ユキノハナ
伸びた陰を歩道に並べ・・・
桜並木がすっかり裸になり、落ち葉が乾いた歩道に舞っていた。ひゅうと空気が動いた。
「 それは、風と言うの…」
ハルの声がリピートした。僕は見えない風にフォーカスした。 教会の鐘が遠くで鳴っている。
16:30、ハルの通う学園の終業の合図だ。 僕は学園のバス停前でハルを待つ。背筋を伸ばし、居住まいを正す。彼女の前に立つと緊張する。
言いつけに逆らってはいけない。
危険な状況は常に回避せよ。
心を読んではいけない。心の中に存在してもいけない。僕はコマンドを再認識した。
ハルは良いこだ。いつも笑って僕の棒読みの受け応えを面白がっている。
「 なぜそんなに棒読みの会話をするの?
不器用なのね… 」
ソノヨウニ出来てイルノデス。
僕の声は届いていない。僕には独白も許されない。
16:45ジャストにハルはバス停に現れる。僕が気づいていないと信じて背後に立つ。
「 オカエリナサイマセ」
僕はぎこちなく振り向き、お辞儀した。 ハルも律儀にお辞儀をする。そして甘い声で囁く。
「ただいま」
僕はハルの声だけしか認識できない。
僕のHDDの中は、ハルの情報だけで埋め尽されている。
ハルが生まれてから18年もの長きに渡って収集された情報はどれも僕の中で、大切に保護されている。上書きされて消去された情報もディスクのどこかに残されているはずだ。
生まれたてのハル、3歳のハル、おままごとに付き合い、自転車こぎをサポートした6歳のハル、運動会のピストルの音を怖がって泣いたハル、ハイネの詩集の暗唱を手伝った15歳のハル。
「ね…この歌の歌詞どう思う?」
彼女は掌の中の端末のイヤホンの片方を僕の耳に差し、もう片方を自分の耳に差す。
古いPCの音楽ファイルを転送させたもので、消えいりそうな透明な声がメロディーを奏でる。
歌詞の意味は…
わからない。
「あたしたちの歌みたい。いつまでも一緒にいたいって」
ヨクワカリマセン。 僕は繰り返す。
僕の冷たい掌がハルの小さな手を包み込んだ。なぜそうしたのかわからない。
「あたしずっとこうしていたい」
ハルは笑う。無邪気な子どもの笑顔。
ワタシモデス
そう答えた瞬間HDDのメモリがすべて飛んだ。
シリアルナンバーADRD51110メモリ全削除。モニタに砂嵐が反映する。
「優秀な育メン型アンドロイトだったが惜しいことをした。前頭葉が進化し過ぎたようだ」
白衣の男が呟いた。僕を開発したハルの父親。
「所詮アンドロイトは人間の使役に耐えるだけの存在。感情過多は違約だ。」
空が雲が低い。かすかに光る薄紅の西の彼方から、白いモノが降ってきたようだ。
切ない思いをするのが恋です。ゆえに恋は大人のものです