1結婚はしましたが
うん?
薄っすらと目を開けると私を見下ろすと侍女のメイアと目が合った。
「グレイスお嬢様、ご気分はいかがです?」
「ここは‥」
そう言った途端記憶が押し寄せた。
そうだった。今日はチャーチル・ダーレム伯爵令息との結婚式だったな。
彼はかなり整った顔立ちだった。金色の髪に翡翠色の瞳。鍛えられた体躯に無駄に男の色気のある夫だった。
年が離れていたので知らなかったが学園時代には引く手あまたのモテっぷりだったとか。侯爵令嬢カトリーナ様が彼を射止めるまでには熾烈な争いがあったとかなかったとか。
口付けの時、彼の顔が迫って来て心臓がバクついた。あまりにハンサムでぎゅっと目を閉じて唇にかさついた感触が触れた。
ふん、ちょっと油断しただけ。
彼は特に意識した様子もなく白けた顔で離れて行った。
そう、それだけ。
そして式は無事に終わり私は祝宴の席でワインを少し飲み過ぎて‥
もう、嫌だ。花嫁が酔っぱらうなんて。でも、私は飲まずにはやっていられない気分だってわかるでしょう?
だって、この婚姻は父が無理やりというかほとんど騙されて成された取り決めみたいだし、すべてが巧妙に仕組まれていたとしか思えない結婚だったから。
まあ、でも、白い結婚だし初夜もないからゆっくり休めそうだけど。
「着替えたら休むわ」
「はい、湯あみの用意をさせます」
私はゆっくり湯に浸かりふかふかのベッドに身体を沈めた。
もちろん夫婦の寝室の隣の私専用の寝室で。
父のランスは1年ほど前からボケが始まり時々おかしなことを言ったり記憶が曖昧になるようになった。
そもそも父が1年半ほど前に再婚したのもおかしかった。再婚の相手はイザリーナ・ドロミティ男爵令嬢で一度結婚したが相手の浮気で離縁したと言う出戻り。
まあ、それも本当かどうか‥
あの時は父が47歳彼女は27歳という年齢差。それも親戚筋のドロミティ男爵に泣きつかれたような形だった。父は若い子に絆されたとしか‥
イザリーナはきれいな人ではあった。戸籍の上では義理母となるが彼女も私もそんな関係は望んでいなかったし、私は学園の寮に入っていたのであまり関わることはなかった。
それにしても20歳の年の差婚なんて‥と思っていたがまあ、旨くやっていけるならいいかと思っていた。
ちなみに母は私が幼いころに亡くなっている。まあ、だから再婚したんだけど。
そして私には1年前三つ年上の私の婚約者レイブル・クルーソ伯爵令息が流行り病で亡くなると言う出来事が。
彼との婚約は、私が学園に入る年に両家の都合で決まったと聞かされた。
最初はレイブルに対して恋愛感情はあまりなかった。まあ、茶色の髪に瑠璃色の瞳で穏やかで優しい感じで彼との婚約に不満はなかった。
彼とは学園でも一緒ではなかったし婚約が整った時には彼はもうクルーソ伯爵家の執務の見習いをしていて忙しかった。
我がブルトピア国では学園を卒業して初めて成人と認められる。夜会などの参加も学園の卒業式が最初になる。なのでレイブル様と一緒に出掛ける事もほとんどなかった。お互いの誕生日に一緒に食事をしたのが4回ほど、それでも異性を知らない私にとったら彼の言葉、顔色一つに一喜一憂した。
思えば初恋だった。
初めてもらった花は押し花にして今でも栞として使っている。乙女だったな。
それが流行り病であっという間に亡くなった。ショックだった。それというのも彼があちこちで女性と逢瀬を繰り返していたと知ったから。
義理母のイザリーナから言われた。
”そんなの当たり前よ。だって結婚はまだなんだから。グレイスだって習ったでしょう?男は欲が溜まるとそれを吐き出したい生き物なの。だからそれくらいは‥でも、亡くなった人を悪く言うのもねぇ。”
まあ、そのおかげで淡い初恋の気持ちはすっきり捨てる事が出来た。
その時から男の行動に何となく目が行くようになった。
すると街中できれいな女性を振り返ってみるねっとりしたいやらしい顔。
ある時はカフェで隣には女性を連れている男も給仕係の女性がかがんだとき見えた胸元に熱い視線を向けている。
更に婚約者がいる身でありながら別の女性とあいびき宿から出て来る男の姿が。
そんな光景を間近に見て男とは心底盛りのついた猫のようだと思い知った。
男とは不潔で不純だと思うようにもなった。
でも、1年という月日で私はそれなりに立ち直れたと思う。
私にとってレイブルの死は、病について考えるきっかけになったしある意味これからの私の目的となって行った。幸いな事に私を取り巻く環境にはいつも薬草や薬があったし触れられる知識や学べる環境があった事も大きかった。
あっ、それにラピスラズリが閉じ込めてあるペーパーウエイトは今でも大切に使っている。レイブルに渡せなかった誕生日プレゼントだけど。別に彼が忘れられないとかそんなんじゃなくて‥かなり高額だったから。
そんな私に次の相手を見繕って来たのがイザリーナだった。というより彼女の母親アミナ・ドロミティが世話をしたのだが。何でもチャーチルの母親のマルタ様と顔見知りとかで‥それってどの程度なのよ。
”いつまでも悲しんでいるグレイスを放ってはおけない”というイザリーナの押し付けで。
そんな気はないって言ったのに。ほんと、余計なおせっかいとしか。
私には兄のエドワードがいるが、この1年は父に様子がおかしい事でほとんどの領地経営は兄が行っていて、ダーレム伯爵家から婚約の話が来た時に兄は隣国レクナート国に買い付けに出向いていて留守だった。
父はイザリーナに言われるままにダーレム伯爵家からの婚約の話を受けてしまった。
そして我がオーブ子爵家からの資金援助までも取り付けていた。
兄が帰って来てから領主交代を早くしておかなかった事を後悔したが一度交わした約束を取り消すのは出来ない事だった。




