第16話:婚約したら、朝の起床戦線(甘い残業)が勃発しました
隣国の陰謀を完膚なきまでに叩き潰し、ルファード殿下の【超強引な外堀埋め求婚】を受け入れてから、一週間。
私は現在、王宮の最深部にある、殿下のプライベートエリア(寝室)の最高級ベッドのど真ん中にいた。
契約(婚姻合意書)通り、私の『週休五日・一日十六時間睡眠』の権利は完全に保障されている。
シルクの毛布は肌触り最高。特注のマットレスは私の身体を完璧にホールドし、前世の泥まみれの野営が嘘のような天国がここにあった。
これぞ、命がけの防衛戦(残業)の末にもぎ取った、究極のスローライフ。
私は幸せの絶頂のなか、泥のように二度寝をキメようとしていた。
――しかし。
「おい、可愛い俺のフィアンセ。そろそろ起きないと、朝の定時(お茶の時間)を過ぎてしまうぞ?」
耳元で響いた、鼓膜を甘く震わせる低音。
同時に、私の腰のあたりに、ずっしりとした不自然な『質量』と、男物の体温がのしかかってくる。
(……はぁ、状況把握開始。現在、午前十時。ルファード殿下、執務をサボって私のベッドに不法侵入(朝帰りの逆バージョン)してるじゃん。しかも、私の背後から完全にバックホールドしてホールドロックをキメてきてるわ。状況、最悪ね)
私のカンストした状況把握能力が、至近距離にある「最大警戒対象」の熱量を正確にスキャンした。
私は毛布を頭まですっぽり被り、芋虫のように丸くなって抵抗を試みる。
「殿下、状況把握を。契約書に基づき、本日は私の『公認サボり日(有給)』です。午前中の私は、ただの動かない肉塊(睡眠特化型)ですので、速やかに撤退してください」
「拒否する。君がベッドから出てこないなら、俺がこのまま君を抱き枕にして、ここで一緒に『午前中の執務(残業)』を執行するだけだ」
ルファード殿下は毛布越しに私をぎゅっと抱きしめ、楽しそうにくすくすと笑った。
その瞳には、かつて冷徹な指揮官として陰謀を潰していた時以上の、狂おしいほどの独占欲と愛着がギラギラと渦巻いている。
(おのれ肉食獣上司ーーー!! 敵がいなくなったら、今度は私を直接襲撃(朝のスキンシップ)してくるわけ!? 逃げ場がないんだけど!?)
朝の光のなかで見る殿下の顔は、ずるいほどに端正で、至近距離で見つめられるだけで私の心拍数が不自然に跳ね上がる。
戦場での刃は紙一重でかわせるのに、この男の放つ「容赦ない甘やかし(トラップ)」だけは、どうしても最速で回避することができない。頭が良すぎるせいで、殿下の指先から伝わる『ガチの愛』を秒で理解してしまうのが、本当に心臓に悪い。
「ほら、アルティナ。大人しく起きて俺に甘やかされるか、このままベッドのなかで俺に食べられるか……二つに一つだ。状況把握の早い君なら、どちらがコスパがいいか分かるだろう?」
殿下は私のうなじにそっと唇を触れさせ、意地悪く、けれど酷く艶然と微笑んだ。
「……状況把握、完了しました。殿下、三分だけ時間をください。最速で着替えて、お茶のお供(毒見役)をいたします」
ハァ、と本日最初の深いため息をつきながら、私は毛布から降伏の白旗(生足)を突き出した。
「ふふ、賢い選択だ。今日も一日、俺の側から一歩も離さないからね、アルティナ」
国内外の陰謀をすべて片付けたというのに、目の前の愛が重すぎる婚約者との「朝の防衛戦」だけは、どうやら一生終わりそうにない。元自衛官令嬢アルティナの、甘くてめんどくさい新婚(仮)ブラック新生活は、今日も定刻通りに開戦するのだった。




