第二十八幕 ~少女の記憶と神子の想い~
相沢美冬は今日も少女にかい
がいしく世話をされて過ごして
いた。
痛いほどの視線を感じる気が
するが、振り返ってみてもそこ
には誰もいない。
と、ズキッと頭に痛みが
走った。
「痛い……?」
「生神様!! どうかなさっ
たんですか!!」
少女が美冬の背をさすり
始める。
だが、美冬は声を出す事も出来
ないほどの痛みに彼女を気遣う事も
出来なかった。
少女は今にも泣きそうな顔をして
いる。
美冬の脳裏に、同じ年くらいの
女の子や男の子の姿がよぎった。
あざけるような笑みや言葉は、彼女の
胸を深くえぐる。
美冬はよろよろと立ちあがったが、
その顔はびっくりするぐらい青く
なっていた。
「生神様、大丈夫ですか?」
「大丈夫、よ。少し寝ていてもいい
かしら。そうしたら良くなると
思うから」
「はい、分かりました!!」
少女に支えられるように歩き出す
美冬を、なんとも言えないような顔で
エルダが見つめていた。
エルダには分かっていた。自分の術が
解けかけている事を。
(美冬……過去の記憶を取り戻したのね)
辛い辛い記憶、出来る事なら、思い出し
たくないであろう記憶。
ここまで思い出したならば、すぐに楽しい
思い出も蘇るのだろう。
忘れたくなかった、大事な者達の記憶も。
エルダは自分の事が良く分からなかった。
このまま、ここにいて巫女を続けていいの
だろうか、と。
村のために生贄を連れてきた。
巫女としての務めを果たさなければと、彼女の
記憶を強引に奪い取った。
私に、巫女として生きる権利などあるの
だろうか。
村のために、罪のない清らかな少女を犠牲に
しようとしている、私には。
エルダは悲しげな瞳を伏せると、ただ涙を
流した。
「母様、あなたなら、どうするのでしょうか。
教えてください、母様……」
すでに亡くなっているエルダの母が答える訳は
ない。
それでも、エルダは語りかけるしかなかった。
どうしたらいいのかが分からない。
このまま村を見捨てればいいのか、それとも
自分を友達だと思ってくれた、心優しき少女を
見捨てるのか。
どちらかを切り捨てなければならない。
究極の選択だった。どちらもを選ぶ事は出来
ない。
村には働こうとしない者ばかりではない。
まだ幼い純粋な者達がいる。
村には未来がある。それを、捨てるのか。
考えても考えても答えは出そうになかった。
どちらも大事だ。美冬には同情した事も
あって情が移ってしまったし、ずっとここに
いたのだから村人に対する恩も愛情もある。
両方を選ぶ事は本当に出来ないのだろうか。
そもそも、本当に生贄になどしなくては村に
未来が来ないのだろうか。
そんなことをしたら窮状は悪化するのでは
ないか。
まだ、生贄にしなくても間に遭うのだろうか。
エルダは頭痛がしてきたので、それ以上考える
のをやめて冷たいレモン水を口に含んだ。
自分が嫌になりそうだった。村のために、心を
殺すと決めたのに出来そうにない。
神の声もどんなに念じても届いては来ない。
私も見捨てられたのだ、神に。
村の窮状など、村人の事など、相談されるまで
気づきもしなかった。それは自分の落ち度。
巫女ならば村の事には目を配らなければなら
なかったのに。はあっ、と深いため息をつく彼女の
背後に、何者かの気配がした。
エルダはすぐに冷たい目になると何も言わずに
懐から取り出したナイフを振り返ってその者に
つきつける。
神子を廃しようと向かってくる者が村の中にも、
外から来た者にもいるのだった。
しかし、彼はそのどちらでもなかった。
手を挙げて武器は無い事を示す彼に、エルダは
雰囲気を和らげてナイフをしまった。
そこにいたのはカインだったのである。
「美冬を、取り戻しに来たの?」
「ううん、今日は、君と話をしに来た」
「話を?」
「うん、僕は、まだ君とあまり話したことがない
から。一方的に君を攻めたんじゃミフユに嫌われ
ちゃうよ」
カインはエルダを殺すナイフを持つ代わりに、
手には甘い飲料水が入ったグラスを持っていた。
魔術で取り寄せたのだろう。
「よく、私と話す気になれたわね? 裏切り者の
私と」
エルダは皮肉めいた笑みを浮かべた。
カインは何も言わず甘い飲み物に口をつけて
から、エルダの分も手渡す。
エルダは受け取ったが飲まなかった。
「毒は入ってないよ」
「そんな事、分かってるわ。毒を使うくらい
なら、あなたは私を武器で殺すでしょうね。私が
憎くないの?」
カインは笑みを消すと音を立てて彼女の隣に
座った。
エルダは驚いたように立とうとする。
その腕をカインが掴んだ。
「憎いなら、ここには来ないよ。僕は君を憎んで
なんていない」
「大事な花嫁を攫ったのに?」
「君は、まだ美冬を傷つけてないから」
エルダは睨むようにカインを睨みつけた。
あなたに何が分かるのかと責める瞳だ。
じんじんと掴まれた手が痛む。
カインは息を吐き出すとまた飲み物を一口
飲んだ。手を掴む手が緩む。
逃げようと思えば逃げられたけれど、エルダは
手を振りほどく事も逃げる事もしなかった。
気持ちを落ち着けるために飲み物を飲む。
ホッとするような甘さが少し心を和らがせた。
「話をしようよ。君の事を、少し教えて」
カインの瞳にはエルダに対する敵意も悪意もない。
エルダはまた一口飲み物を飲むと、口を開き
始めた――。
今回は美冬が過去を思い出しかけ、
エルダの元にカインがやって来ます。
カインの決断と想いを書いて
見ました。次回はエルダが語る
シーンを書く予定です。




