第十八幕 ~一文無しの少女~
相沢美冬と第五王子カインは、
今困っていた。
思い切り困っていた。
お金がないのだ。一銭もないのだ。
しかも、旅券もないのだ。
彼らがこんな目にあっている理由は、
小一時間ほどさかのぼる――。
その日、美冬とカインは少し高級な宿の
一室で目覚めた。
一人部屋を二人で使っている。
もちろん料金が足りないからとかではなく、
一人で寝るのが寂しい、と両方が考えたため
である。
二人は宿で焼き立てのパンと野菜たっぷりの
スープで朝食を取り、市場へやって来た。
今思えば、それが不幸の原因だったかも
しれない。
彼らは後にそう思う事になるが、その時はそんな
事を思わなかったので、笑顔でそこへ向かったの
だった。
市場はかなり大きな物だった。
装飾品、服、食べ物、何でも売っていた。
「ミフユ、何か買ってあげるよ」
「ええ!? いいわ、別に」
「僕が買ってあげるって言ってるんだから、いいの」
カインは半ば強引に美冬の手を引いて、ガラス製の
装飾品がある露店にやってきた。
きらきらと光を反射していて、とても綺麗だ。
「すてき……」
美冬が笑顔になったので、カインもまた笑顔に
なった。
彼女の瞳はまるで子供のように輝いていて、とても
眩しくカインには映る。
「どれがいい? なんでも買うよ」
美冬は妖精の飾りがついた首飾りが
気に入り、彼に買ってもらう事にした。
カインがわざわざつけてくれたので、美冬は
思わず赤くなっていた。
「うん、似合うよ、ミフユ!! すごく似合う!!」
さらに美冬は顔を赤らめた。
と同時に、顔色も変えずにそんな事を言える彼に
すねたような怒りも抱く。
自分がこんなにドキドキしているのに、彼は全く
何でもない事のように言っているのだ。
「カインばっかりそうやって余裕があるのね!!」
「ミフユ?」
「私は、私はどうせ経験だってないし!! いつまでも
優しくされるのになれないし!!」
美冬はイライラしていた。それに何より、カインは
何もしていないのに、苛立つ自分に腹を立てている。
何故こんな気持ちになるのか、自分で自分がよく
分からなかった。
「私、宿に帰る!!」
「ま、待ってよ、美冬」
突然身をひるがえした彼女に、カインは慌てた。
何故あんなに怒ったのかが、彼には分からない。
腕を掴んで引きとめようと手を伸ばしたが、それより
前にぶつかってきた少年がいて、出来なかった。
少年は不遜な態度で、舌を出して去っていく。
「気をつけろ、ばーか!!」
「カイン、大丈夫!?」
心配そうな顔で駆け寄った美冬が、機嫌を直したので、
カインは少しホッとした。
ぶつかられたのも悪い事だけではなかったようだ。
「う、うん、大丈夫……」
「あーあ、やられたね、お兄さん」
いきなり声をかけられ、振り向くと、まだ幼い少女が
そこにはいた。大人びた雰囲気の子である。
艶のある黒髪を腰まで垂らしている。
きらり、と煌めく緑の瞳は、どこか妖しさを
秘めいていた。
「あいつ、スリの常習犯よ。荷物を見てみた方がいいん
じゃないの?」
「スリ!?」
カインはすぐさま荷物をかきまわした。……ない。
財布がない。財布には旅券も身分証明書も入っていたので、
それももちろんなかった。
「お兄さんたち、行くところないでしょ? あたしについて
おいでよ。仕事と住む場所なら提供できるよ」
少女はどこか大人びた笑みを浮かべている。
二人は困ったように笑うばかりだった――。
それが、二人が困っている理由である。
財布が盗まれ、旅券も身分証明書もないから、このまま城に
帰る事は出来ない。
お金は全て財布に入れていたから、今は一銭もないの
である。
それに、あの少女も妖しかった。
美しく、あどけなさをほとんど感じさせない少女。
彼女は、住む場所と仕事を提供すると言って来た。
まだ名前も聞いていない。
気が向いたらここにきてね、と店の名前を書いてある
らしい紙を押し付け、少女はくすくすと笑いながら
走り去ってしまった。
「どうしよう、カイン?」
「どうしようか、美冬……」
いろいろな事を考えながら、二人は首をかしげる
のだった――。
楽しい旅行から一転、美冬達が
ピンチです(経済的に)。
新キャラエルダを作品に加え、
これからどんどん彼女も活躍
していってもらいます。




