2そっちが最初に言ったんだから!
そういう事情で私はチャーチルと婚姻する事になった。それも婚約から2カ月もしないうちに。
それは父ランスの病状が進んで行くのを見かねたイザリーナの発した一言だった。
「お父様はきっとグレイスさんの花嫁姿が見たいはずよ。婚姻は少しでも早い方がいいと思うの」
同席していたダーレム伯爵も「ああ、娘の花嫁姿を見るのは父として最高の幸せだ。グレイス嬢、お父さんを喜ばせてあげてはいかがです?」
「ですが、式の日取りは兄も同席して決めるはずでしたので」
私は何とか阻止しようとした。
「まあ、グレイスさん。これがおめでたい事なんだし、エドワード様もお喜びになるわよ。ねぇ、ランス様」
「おめでたい事か?それは早い方がいい。なっ、イザリーナ」
もう、イザリーナにデレっとしちゃって、色ボケジジイ!
「御父上がそうおしゃっているのです。何の問題もないでしょう。では、私は家に帰って早速式の段取りをしましょう。式は2か月後。グレイス嬢、あなたのような人が我がダーレム伯爵家に来てくれる事本当にうれしく思っている。どうか、息子のチャーチルと仲良くやってほしい。あいつは一度結婚に失敗してから次の結婚になかなか乗り気でなくて、まあ、前妻のカトリーナは傲慢でプライドばかりが高い女だったから。でも、君は違う。本当に私達は心から君を歓迎する。では、失礼する」
はっ?
そう言って式の日どりを決めて帰ってしまった。
この時も兄は、領地に出向いていて留守だった。兄は帰って来ると早く領主交代をしておけばよかったと後悔した。
我がオーブ子爵家は薬草や薬の専売特許をいくつも持っていて国内外の取引があり潤っている。それに祖母は祖国ブルトピア国の元第4王女であり子爵家と言っても扱いは高位貴族ともつながりがある家柄だ。
その点ダーレム伯爵家は半年ほど前事業に失敗をして資金繰りに困っていると聞いた。
今回の縁組で父はダーレム伯爵家に資金提供をする書類にサインもしている。
何だか話が旨すぎて嫌な予感がするのは私だけ?そもそもチャーチルは26歳のバツイチで、婚約してから一度しか顔合わせしていない。
それも顔合わせは何度も忙しいからと言われたので、こちらからダーレム伯爵家まで出向いた。彼は執務室で忙しそうに書き物をしていた。
もちろん護衛のヴォルターを連れて行く。
部屋に案内されるとちらりとこちらを向いて「すまない。少し待ってくれ」
そう言われてソファーに座って待つこと数十分。やっと腰を上げてソファーに座ったチャーチル。
その間にお茶の一杯も出されない。どうなってるのこの屋敷?と思うが口には出さない。
それに使用人も少ない気もするけど、まあいい。
扉の隅に控えた護衛のヴォルターも辟易した顔でこちらを見る。
私は気にしないでとシッシッと手を軽く振る。
そんな事より私が嫌なのは彼の噂だ。離縁したのは妻の不貞と聞いていたが、彼のそれなりに女性好きだと聞いた。出向いた先でこれと思う女性に色目を使っているとかいないとか。まあ、人の噂。どこまで本当かなんてわからないけど。
彼は私の方に視線を向ける事もなく一方的に話を始めた。
「グレイス嬢。すまない。父が勝手に決めた婚姻だ。俺は一度の結婚で懲りたのに勝手な事をして‥ったく。まあ、我が家が今資金繰りに苦労している事はわかっているが、だからって‥」
そこで彼は私を初めて見た。
私は最初からチャーチルと会うとき少し見えが悪くしていた。前髪はわざとたらし目が隠れるようにしてそばかすも書いて眼鏡もかけていた。これは私の侍女をしているメイアに言われての事だったんだけど。
何しろ相手の事が良く分からないのでこちらも少し手を加えた方がいいと言われてのことだった。
彼が一度ガクッと身体を傾けたと思うと大きく息を吐いた。
「はぁ、せっかく結婚するならもっと見栄えのいい女がよか‥‥コホン。悪いがグレイス嬢、君とは白い結婚にする。俺は領地に出向くことが多いから滅多に顔を合わせる事もないだろう。それでも結婚は決まった事だ。まあ、我が家の財政を考えれば取り消しは出来ないだろうから、だから君は社交以外は家でゆっくりしていればいい」
そう言ってもう一度私を凝視した。
ふふ、この姿に落胆したんだわ。良かった。これなら噂が本当かどうかなんて関係ないじゃない。
白い結婚。そっちが言い出したんだから撤回はさせないわよ!
私は少し顔を俯かせたまま言葉を発する。
「仰る通りに致します。それと白い結婚という事はチャーチル様は他で欲を発散されるかもしくは妾を?」
彼は一瞬狼狽したが「妾を娶る気はない。そんな余裕もないからな。だが‥まあ外で発散することはあるかも知れない。ああ、心配ない。君や家に迷惑になるような事はしない」
「わかりました、跡取りのこととか後で言われるのも嫌ですので取り決めた事を書類にして下さい」
「ああ、もちろんだ。すぐに書類を作りそちらに届けさせる」
「いえ、チャーチルさまはお忙しそうですので書類は私が。後で署名さえ頂ければ」
「ああ、わかった。頼んだ」
私は意気揚々と部屋を出て行く。
「お嬢様、あんな奴と‥いいんですか?」その後ろでヴォルターが心配そうにそう呟く。
「完璧じゃない。ヴォルターは心配しなくていいわ」
「わかりました」
納得がいかないけど仕方がない。そんな気持ちを飲み込んだようにヴォルターが一度顔をしかめた。
「ヴォルターも付いて来てくれるでしょう?ダーレム伯爵家に」
「はい、もちろんです。俺はずっとお嬢様の護衛は私ですから」
「ありがとう、さあ、帰りましょう」
すっと胸のもやもやが消えた。思いつめても仕方がない。白い結婚で自由が手に入る。これで充分じゃない?
家に帰って新たに書類を通り始めると。
白い結婚として3年後に望めば離縁出来る事。やったぁ~。
お互いの干渉や詮索はしない事。これって外で好きに遊んでいいって事だよね。まあお互い様って事で。
社交以外の仕事はしなくていい事。私は自分の仕事が出来るから最高。
表向きは夫婦を装う事。当然。
離縁した場合は援助した資金を返す事。当り前よね。
私はルンルンで契約書類を作っていた。
後日チャーチルはその書類にサラサラとサインをしたのだ。




