11信じ始めていたのに
最近というか結婚してから何だかチャーチルが日に日におかしくなっている。
「ねぇ、メイア、チャーチルって何を考えてるのかしら?白い結婚と言っておきながら、他に女もいないみたいだし、毎日私に愛してるなんて言って来るし、まあ、わかってるわよ。義理母様もいるから、仲のいい夫婦を装おうって事なんだろうけど。それに週に一度一緒に寝るのだって子づくりをしているって見せかけなきゃならないからだし‥」
今日も朝から満面の笑顔で私にキスして愛してるって?!
「グレイス様ほんとにわからないんです?」
「だから聞いてるんじゃない」
「旦那様はグレイス様が好きになられたのでは?きっと白い結婚と言った事を後悔しておられるのです」
「まさか‥もう、メイアったらからかってるの?」
「とんでもありません」
メイアにそう言われて胸が熱くなる。
うれしい!
私だってあんなに優しくされたら悪い気はしないわ。それにちゃんと約束は守ってくれているし仕事にだって口を挟まない。
義理母の口出しにもちゃんと全面的に庇ってくれるし、まあそれは当然だけど。でも、守られているって言う安心感がある。何だかこの人は信じてもいいのかなって気持ちにさえなっている。
もしかして、求められたら応じてしまうかも!
だって、なんだか本当の夫婦になりたいって思い始めているんだから‥
もう、私ったら‥
*~*~*
それから1カ月ほどが過ぎた。
私の作ったハーブキャンディやお薬キャンディの効果はかなり良くて、今ではオーブ商会の売れ行きナンバーワン商品になっていた。
あちこちの領地や診療所、教会や学園からの一括注文にくわえて、イベントや商店のくじ引きの景品に丁度いいと店でも飛ぶように売れていた。
もちろんパーティなどにも需要があって貴族にも売れ行きが良かった。
そこで新たに作ったのが石鹸。これは日常的に使えるタイプは主に殺菌効果を重視。病の予防を目的とした。
反して高級志向の石鹸はきれいなラベンダー色やピンク色やきれいなグリーン色、香りはバラやラベンダーやレモンなどで形を花や動物にした。もちろん抗菌作用のある素材も入っているという優れもの。
これは発売と同時に貴族の間で人気となりすぐに売り切れになるほどだった。
あまりの人気でこの高級石鹸は店先で売ることをしばらくやめて注文販売にした。
王家からも注文が入り、兄さんがその石鹸の中に王冠やティアラや王家の紋章の入った石鹸も作って入れた。もちろん王子や王女ように剣やクマやウサギなどの子供の喜びそうな石鹸も添えた。
王妃は大喜びで王子様や王女様も手を洗うのが大好きになったと喜ばれた。
それを聞きつけた貴族たちから注文が殺到。
さすがに個別には難しいと注文した貴族家の家紋をいれた100個セットでの販売とした。中には色々な香りや色々な形もちろんクマやウサギなどの石鹸も入っている。
すると自宅だけでは使いきれないとパーティの参加者にプレゼントする貴族が出て来て最近では注文石鹸を配るのが人気だった。
まあ、私としては石鹸で手を洗ってもらうことが大前提なので、喜ばしい事ではあったが。
「グレイス、今日はエルナンド侯爵家とアムソンティ伯爵家の注文の商品を届けなくちゃならない。このところ注文が殺到して製造が追いつかないくらい忙しくてこの二つの家は納期が遅れてて使用人に届けさせるわけにいかないんだ。悪いがグレイス、俺はエルナンド侯爵家に届けるからお前はアムソンティ伯爵家に届けるのを手伝ってくれないか?届けたら夫人に直接断りを言ってくれないか?」
兄さんはこのところの忙しさで夜もあまり寝ていないのだろう。目の下には黒ずんだ隈がはっきりわかる。
「ええ、わかった。兄さんあまり無理しないで私で良ければいつでも手伝うから」
「ああ、助かる。父さんはもう仕事は無理だしイザリーナは父さんの面倒を見てくれてるからな。すまん」
父は本格的に物忘れがひどくなりイザリーナも父の面倒を見るのに忙しい。
「家族なんだもの、当然よ。さあ、兄さん急ぎましょう。もう日が暮れてしまうわ」
少し遅くなるけどダーレム家に使いを出して置けばいいわよね。
私は店の者にアムソンティ伯爵家への配達があるから遅くなると伝言を頼んだ。
私は配達を終えたらそのままダーレム家に帰るつもりで自分の馬車で荷物を運ぶことにした。メイアもいるしヴォルターもいるから何も心配はない。
アムソンティ伯爵家が見えて来た。
ああ、今日はパーティがあるのね。庭にはいくつも灯りが灯され家のホールから庭先にも出れるようにしてある。
すでに幾人もの貴族がいてそれぞれが仮面をつけていた。
これって仮面パーティ?
仮面パーティ。聞いたことはあったが見たのはこれが初めてだ。
「グレイス様、裏手に回った方が」
「ええ、メイア、仮面パーティって‥ほら、その場で知り合った男女が睦みあったりするのよね?お互いか顔も名前もわからないまま楽しんで後腐れのない享楽を貪るって言う‥」
「グレイス様には刺激が強すぎます。さあ、早く裏手に回りましょう」
ヴォルターも慌てたように御者に裏手に回るように指示を出す。
だが、馬車はすぐに向きを変えられるものではない。
おたおたしている間にも次々に馬車が到着する。
馬車はお客を下ろすとすぐに場所を移動していく。次々に招待客が降りて屋敷の方に歩いて行く。
皆、それぞれ趣向を凝らした仮面をつけている。
あるものは獣の形、あるものは羽が着いた。キラキラ光る仮面に蝶のような仮面もあった。
まあ、すごい。私は馬車の窓からその光景を食い入るように見つめた。
そしてその中にチャーチルの姿を見つけた。
まさか‥
彼は黒い革製のシンプルな仮面をつけていた。それなのにどうしてわかったかって?
彼には大きなほくろが左の顎、唇と頬の間にある。それはかなり大きなほくろで貴族でそんなほくろのある男性はいなかったと記憶している。
商売柄、貴族の顔はほとんど知っているから間違いなかった。
彼は少し落ち着かない様子で辺りを見回しながら、ローレン辺境伯令息のノヴァ・ローレンを見つけたらしく急いでノヴァに駆け寄った。
「あいつ!」
ギシリと歯を噛みしめるヴォルター。ノヴァは彼の弟で王都の騎士隊に入っている。体格が良くヴォルターと違い柔らかな印象の整った顔立ちは令嬢から人気であちこちで浮名を流しているとかいないとか。
そんな彼と知り合いだったとは‥
それに彼がこんな所に来る事の意味が分かると胸の奥が軋んだ。
なによ。男はみんなそう言う生き物じゃない。わかってたはずよ。それに私とは白い結婚。男は欲を吐き出す衝動を抑えられない生き物なんだもの!!
でも、不潔。二度と私に触らせないんだから。一緒に寝るなんて二度とお断りよ!
「メイア、ヴォルター。何してるの。早く商品をお届けして帰るわよ!さあ、急いでちょうだい!!」
私は大きな声で言った。
「グレイス様、大丈夫ですか?きっと、友人に誘われて断れなかったんです。男の人は付き合いもありますから、でも、旦那様がグレイス様を思っていらっしゃるのは確かですから‥」
メイアが取り繕うようにそんな事を言うのが余計腹立たしい。
「気にするわけがないわ。あの人とはただの契約結婚なんだから。決めたわ。3年したら離縁する」
「それは気が早いのでは‥」
メイアはおたおたしながらしどろもどろになる。
「いや、あいつ、ノヴァと同じだ。あんな男グレイス様にはもったいない。すぐに荷物を下ろして帰りましょう」
ヴォルターはすぐに荷物を下ろし夫人に挨拶をすると私達はアムソンティ伯爵家を後にした。




