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帰還者  作者: 松田要臣
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柔道

高山と保育園時代をすごした陽介は心を閉ざしたまま小学生になった。高山と2年生で再開をした陽介は高山に勝てる腕力をつけていた。

それは、陽介が柔道教室に通ったことによるものだった・・・。

 2年生で出会った高山聡史は私よりも小さくなっていた。


 正しく言えば、私は2年間で高山の身長を追い越していたのだ。

 その2年間で私は腕力も強くなっていた。

 腕力が強くなったのにはわけがあった。


 あの高山との事件以来、私は特に塞ぎ込む男の子になってしまった。それをなんとかして心を開かせようと、叔父と叔母は私を週2回柔道教室に通わせることにした。


 柔道を習わせれば礼儀作法が身に付く事や、掛け声などを発生する事により内面的な性格の修正。


 また、継続は力なりという言葉もあるが、1つの事を何か継続して習得させたかったようだ。

 それから、運動があまり好きでないという事もあり、それも直したかったようだ。


 柔道教室に行くのは小学校2年生の私にとっては、かなり辛かった。なんといっても場所が大変なのだ。約10kmくらい離れた場所にある、南東小学校に通って行くのだ。


 もちろん、南東小学校は私の学区の小学校ではない。そこに夕方6時に間に合うように、歩いて出発する。危険という事もあり、自転車での通いは認められていなかった。


 幸いその教室に通う同じ学区の子供が5人いた。その5人が集まると出発するという流れだった。

 全体の生徒数は結構多く、30名位はいただろうか・・・。


 その目的地の南東小学校に柔道教室の講道館のようなものがあるのではない。


 ただの小学校の体育館なのだ。


 なぜか体育館の端に60枚位の畳が積み重ねられており、それを生徒が2人一組で一枚を抱えて40分位の時間を掛けて並べて行くのだった。最初のうちは重くて動かす事が出来なかった。

 先生はさすがという感じで、一人で一枚を持ちあげていた。


 それを上下30畳ずつ組み合うように重ねてずれないようにする。


 畳を引き終わると準備運動(腕立て・腹筋・背筋・ブリッジ・スクワット等)、それから、体育館の中を5周位走る。そして、畳の中に入り、受け身、形を覚えたり、乱取り稽古を行い、試合形式の稽古もした。そして、最後に畳をキレイに元の場所に戻して帰るのだった。地獄だった。


 1年生から6年生までみっちり習わされた。


 楽しかった事と言えば、先生が何を思ったのか、「今日は畳を引かなくて良い。」という話があり、何をするのかと思ったら、ドッジボールをするのだった。


 ごくまれだったから余計にうれしくて仕方なかった。


 それから、県の小学生の大会に行った帰りに、予め父兄には連絡がしてあり、

 「試合の後、食事会を行います。」


 とあり、バイキングに連れて行ってもらった事がすごくうれしかった。


 うちの父(叔父)と母(叔母)は車の免許を持っておらず、あまり遠出をする事もなかった。この話はまた後々話す事にする。


 とにかく、試合の場所は遠い場所で、バイキングのお店も遠い場所にあった。それだけでもワクワクしてしまった。

 初めてバイキングに入った時には、驚愕した。肉をどれだけ食べても、ウィンナーをどれだけ食べても良いのだ。今から考えると当たり前なのだが、その頃私の中では夢のようなお店だった。


 我が家のスキヤキの肉は豚肉だった。肉じゃがの肉も豚肉だった。牛肉はその頃、自由化されておらず、高かった為、何か奇跡的な事が起こらなければ、食卓に並ぶ事はなかった。


 その貴重な牛肉をいくら食べても値段が全く変動しないのだ。ウィンナーも3種類くらいあった。家で出てくる真っ赤なウィンナーばかりではなかった。鉄板でお好み焼きも焼ける!アイスクリームも食べ放題!ジュースも飲み放題!こんな事が本当にあるのだろうか。それ位の喜びがバイキングにはあったのだ。


 心友の一哉とも中学に入り、バイキングに行った時もあるのだが、バイキングに行く事に対してすごく楽しみなのはこの柔道の時にみんなで行った想い出がよほど強い為なのだろう。


 大人になった今でも、量は昔のように食べられないが、それでも楽しみでバイキングにはたまに行く事がある。


 あれだけ、厳しい練習があったからこそ、たまの楽しみがものすごい事に感じたのだろう。


 もちろん、いい子にばかりにはしていなかった。通いの仲間5人とは結構悪い事もした。その頃はジュースの自販機も缶とビンがあった。ビンは横向きになっており、そのビンの自販機の方によくイタズラをした。イタズラじゃ済まないのだろうが・・・。


 5人でナイロン袋を持ち寄り、安全ピンと栓抜きを用意した。ビニル袋をそのビンの自販機のビンの口に近付けて、栓を外す。残り4人が力を合わせ、後ろから少し自販機を傾かせる。そうすると、ビニル袋の中にジュースが溜まる。そして、ビニル袋の口をキュッっと縛ってビニル袋の先に用意した安全ピンで穴をいくつか開けてそこからチューチュー吸った。


 なんとも言えなく美味かった。こんな悪さをしながら、力もつけた。


 高山は、腕力は強くなり内気さが無くなった私と出会う事になった。

 あの保育園の苦しみを何もフォロー受けずに過ごした私と。


 復讐がはじまった。

 


 





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