第六章 ログアウト
僕は庇の下で、とある人物を待っていた。雨はさっきより弱くなっていた。
──ガチャリ。
「来てくださりありがとうございます。単刀直入に聞きます。貴方が終劇の執筆者ですね?」
終劇の執筆者は驚き、思わず後ろへ下がった。
「僕の推理、話してもいいですか?」
そう言うと、終劇の執筆者はゆっくりと僕に近づき、庇の下へと腰を下ろした。
……いいってことだよな?
「まず第一の殺人です。
あなたは桐生葵さんの部屋に入り、水をかけたあとスタンガンで殺害した。
その後、ドアについていたネジ式サムターンを外し、扉を閉めてからサムターンを再び取り付けて鍵を閉めた。
そして桐生葵さんの死体が発見され、皆がそちらに気を取られている隙に、あなたはサムターンを内側へ戻した……これで密室は完成します」
終劇の執筆者は静かに頷いた。
……? 静かすぎるな。
「じゃ、じゃあ第二の殺人にいきますね。
あなたは廊下の角に仕掛けを作った。壁にホチキスでピアノ線の片方を固定し、もう片方は手に持って監視カメラの死角に隠れた。
そして白石さんに『急いでこっち来て! でも真ん中の床ボロボロで危ないから壁に寄って!』と声をかけた。
呼び寄せられた白石ゆうとさんが角を曲がった瞬間、あなたはピアノ線を引いた。
白石さんは首を切られ倒れ、同時に引いた衝撃で壁が外れた……そうですよね?」
終劇の執筆者は、視線をゆっくり僕に向け、また頷いた。
……ちょっと怖い。
「つ、つぎですね。第三の殺人……まあ、これは七瀬さんの首を絞めた、ということになります。
けれど七瀬さんの首には“上向き”の絞め跡が残っていた。
つまり、七瀬さんより高い位置から絞めたという証拠です。
椅子やベッドに乗れば、七瀬さんより高くなる……まあ、これは証拠としては弱いですけどね」
僕をじっと見ていた終劇の執筆者は、視線をそらした。
……?
「最後です!! 第四の殺人。
あなたは蓮水さんを刺したあと、血でΔ(デルタ)マークを書いた。
けれど蓮水さんは、そう簡単には死ななかったんです。
これはダイイングメッセージです」
僕は例のダイイングメッセージを書き写した紙を終劇の執筆者に見せた。
△
\ ◯
\ \
「これ、何かわかりますか?」
終劇の執筆者は眉間にしわを寄せ、少し考えたあと、首を振った。
「そうですか……じゃあ説明しますね。
三角は山。丸は太陽。斜線は太陽が山の向こうに沈んでいく軌跡……そう見えませんか?」
終劇の執筆者は静かに頷いた。
「山の向こうへ沈む太陽──夕日、夕暮れ、黄昏。
黄昏は英語で Twilight」
僕は終劇の執筆者の隣に腰を下ろし、まっすぐ横顔を見つめた。
「そうでしょ……N.Y.トワイライトさん!」
N.Y.トワイライトは立ち上がり、庇の外へ出た。
「流石だね。やっぱり君を選んでよかったよ」
彼は雨の中で笑いながら拍手した。
「選んだって……?」
「僕が“君をここに呼ぼう”って言ったんだよ。でも詩羽ちゃんは、桐生が呼んだ。」
短い沈黙が落ちた。小さな雨音だけが響いている。
「……怒らないのかい?」
雨に濡れながら、トワイライトはぽつりと質問した。
「僕は人を叱れるほど偉くないですし……あなたが、なんでこんな事をしたのかも知らないですから」
「じゃあ、僕の“過去”の話聞いてよ」
庇に入るギリギリのところで立ち止まり、N.Y.トワイライトは語り始めた。
三年くらい前かな。
僕は仕事で心を病んでしまってね。
その息抜きに小説を書き始めたんだ。下手だったけど、それでもコメントやブックマークをしてくれる人がたくさんいた。
その中で、僕に直接メッセージをくれた人がいた。
彼女のペンネームは──夕暮レイ。
レイは優しくて、温かかった。
僕の小説をめちゃくちゃ褒めてくれた。
彼女とは特別な関係になり、直接会ったりもした。
この時間が一生続くと思っていた。
一年後。
彼女の小説はどんどん人気になっていった。
僕は嬉しかった。でも、レイは悲しそうだった。
アンチコメントが届くようになったからだ。
その内容は酷かった。
「これで評価されてんのかよゴミじゃん」
「この小説読んでると目が腐る」
「気持ち悪くなる」
最初は1、2件だった。
でもいつの間にか、コメント欄がアンチで埋め尽くされるようになった。
レイは明るく振る舞っていたけど……本当に苦しそうだった。
そして、とある日。
“一線”を越えるコメントが届いた。
「こんな小説書いてるやつ、生きてる意味あるの? 死んだほうがいいんじゃない?」
それが引き金だったのか……レイは、この世からいなくなってしまった。
レイは最後に僕へメッセージをくれた。
「大好きでした。でもごめんなさい。ずっと一緒にはいられません。
私はこの世からさよならするからです。
でも悲しまないでください。この世には私より良い人がいます。
じゃあまたね。」
僕は崩れ落ちた。
数日間、何も食べられないほどショックだった。
レイを感じていたくて、彼女の小説を読み返した。
涙が勝手にあふれた。
その瞬間、僕は復讐を決意した。
「絶対殺してやる。レイから笑顔を奪った奴を、地獄に叩き落としてやる」
震える手で、レイの小説のコメント欄を全部見た。
そこにいたんだ……アンチを繰り返していた“ゴミ”四人が。
グループを組んでいたみたいだった。
だからそこに入り込むため、僕は名前を変えた。
N.Y.トワイライトはその時できた名前だ。
媚びを売ることなんて、復讐のためなら安いもんだった。
そして一年後。
オフ会をしよう、という話が出た。
僕は“チャンスだ”と思った。
ただ、どう復讐するかはまだ決めていなかった。
その時、レイとの会話ログをぼーっと見返していたんだ。
そこで、ある会話が目に止まった。
夕暮レイ「終劇の執筆者って知ってる?」
僕「ニュースで見たよ。それがどうしたの?」
夕暮レイ「なんか憧れない? 自分が物語の事件を起こすって」
僕「は? 何言ってんだよ」
夕暮レイ「変だよね。でもなんか嬉しくない?」
──その瞬間、僕は決めた。
レイの夢を叶えよう と。
レイはよく小説のアイデアを話してくれた。
その中の一つを選んだ。
「これだ!」
『仮名荘殺人事件』
小説家が仮名荘に集まり、そこで殺人事件が起こる。
たまたま迷い込んだ名探偵が、事件を解決する――。
完璧だった。
仮名荘は実在するし、アンチの4人はSakuLoomの小説家だ。
ただ一つ悩みがあった。
都合よく名探偵が迷い込むわけがない。
だから僕は“呼ぶ”ことにした。
名探偵は難しいから、せめて──無名探偵に。
それが、君。
黒田朔之介だよ。
当日。
白石、七瀬、蓮水、桐生の順番で殺すつもりだった。
でも予想外のことが起きた。
桐生に、僕の手帳に挟んであったレイとの記録と、昔の僕の名前を見られたんだ。
だから……僕は桐生を一番最初に殺した。
その後は、まあ……だいたいうまくいった。
蓮水の死体発見のタイミングや、あのダイイングメッセージは完全に予想外だったけどね。
話を終えたN.Y.トワイライトは、庇の中へ戻ると、こちらを見つめて聞いてきた。
「で? 怒る?」
僕は迷いなく答えた。
「怒りませんよ。私は、殺人が“絶対悪”とは思いません。それに“復讐は何も生まない”って言葉にも納得していません。
“復讐をやめろ、あの人はそんなこと望んでない”と言う人もいますけど……あなたはあの人じゃないし、あの人を一番知っていたのは犯人のほうでしょう。偉そうに語るのは、ちょっと違うと思います。どう思います?」
N.Y.トワイライトは一瞬、目を丸くしたが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
「なんだよそれ! だから君は殺人事件に好かれるんだな!
これからも君はいろんな殺人事件に巻き込まれるよ!!」
笑っている彼を見て、僕は少しだけ安心した。
「中に入りましょう」
ガチャリ。
扉を開けた途端、詩羽の怒号が飛んだ。
「お前が犯人なんだろ! トワイライト!!」
朝倉涼、雨裂ミドリ、フィレモン灯もいて、みな険しい表情で立っていた。
「なんでそんなことを……!!」
彼らの怒りが部屋に満ちていた。
「自首するから……今日はもう寝かせてくれない? 何もしないから……」
怯えた声でN.Y.トワイライトは言った。
「……しょうがないな。みんな、今日は寝よ」
詩羽がそう言うと、重い雰囲気のまま散り散りに部屋へ戻っていった。
翌朝。
小鳥のさえずりで僕は目を覚ました。外は明るく、まるで昨日の嵐が嘘のように元気な空が広がっていた。
食堂へ行くと、みんなはトーストを食べていた。
「ほら、早く食べろよ」
フィレモン灯に促され、僕もテーブルのパンを取り食べ始めた。
食べ終える頃、朝倉涼が言った。
「トワイライトは? まだ起きないのか?」
その瞬間、詩羽が椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
「逃げたんじゃないのか!?」
彼女は食堂を飛び出し、僕たちも慌ててN.Y.トワイライトの部屋へ向かった。
僕は彼が逃げたとは思わなかった。
でも、胸のざわつきは「急げ」と叫んでいた。
「開けろ!!」
詩羽がドアを激しく叩く。
「ぶち開けるぞ」
フィレモン灯が言い、肩で勢いよくドアに体当たりした。
ドンッ。
開いた部屋には、ひやりとした空気が流れ込んできた。
「トワイライト!」
詩羽はベッドで眠るN.Y.トワイライトに手を伸ばした。
「っ……冷たっ!」
その一言で、全員が凍り付いた。
「どういことですか?……まさか……」
「死んでるよ」
僕は駆け寄った。
彼の顔は、不思議なほど穏やかで、どこか満ち足りているようだった。
「……?」
ベッド脇の棚に一枚の紙が置かれていることに気づいた。
そっと手に取る。
――ありがとう
迷惑かけてごめんね。僕はここでさよならだ。
レイが書いた『仮名荘殺人事件』の最後は、犯人が死ぬんだ。
僕は紙をそっと棚に戻した。
部屋にはまだ昨日の夜の冷たさが残っていたがN.Y.トワイライトの顔は暖かかった。
「……そう、ですか、」
胸の奥には重くもない軽くもない、何かが沈んでいた。
怒りでも悲しみでもなく――ただ、ひとつの物語が静かに幕を閉じたような感覚だった。
詩羽は奥歯を噛みしめていたが、それ以上は何も言わなかった。
朝倉涼も、雨裂ミドリも、フィレモンも、誰も声を発さない。
窓の外では、昨夜の雨の名残がゆっくりと軒先から落ち続けている。
やがて詩羽が小さく息を吐いた。
「……それじゃ食堂で助けを持とう。ここにいても何もない」
僕たちは誰も言葉を交わさないまま、部屋をあとにした。
足音だけが廊下に薄く響いては消えた。
こうして――
仮名荘での四つの死と、ひとつの遅れた復讐は、静かに終わりを告げた。




