5朝食の席で
翌朝、ダーレム伯爵家の侍女から取次があったらしい。
「お嬢様。目を覚ましてください。ダーレム伯爵が一緒に朝食をと仰っていますが」
メイアが私をそっと揺り起こす。
「もう、新婚の夫婦に一緒に朝食をとろうですって?趣味悪い」
「はは、まあそうですよね。普通は‥でも、お嬢様とチャーチル様はそのような事もなかったのですし身体がだるい事もない訳ですから‥」
そんな気分に浸りたかったのに‥
「あら、メイアはあいつの肩を持つの?」
「違います。白い結婚は向こうが仰ったことです。ですからダーレム伯爵がそう言う態度を取られるならあえて隠す必要もないと思っただけです」
「そうよね。私が悪い訳じゃないんだもの。わかった。メイア支度して‥メイア、私結婚したのよ。お嬢様はおかしいわ。ふふ」
「まあ、そうでした。私としたことが。では、奥様‥「やめてよ。グレイスでいいわ」
「はい、わかりました。グレイス様」
チャーチルが言っていたようにそれとなく雰囲気を醸し出した方が良かったのかとも思ったが、家族ぐるみでそう来るならまあいい、堂々と朝食に行くわ。
私はすっきりした顔でシャキシャキ歩いて食堂に行った。着たのはきれいな水色のワンピース。
「おはようございます」
楕円形のダイニングテーブルの一番奥に義理父。隣には義理母。向かいの席にチャーチル。そして一番手前の席が空いていた。そう、私はチャーチルの隣!
「おはよう」義理父のロナルド・ダーレム伯爵。
「おはようグレイス。ごめんなさいね。疲れてるのに‥ほんとに」そこで義理父の腕をバシッと叩く。
「ロナルドったらこれから領地に行くもんだからどうしてもみんなで一緒に食事がしたいって言って」
「いえ、義理母様大丈夫です」
私は優しく微笑んで見せる。
「おはようグレイス?はっ、なんだか顔色が、かっ‥」声をあずらせる夫となったチャーチル。
えっ?凄く元気ですけど‥ああ、メイアが気を遣って少し疲れたメイクにしたからと納得する。
「まあ、やっぱり。ごめんなさいグレイス疲れてるんでしょう?チャーチルったらしばらく女性とお付き合いがなかったみたいだから‥」
「いえ、ほんとに大丈夫ですから!」
いきなり恥ずかしさで顔が熱くなる。確実にそんな事があったと思われてる。もしかして言ってないの?
急いで席に着くとチャーチルが手を伸ばして来た。ふわりと頬に触れた大きな手。
「ひゃ、何するんです!‥あっ、いえ、すみません驚いて」
「いいんだ。ごめん。顔が赤いから熱でもあるのかと‥」
うそ、メイクでも隠せないほど?
「まあ、私ったら‥チャーチル様大丈夫です。安心して下さい。私はそんなにか弱くはありませんよ」
ふっと彼の顔を見ると瞳と瞳がバチっと重なる。
ふん、無駄にいい男。
「す、すまん」
「さあ、いいから食事にしよう。グレイス。これからよろしく頼む。私もチャーチルも色々忙しいが何かあったらいつでも頼ってくれ。妻のマルタはしばらくこちらのタウンハウスにいるから何でも言いなさい」
「はい、義理父様ありがとうございます。もっと早くお話したかったのですが何しろ結婚式まであまり時間がなかったもので‥実は私王都にある実家の薬屋で仕事がしたいんです。もちろん売り子ではなく薬を作る方なんですが、すみません。結婚前にお話していなくて」
3人が顔を見合わせる。
驚いた様子もあるがまんざらでもない感じ。
「チャーチル、お前はどう思う?」義理父が尋ねた。
「ああ、俺は構わない。グレイスに頼んでるのは社交だけだし、母さんがいれば家のこともそんなにする事もないだろうから、それって兄上に頼まれて?」
「いえ、少しでも病をなくしたいと思うからで、あっ、私は主に病の予防の方に関心があるんです」
「まあ、グレイスさんって凄いわね。私なんかとても真似できないわ。でも、時間が許すなら少しの間お手伝いするのはいいんじゃないかしら?まあ、妊娠でもすればそのうちやりたくても出来なくなるだろうし‥」
ゴホッゴホッ。チャーチルがむせる。
まあ、妊娠なんて一生出来そうにないけど。
「その代わり日暮れ前までには帰る事、無理はしない事。休日は休む事。それならやってもいい。どうグレイス?」
「はい、約束します。ありがとうチャーチル様」
「まあ、お前がいいなら。でも、無理はするなよグレイス」
「はい、義理父様。義理母様もありがとうございます」
「いいのよ。でも、チャーチルも26歳、そろそろ父親なってもいい年だから、そっちはおろそかにならないようにね」
ぶふっ!!チャーチルが口に入れたパンを吐き出しそうになって口を塞いだ。
「コホッ、ったく母さん、露骨すぎだろう?ごめんグレイス」
私はひとさじスープを掬って喉に流し込む。お、落ち着けわたし。
「いえ、本当のことですから‥ほほほほ」
チャーチルが急いでパンを飲み込み立ちあがった。
「父さん急がないと‥グレイス、これから領地に行かなきゃならないんだ。だから数日留守にする。すまないが頼んだ。母さんもグレイスの事頼みますよ」
ダーレム領は王都ユナグから馬なら半日ほどのところにある。だから帰って来ようと思えば帰れる距離でもあるんだけど‥
帰って来ないんだ。まあ、どうせ白い結婚だし、私はゆっくりできるからいいけど。
「まあ、チャーチル何言ってるの。数日なんてだめよ。新婚なんだからあなたチャーチルは明日には返してください。お願いしますよ」
義理父は食事を終えたらしく立ち上がった。
「ああ、最初からそのつもりだ。チャーチル明日にはグレイスに会えるから心配するな。じゃ、行って来る」
「行ってきます」
心なしか残念そうに見えるチャーチルの背中。何だか少し気の毒に思えた。
って言うか、ご両親に白い結婚の事話してなかったんだ。もう、どうするのよ。妊娠しなかったら私が悪いみたいじゃない。
あんなに孫を期待しちゃってるのに!!
こんな事は愛人に頼んでもらわないと‥私は無理ですから!




