような色がある。
どうやら歌に魅了されたらしかった。
「やった!! シー、そのまま歌ってろ!!」
片手だけ一時離すと、ルーはかなり近づいていた男から
檻の鍵を奪い取った。
美冬が鍵穴にそれを差し込み、檻が開く。
「よしっ!! 逃げるぞ、シー!! シーってば!!」
シーレーンはすっかり興が乗ってきたらしく、歌い
続けていた。仕方ないので、ルーが小脇に抱えて走り
出す。
楽しそうに歌う声は、逃げている最中かなりの人数を
魅了させ、あやうくルーが立ち止まりかけて美冬に軽く
頭を叩かれたりというのが何度かあったのだった――。
美冬がルーや新しく出会った少女
シーレーンと共に脱出します。
もうすぐヒーローが到着すると
思います。