第二十二幕 ~困惑する少女~
「ど、どうして、どうしてあなたが!?」
美冬は驚いたように黒い瞳を見開いて
いた。
それを見返すのは、無表情でこちらを
見つめる少女。
その目にも何の感情もない。
「さあね」
やっと話したその声にも、いつもとは
違って感情が込められていない。
否、押し殺しているのだろうと思わせた。
「私はあなたを迎えに来た。それだけよ」
力強い手が彼女の腕を掴む。
美冬は悲鳴を上げる事も出来ないまま、朝からの
行動を思い出していた――。
相沢美冬は一日休んだ後、カインと共に再び
仕事に戻った。
エルダはまだ心配そうだったが、今度は追い
払いもせずに仕事を始めていた。
カインはもうエルダを拒絶しなかった。
完全にわだかまりが消えた訳ではなさそうだったが、
それでも訳もなく声を荒らげたり嫌な顔をしたりは
しなくなった。
エルダもニコニコとしたように彼に対応して
いた。
けれど、カインは何故か不安が襲うのを美冬
には話さなかった。
どうしても気になってしまう。
だけど、彼女が悲しむだろうから言わない。
「カイン!! こっちを手伝っとくれ!!」
「あ、はいっ!!」
おかみさんに声をかけられ、カインは慌てて
そこに向かった。
料理はした事がないので不安な気持ちになるが、
それは杞憂だった。
彼女が頼んだのは力仕事である。
ケーキを作る際のかき混ぜる作業にはかなりの力が
いるので、エルダや美冬ではなく彼が借り出された
のである。
カインは魔術で少し力を上げながら見事滑らかな
舌触りのクリームを作る事が出来た。
おかみさんは味見と称してちびケーキを三人に
くれたので、彼らは笑顔で口々に美味しいと言い
ながら食べた。
騒動が起こったのは、仕事が終わってからの事
だった。
それは、おかみさんに頼まれて、ちょうどカインが
買い物で外に出ていた時だった。
美冬はエルダに呼び出され、彼女の部屋で一人
待っていた。
彼女が読んでいてと渡した本を読みながらベッドに
腰かけている。
「遅いわね、エルダ。どうしたのかしら……」
急に強い風が吹いてきた。
美冬は寒くなり、窓に近づいて閉めようとする。
と、黒いマントが視界を覆った。
悲鳴を上げる間もなく手を掴まれる。
恐怖のあまり美冬は暴れ、たまたま手がフードつき
マントのフードにあたり、それが外れた。
美冬はぎょっとなって立ち尽くす。
「える……だ……!?」
その顔は明らかにエルダだった。信じていたのに。
絶対に彼女ではないと思っていたのに。
「ど、どうして、どうしてあなたが!?」
驚いたように彼女が言っても、エルダの表情は
変わらなかった。
黒い目を見張った美冬とは正反対に、彼女の顔は
ひどく冷たい。
「さあね」
押し殺したような声が美冬の耳に響く。
嘘だと、冗談だと、言おうとした美冬の希望を打ち
砕くかのように。
「私はあなたを迎えに来た。それだけよ」
美冬はどうしたらいいのか分からず頭が混乱
した――。
それで今に至る。
美冬を昨日誘拐しようとしたのは、心配してくれて
いたはずのエルダだった。
騙されていたのだ、美冬は。だが、彼女は信じたく
なかった。信じられるはずがなかった。
「嘘でしょう、エルダ。ふざけているのよね?
あなたが私を攫う訳ないわよね?」
「甘いわね、お姫様。それとも、いじめられっ子の
美冬と言った方がいい?」
さあっ、と背筋が寒くなった。彼女は知っている。
話した事もないはずの事まで知っているのだ。
「騙していたの?」
黒い目からとめどなく涙があふれた。
くすり、とエルダの口元が笑う。
「騙した? 人聞きが悪いわね。嘘なんかついてない
わよ。私は神子姫っていうのは本当。あ、ついていた
わね。利害が一致したからあなたをここに連れて来た
のよ」
あくまで淡々とした声でエルダは語る。
美冬はショックを受け、そのまま下がろうとした
けれど、手を握られたままなので出来なかった。
「いい事教えてあげるわ。あの男の子、私が雇ったの。
おかみさんもね。ここは宿泊出来る酒場っていうのは
本当だけどね」
あの男の子とは、カインにぶつかったスリの少年の
事だろうか。あのおかみさんまでグルだった?
美冬はもう何を信じていいのか分からなかった。
あんなに優しくて、母親のような女性だったのに。
「放して……」
「いやよ。やっと捕まえたんだから、私の救世主。
死にたいんでしょう、あなた。じゃあ死んでもらい
ましょうか」
「放して!!」
「きゃあああっ!!」
美冬が叫んだ瞬間、氷のつぶてが彼女を襲った。
もちろんやったのは彼女ではない。
帰ってきたカインだった。
憎々しげに緑の瞳が輝く。舌打ちして、エルダは
肩から流れる血をぬぐった。
「やっぱりお前が、ミフユを攫おうとしたん
だな!! ミフユを放せ!! 彼女に触るな!!」
「くっ!! ……しゃべり、すぎたか……。
サフェナ!!」
ガツンッ、という鈍い音がした。
エルダの指示を聞いて、いつの間にかいたあの時の
少年がカインを棒で殴ったのだ。
「カイン!!」
「ちく……しょう……!!」
「サフェナ!! そいつを縛っておいて!!」
「了解です、姫様!!」
「カイン!! カイン――――!!」
エルダは軽々と美冬を担ぎあげた。
涙を浮かべながら美冬が悲鳴を上げる。
パチンッ、とエルダが指を鳴らすと、二人の姿は
そこから消え去った――。
美冬誘拐事件発生です!
犯人は、美冬が信頼して
いたはずのあの少女!?
美冬は、一体どうなって
しまうのか!? ここから
シリアスパート突入です。




