第三十章『神と魔王の子』
第三十章『神と魔王の子』
白い門。
黒い門。
二つの異形が、
皇宮の上空で対峙していた。
神聖と魔。
光と闇。
相反する力がぶつかり合い、
空間そのものが悲鳴を上げる。
帝都中が揺れていた。
人々は空を見上げ、
恐怖に震える。
誰も理解できない。
だが一つだけ分かる。
――世界が壊れかけている。
ガブリエラは膝をついた。
身体が限界だった。
神性が暴れる。
魔力も共鳴している。
白い光と黒い闇が、
彼女の身体の中で衝突していた。
「ぁ……っ……!」
苦しい。
呼吸ができない。
頭の中で、
無数の声が響く。
『器』
『神を降ろせ』
『世界を浄化しろ』
違う。
私は――。
ガブリエラは涙を流した。
自分が誰なのか、
分からなくなる。
その時。
黒い門の前に立つノクスが、
ゆっくりこちらを見た。
赤い瞳。
その目だけは、
まっすぐだった。
「ガブリエラ」
名前を呼ばれる。
ただそれだけで、
意識が少し戻る。
ノクスは低く言った。
「お前は器なんかじゃねぇ」
その声は、
誰より強かった。
「神でも魔王でもない」
黒い魔力が荒れ狂う。
巨大な黒翼。
その姿は、
もはや人ではない。
それでも。
彼は確かに、
ガブリエラだけを見ていた。
「お前はお前だ」
その言葉が、
胸へ深く刺さる。
ガブリエラの涙が溢れた。
一方。
白い門の前では、
アステリオが恍惚とした表情で跪いていた。
「ついに神が降臨なさる……!」
狂信。
その目は完全に壊れている。
レオンハルトが剣を構えた。
「止めるぞ」
彼の蒼い瞳にも、
もう迷いはなかった。
守るべきものが、
ようやく明確になったのだ。
セレナは少し離れた場所で、
呆然と空を見上げていた。
彼女ですら、
ここまでになるとは思っていなかった。
白い手がさらに伸びる。
同時に。
黒い門の奥から、
巨大な“影”が現れた。
空気が震える。
圧倒的な魔力。
神殿騎士たちが恐怖で後退した。
アステリオの顔色も変わる。
「……魔王」
低い呟き。
黒い影は、
ゆっくり目を開いた。
赤い瞳。
その視線が、
真っ直ぐガブリエラへ向く。
すると。
頭の中へ、
直接声が響いた。
『我が娘』
ガブリエラの呼吸が止まる。
娘。
その言葉。
黒い影は静かに続ける。
『ようやく見つけた』
優しい声だった。
想像していた“魔王”とは違う。
恐ろしいのに、
どこか悲しい。
ガブリエラの瞳が揺れる。
「……私が」
喉が震える。
「神と魔王の子……?」
その瞬間。
白い門の奥から、
巨大な光が溢れた。
神の声。
『不完全』
冷たい。
感情のない声。
『器を回収する』
白い光が、
ガブリエラへ降り注ぐ。
だが同時に。
黒い影が前へ出た。
『触れるな』
轟音。
白と黒が激突する。
帝都全体が揺れた。
ノクスが叫ぶ。
「ガブリエラ!!」
レオンハルトも叫ぶ。
「逃げろ!!」
だが。
ガブリエラは動かなかった。
いや、
動けなかった。
頭の中へ、
無数の記憶が流れ込む。
カサンドラ。
ガブリエラ。
神殿。
魔王。
全部。
そして。
最後に一つの真実へ辿り着く。
――自分は、
“神を滅ぼすため”に生まれた存在。
ガブリエラの目が見開かれる。
アステリオも顔色を変えた。
「……まさか」
白い門の奥で、
神の気配が初めて揺らぐ。
黒い影は静かに笑った。
『ようやく思い出したか』
ガブリエラの身体から、
白と黒、
両方の力が溢れ出す。
神性と魔力。
本来交わらないはずの力。
それが今、
完全に融合し始めていた。
空が裂ける。
帝都の鐘が鳴り響く。
そして――。
ガブリエラはゆっくり顔を上げた。
金色と赤色、
二色に染まった瞳で。
「……私は」
静かな声。
けれど、
世界を震わせるほど強い。
「もう、誰にも利用されない」
その瞬間。
白い門と黒い門、
両方が同時に大きく開いた。




