第29話:新婚初夜の幕開け。……殿下、いくらなんでも理性のシャットダウンが早すぎませんか!?
「……はぁ。状況把握、開始。深夜の王宮、新婚の主寝室。長かった披露宴がようやく終わり、あとは泥のように眠るだけ。……のはずだったのに、背後の扉に鍵がかかった瞬間、目の前の男の雰囲気が一変した。状況、極めて生存の危機(色気的な意味で)ね」
ようやく、本当にようやく、長時間の披露宴という名の地獄の残業が幕を閉じた。
国内外の貴族たちにお酒を注がれ、笑顔を貼り付け続け、私の体力メーターは完全にゼロ。あとはこの最高級のベッドにダイブして、約束通りの『週休六日生活』をスタートさせるだけだ。
私がドレスから着替えたばかりの薄手の夜着の襟元を緩め、ベッドへ戦略的撤退を敢行しようとした、その時。
――ガタ、と強い力で手首を掴まれ、そのままふかふかのベッドの上へと押し倒された。
「……っ!? じょ、状況把握を! 殿下、まだ心の準備が――」
見上げると、そこには昼間の完璧な皇太子の微笑みを完全にかなぐり捨てた、ルファード殿下がいた。
いつもなら不敵に笑ってからかう余裕があるはずなのに、今の彼の紫の瞳は、焦れたような、飢えたような熱い光で私を真っ直ぐに射抜いている。礼服のタイは乱暴に引きちぎるように外され、白いシャツの胸元が大きくはだけていた。
(……うん、状況把握完了。殿下、完全に理性のスイッチが切れてるじゃん。いつもなら15手先まで計算して私を追い詰める男が、呼吸を荒くして、目に見えて余裕をなくして急いでるんだけどーーー!?)
私の高性能な危機管理レーダーが、至近距離から突き刺さる殿下の本気の男の色気と熱量を前に、再び大パクバクのアラートを叩き出した。
「もう我慢できない。……いや、今日までよく耐えたと俺を褒めてほしいくらいだ、アルティナ」
ルファード殿下は私の抵抗を許さない強固なホールドで、私の両手首を頭の上で固定した。耳元に吹き付けられる熱い吐息と、低く掠れた声に、私の脳内は一瞬でパニックを起こして真っ白になる。
「昼間のドレス姿の君があまりにも綺麗すぎて、披露宴の間中、ずっと他の男たちの視線から君を隠したくて頭がおかしくなりそうだった。……ようやく二人きりだ。もう一秒も、君を焦らすつもりはないよ」
(ちょっと待って、この肉食獣上司、エンジンがかかるのが早すぎる!! 私のスローライフ初日は、まさかの超高負荷な実技演習(初夜)からスタートなわけ!?)
殿下の熱い唇が、私の首筋から鎖骨へと、急ぐように、けれど愛おしさを噛み締めるように深く落とされていく。
触れられるたびに体中に甘い電流が走り、前世の自衛官仕込みの防衛本能(重心の切り替え)なんて、この圧倒的なときめきの前には一ミリも機能しなかった。
「殿下、待っ……状況、把握……。あ、あと5分、5分だけ作戦タイム(心の準備)をください……っ」
私が顔を真っ赤にして必死に懇願すると、殿下は一瞬だけ動きを止め、狂おしいほどに甘く、妖艶に目を細めた。
「拒否する。今夜の俺の辞書に、作戦タイムも妥協も存在しない。……覚悟を決めて、俺の愛を全部受け止めておいで、俺の可愛い奥様」
そう囁いた直後、余裕をなくした殿下の唇が、今度は逃げる隙を一切与えない深さで、私の唇を完全に塞いだ。
こうして、念願の週休六日ライフの初夜は、理性を失った皇太子殿下の「最速かつ猛烈な総攻撃」によって、ベッドの上で完全にノックアウトされるところから始まるのだった。私の穏やかな睡眠時間は、この熱すぎる夜の熱気の中に、一瞬で溶かされていく。




