第二幕 ~風のような少女~
相沢美冬は今、魔法大国にいる。
この国の名前は、フランジェールと
いうらしい。
自分は、この国の〝花嫁〝として
召喚されたのだ。
五男の王子・カインによって。
それ以上は、美冬には分からなかった。
ちなみに、最初美冬は、ここが魔法の
国だって事も信じない、と喚いたが、
王子とメイド頭の両方に魔法で服を
出されたので、信じない訳にもいか
なかった。
その服は、今美冬が着ている。
クリーム色のワンピースのようなドレス
だった。
袖がふくらんでいて、ところどころに
フリルやレースやリボンがたっぷり
ついている。
「ねえ、黒髪の君? 君の名前は?」
「美冬……」
名乗らないと、「僕の花嫁」や「黒髪
の君」と呼ばれるので、仕方なく美冬は
名乗った。
いかにも渋々と言った様子なのにも関わ
らず、何故かカインは嬉しそうに微笑む。
「ミフユか。良い名前だね」
美冬はにっこりと笑った。
この名前は大好きだった、育ての親がくれた、
大好きな名前だった。
「どういう意味なの?」
「美しい冬っていう意味よ。ここって四季
ってあるのかしら」
「シキ? ここはいつも温かいよね、
ミステル?」
「ええ。フユってどんなものですか、ミフユ
さま」
「寒くて、雪が降るわ」
「ユキって物語に出てくる白い物だよね、凄い
なあ。君は本物を見てるんだ」
カインはとても優しかった。
こんなあたしなんかに。美冬は優しくされれば
されるほど、こんなあたしでいいのかしら、と
思い始めていた。
カインには、もっとふさわしい人が、この国に
いるのではないか、と。
彼はとても綺麗な顔立ちをしているし、声だって
とても綺麗で耳に心地いい。
灰金色の髪と金の瞳が良く似合っている。
そんな恵まれた容姿を持つ彼が、どうしてあたし
なんかに優しくするのだろうか。
いじめられ続けてきた彼女は、あたしなんか、と
思う癖があったのだった――。
カイン達に呼ばれていたのか、三人のメイドと
医療班達が現れた。
つけられた時は苦しくて痛かった傷は、何の
苦しみもなく消えた。
元から、傷跡などなかったかのように。
メイド達は、カインが言うには、美冬付きの
専用のメイド達なのだという。
赤い髪、オレンジの髪、青い髪などそれ
ぞれが鮮やかな髪をしていた。
地味な黒髪の自分とは違うな、と美冬は
少し羨ましい気持ちで彼女達を見つめる。
「マリオンです!! 異世界の花嫁様、仲良く
してください!!」
「オリヴィアと申しますわ、黒髪の姫様!!」
「テレーズです。ミフユ様」
赤い髪を二つの三つ編みにした少女が
マリオン。
オレンジの髪を二つのお団子にした少女が
オリヴィア。
青い髪を後ろでひとつに結えた少女が
テレーズだった。
テレーズが一番年上らしい。
紺色のワンピースに白いエプロンという服
装をしていて、髪には白い布飾りを
つけていた。
「お食事の前にさっそく入浴しましょうか、
ミフユ様」
「入浴?」
「行きましょう」
え? と聞き返す間もなく彼女は連れ出
された。
といっても、浴場は美冬の部屋として与え
られたもう一つの部屋であるので、すぐそこ
だが。
浴場はたくさんの匂いで溢れていて、お風呂
など入った事のない美冬は匂いだけでくらくら
しそうになった。
家のお風呂になど入らせてもらえないので、
いつも川の中で体を洗っていたのだ。
……冬は酷くきつかったのを今でも美冬は
覚えている。
なめらかなクリーム色のバスタブにはすでに
湯が張ってあった。
色とりどりの泡が浮いている。
「さあ、ミフユさま」
「え、ちょっと、きゃああああっ!!」
いきなり服を脱がされ、美冬は湯の中に付け
られた。
家の使用人達(一人をのぞく)にさえ構われ
なかった彼女は、そんな事をされたのは初めてで
真っ赤になっていた。
体と髪を隅々まで洗われ、ピカピカに磨き上げ
られた後入浴は終わった。
恥ずかしかったけれど、お湯はとても温かくて
気持ちよかった、と美冬は思う。
魔法で体と髪を乾かされた後、髪は綺麗に結い
上げられて輝く髪飾りをつけられた――。
次は朝食の時間との事で、次々といい匂いの
料理が運び込まれた。
白い木のテーブルに並んだのは、食べきれない
ほどの量である。
異世界の料理、つまり美冬がいた世界の料理が
出されたのだけれど、美冬は一度だって箸をつけた
事がない物だった。
「ミフユ。どう? 君の世界の物ばかりだよ」
美冬は羞恥で顔を真っ赤に染めていた。
噛みしめられた赤い唇から、微かな血が滲む。
カイン達は知らないのだ。自分が、向こうの世界
ではいい思いをしていなかった事が。
こんなご馳走なんて、一度も食べた事がない
事が……。
「……」
「ミフユ!?」
次第に、ぼろぼろと彼女の黒めがちの目から涙が
あふれ出した。
悲しさと、悔しさと、嬉しさが入り混じった涙
だった。
泣くなんてさらにみじめになってしまうと思う
けれど、とても止められそうにない。
美冬は泣きながらカインに語った。
「……食べた事、ないの……」
「え?」
「……私、一度だってこんな物食べた事ないの。食べ
方も分からない……」
呆れられるだろうか? 笑われるだろうか?
それとも、見捨てられるだろうか……。
そう思っていた美冬なのだけれど、カインがした
事はそのどれでもなかった。
「泣かないで、ミフユ」
優しく抱き寄せるとその頬に口づけしたのだ。
美冬はびっくりしたように固まり、涙もいつの間にか
止まっていた。
カインはその後も優しく、いろいろと食べ方を調べ、
一つずつ美冬に教えてくれた。
ちなみに出された料理は、野菜がたっぷり入った
シチュー、ジューシーなハンバーグ、こってりした
魚の照り焼き、焼き立てのパンというらしい。
何故美冬の世界の料理の事を彼らが知っているのか
というと、実はカインの兄が異世界を見る事の出来る
道具を持っていて、あちらの料理などを取り寄せたり
出来る、ようだった。
「……カインは、とてもいい人なのね」
「そ、そうかな……? 僕の事、気に入ってくれた?」
「ええ……」
美冬はにっこりと楽しそうに笑う。しかし、それは
彼女の演技だった。
彼らを油断させるため、美冬はあえて嬉しそうな顔を
したのである。
彼女はカインに自分はふさわしくないとずっと思って
いたのだ。
あんな優しい彼なんかに、世界を呪うような発言を
していた自分なんて似合う訳がない、と。
夜になり、三人のメイドに寝間着に着替えさせられた
美冬は、寝たふりをして油断させ鍵のかかっていない
木枠の窓から抜け出した。
ここは一階なので、怪我をする心配はない。
「さようなら、カイン……」
美冬の悲しそうな声は、風にまぎれて消えて
いった――。
いろいろとカイン達に優しくされ、
次第に心を開いていく美冬。
しかし、彼女はカインに自分は
ふさわしくないと卑下し逃げ出して
しまいます。彼女はどうなるのか――!?
次回もみてください。