第34話:皇太子妃専用バスルームの攻防。……殿下、私の髪を洗うその手付き、完全に手慣れた肉食獣のそれですよね!?
「……ふぅ。状況把握、完了。時刻は午後八時。新婚四日目の夜。目の前に広がるのは、温泉別荘を彷彿とさせる王宮特製の巨大露天風呂。……だけど、湯煙の向こうから現れた、前髪を上げただけの無防備な夫の姿。状況、極めてお風呂場パニックね」
最高会議室からなんとか生還した私は、今夜こそ「完全な一人時間」を勝ち取るべく、王宮の皇太子妃専用バスルームへと戦略的撤退(お風呂に引きこもり)を敢行していた。
バラの花びらが浮かぶ極上の湯船に浸かり、南国の温泉を思い出しながら、ようやく手に入れた静寂に息を吐く。
温かいお湯が、ここ数日殿下の猛攻(夜の連勤)で凝り固まった身体を優しくほぐしていく。これぞニート皇太子妃の特権、至福の急速充電だ。
――しかし。
ガシャリ、と大理石の扉が開き、湯気の中から信じられないほど見事な肉体美を晒したルファード殿下が姿を現した。
「アルティナ、お風呂が長くて心配したよ。……フッ、ちょうどいい、俺が君の髪を洗ってあげよう」
「で、殿下……状況把握を! ここは『皇太子妃専用』の聖域です! 殿下専用のバスルームは別にあるはずですが、なぜ衣服をすべて戦略的パージ(全裸)した状態でここに侵入してきているのですか! 速やかな撤退を!」
私が湯船の奥へとじりじりと後退しながら叫ぶと、ルファード殿下は楽しそうに低くくすくすと笑った。
前髪をラフに上げたその顔は、いつも以上に男の色気が剥き出しで、湯気に濡れた瞳が妖しく光っている。殿下は当然のような顔をして湯船の縁に腰掛け、私の身体を引き寄せた。
「愛する妻の背中を流し、その美しい髪を洗うのは、夫として極めて論理的な義務(職権乱用)だろう? ほら、大人しく俺の前に座りなさい」
(その完璧すぎる肉体美と色気で、私のパーソナルスペースを秒で侵略するのをやめてください、この肉食獣上司ーーー!!)
至近距離から放たれる殿下の本気の熱量に、私の心臓はお風呂の熱さも相まって、過去最高の最大戦速(大バクバク)を叩き出す。
頭が良すぎる私は、ここで暴れてお湯を跳ね返せば、逆に殿下の「お風呂場での本格的な総攻撃(第2ラウンド)」に直結するルートを秒で看破した。ここは大人しく、髪を洗わせるという条件で妥協するしかない。
「……状況把握、完了しました。殿下、洗髪のみを許可します。それ以上の追撃(混浴)は、湯船からの緊急脱走を辞さない構えです」
「フッ、本当に取引の強気な俺の可愛い王妃様だ。交渉成立だよ」
ルファード殿下は満足そうに微笑むと、私の背後に回り込み、驚くほど優しく、丁寧な手付きで私の髪に泡を立て始めた。
頭皮を心地よく刺激する指先。けれど、時折わざとらしく私の耳元や首筋に指が触れるたび、私の身体はビクッと跳ね、恥ずかしさで完全にオーバーヒート寸前になる。
「アルティナ、君は本当にどこに触れても可愛いな。……今夜も、朝までたっぷり俺の特等席(ベッドの上)で愛してあげるからね」
(それ、お風呂で体力を回復させた意味がゼロになるやつじゃん、この肉食獣上司ーーー!!)
耳元で甘く囁かれ、私の穏やかなバスタイムは、夫の「過保護すぎるお風呂場ロックオン」によって、完全に甘い泥沼へと沈んでいくのだった。




