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第三章 見えない


 桐生葵の死が発覚してから、山荘の雰囲気は完全に変わった。

 晴れ渡っていた空は、まるで真相を隠すように、ぽつりと雨を落とし始めた。

 唯一の道だった吊り橋は落ちていて、警察に知らせる術も断たれている


「あっで、でさ……あの結局」

 食堂に集まった僕らの沈黙を破ったのは白石ゆうとだった。

 さっきまでは明るく振る舞おうとしていたのに、その顔色は悪い。


「葵ちゃんの死因ってか、感電…なんでしょ」

「多分ですだけど、水かけられてその後スタンガンで…」

 言葉にするのが怖い。

 でも言わなきゃ前には進めない。


「密室……感電……どこかで」

 白石ゆうとはブツブツ言いながら下を向いている。

「どうしたんですか?」

 僕は白石ゆうとに声をかけたが無視された。

「あ!!思い出した!!葵ちゃんの小説だよ!」

 白石ゆうとは大声を上げ立ち上がった。

「は?小説?」

「雨の音、鍵の音!葵ちゃんの代表作!それと死に方が全く一致だよ。」

「ほんと!?じゃあどうやって密室を作ったの?!?!」

「ドアロックを使ったトリックだよ……だからここではできない。」

 詩羽は白石ゆうとの言葉に肩を落とし座った。

「部外者の可能性あるんじゃねぇの?やばいオタクが――」

「そんなわけないだろ!!!!」

 フィレモン灯は足を組みながら喋っていたが力強い声に遮られた。

「吊り橋はこっちから落とされたんだ!!!!部外者がいるわけない!!!」

 勢いに食堂は静まり返った。

「どこかに隠れてるんじゃね?」

 N.Y.トワイライトは言った。

「確かに探してみよう!」

 白石ゆうとは大声で言ったが元気はなさそうだ。


 皆は手分けして12時まで誰かいないかを探すことになった。

 僕は二階を探すことになった。

 2階には僕たちの部屋がある。ドアの前に印があり僕は⑧の部屋を使っている。

 それぞれ①は蓮水ピクト、②はN.Y.トワイライト、③は白石ゆうと、④は雨裂ミドリたが七瀬つかさの部屋へ移動した、⑤は詩羽、⑥は七瀬つかさ、⑦は桐生葵、⑨は朝倉涼、⑩はフィレモン灯だ。


 僕は二階を探索していると文字がはげていて読めない部屋を見つけた。

 文字のはげた扉の前に立った瞬間、ひやりとした空気が肌を撫でた。

「なんて書いてあるんだ……か? 力? カ?」

 よく目を凝らすと、かすれたペンキの下に何かの文字が沈んでいる。誰かが意図的に削ったようにも見えた。

 僕はごくりと唾を飲み込み、扉に手をかけた。


 きぃ、と静かに開いた室内は、薄暗いどころじゃない。

 まるで“長いあいだ誰にも触れられていませんでした”と主張するように、空気が重く淀んでいる。

 部屋の中央には、古びた机。

 そして壁一面に――年代物のモニターがずらりと並んでいた。


 埃だらけで、黒い画面は僕の影をゆがんで映し返すだけだ。

「監視……カメラ?」

 呟いた声が、自分でも驚くほど小さく響いた。


 床には細かい砂ぼこりが積もり、誰かが最近歩いた気配はない。

 窓もなく、空気は湿っぽい。雨の匂いさえしない、密閉された空間。

 それなのに、不思議と背中のどこかが“見られている”と訴えてくる。

 僕は机の上にあったスイッチのようなものを押した。

 ――ぱちっ。


 ひとつの画面が点灯し、何かがうっすら映りはじめる。

 古いブラウン管のような低い唸りとともに、他のモニターも順番に光を帯びていった。


 白黒の映像。

 時間が少し遅れて動くような、ノイズまじりの画面。

 だけど確かに、皆の姿が映っている。

 僕は一歩、自然と後ずさった。

 知らないうちに、僕たちは誰かの目の中にいた――そんな錯覚が背筋を走った。

 そして何より嫌だったのは、

 モニターの映す範囲がとてつもなく“狭い”ことだった。

 廊下は真ん中だけ、部屋はドア付近だけ。

 死角だらけの映像は、見える部分より“見えない部分”の方が圧倒的に多い。


 これじゃあ……

 これじゃあ、何が起きても“写らない”じゃないか。


 僕は椅子を引き寄せ、モニターへ顔を近づけた。

 死角が多すぎる。あまりにも。


 例えば廊下のカメラ。

 中央だけは映っているが、壁際はほぼ真っ黒だ。

 部屋のドアの前を通るとき、ほんの数歩でも寄り道すれば……もう映らない。

 誰かが走っても、誰かを押しても、

 壁に沿って歩かれたら――全部、見えない。

 僕はモニターに手を伸ばし、指先で画面をなぞった。

 そこだけノイズが走り、ざざ、と乱れる。

「……これ、本当に生きてるのか?」

 一台、二台と順番に見ていく。

 全部が古い。全部が薄暗い。

 まるで“監視している”というより、

 “監視していた記録だけが残っている”ようにさえ見えた。


 四台目まで確認したところで、空気の流れがふっと変わった。


 背中に、人の気配。


「何してんの?」


「わ!!!!」


 飛び上がるように振り返ると、詩羽が立っていた。

「いや!!なんで?!」

 自分でも情けない声が出た。

「は? なんかごめん」

 詩羽は眉をひそめて部屋を見回した。

 薄暗さに気付いたのか、一歩だけ中へ入る。

「いや……違くて……監視カメラに、映ってなかったからさ。さっきまで」


 詩羽は少しだけ首を傾けた。

 その仕草が、妙に冷静で、逆に怖い。


「壁側を歩いてきたからじゃない?」

「え?」

「ほら、これ古いし。映す範囲、めっちゃ狭いんだよ。真ん中以外、ほぼ死角でしょ?」


 そう言って、詩羽は僕の横をすり抜け、モニターの前に立つ。

 画面に近づいた横顔は落ち着いていて、むしろ無関心にすら見えた。


「……こういうの、頼りにしすぎると痛い目見るよ。っておじいちゃんが言ってた。」


 詩羽はそれだけ言うと、来た時と同じ静かな足取りで出口へ向かった。

 足音は小さく、まるでこの部屋に溶けて消えていくようだった。


 扉が閉まる瞬間、ほんの一瞬だけ、モニターの画面がざざっと揺れた。

 誰かが通ったのか?

 それとも――ただのノイズか?

 僕はもう一度、モニターに目を凝らした。

 しかし死角は依然として暗いまま、何も映さない。

 


 12時になり皆が食堂に帰ってきた。

「……腹減ったなぁ」

「全員集まったらお昼ご飯食べましょ!!」

 七瀬つかさは元気な声で言ったが1日目に比べたら力がなくなかっていた。

「あれ?まだ全員集まってなかったたのかぁ?」

「先生がいませんね」

「もう〜12時半過ぎてるよ〜」

「どうする?探しに行く?」

「探してる間に戻ってくるかもだから残る組と探す組で分けよう。」


 そして探す組はフィレモン灯、雨裂ミドリ、詩羽、僕、残る組は朝倉涼、N.Y.トワイライト、七瀬つかさ、蓮水ピクトになった。

 探す組の中でもグループを分け一階担当僕、フィレモン灯、二階担当詩羽、雨裂ミドリになった。


 何処にいるのんだろ?白石ゆうとさんは時間を破るようなタイプには見えないけど。

 その時大きな悲鳴が聞こえた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 フィレモン灯の声だ。

 その震え方だけで、何が起きたかまではわからなくても――取り返しのつかないことが起きたと、身体が先に理解した。

 僕は反射的に駆け出した。

 雨で湿った廊下の冷気が肺を刺し、角を曲がるたびに心臓が跳ね上がる。

 嫌な予感だけが、先に足を引っ張る。


「フィレモンさん!どこですか!」


 返事はない。

 廊下の突き当たり。

 ただの壁だった場所に――今日は違和感がある。

「大丈夫ですか!」

 壁にもたれ込むフィレモン灯の肩に触れた。

 彼は震え、口を開けたまま声にならない息を漏らしている。

「あぁ……あぁぁ……」

 彼の視線は僕を素通りし、

 僕の真横、壁際の一点に釘付けになっていた。


 僕はゆっくりとそちらを向いた。


 そこに、白石ゆうとが倒れていた。


「……白石さん?」


 一歩近づくごとに、世界が冷たくなる。

 横向きに崩れた姿は、まるで力が抜けてその場へ落ちたようだった。

 伸びた手だけが、最後に何かを求めた痕跡を残している。

「白石さん!!」

 僕はかがみ込み、肩に触れた。

 冷たい。

 雨に晒された鉄みたいに、ありえないほど冷たい。

 呼吸はない。

 瞳は、もう僕たちの世界を映していない。


 そして――


 首に一本、ありえないほど細く、まっすぐで、深い切り傷。

 刃物だろうか?

 いや、刃物にしては縁があまりにも均質すぎる。

 切断寸前で止められたような、恐ろしい正確さ。

「なにがあった!?」

 後ろから駆け寄ってきた仲間たちの声が重なる。

 七瀬つかさは喉を押さえ、雨裂ミドリは硬直したまま口が開いたり閉じたりしている。

 朝倉涼は言葉もなく、一歩も動けない。

 山荘が、音を失ったようだった。

 聞こえるのは雨が窓を叩く音――この場所だけが、別の世界に隔離されたみたいに冷たい。

 僕の視線は、白石のそばの壁へと吸い寄せられた。

  

 張りつめた沈黙を破ったのは朝倉涼の声だった。

「監視カメラ!」

「それじゃ、犯人映ってますよね?」

 雨裂ミドリの声が弾んだ瞬間、皆は期待に背中を押されるように早足で監視カメラ室に向かった。

 だが、詩羽だけは歩調を乱さず、ゆっくりと歩いていた。

 そう詩羽も知っている

 この胸騒ぎの正体をあの監視カメラには、広い死角がある。


 皆は肩を落とした。

 僕の予感は当たっていた。白石ゆうとが殺された瞬間は、どこにも映っていなかった。

「だと思ったよ!」

 殺された瞬間が映ってなかった衝撃より詩羽のドヤ顔のほうが衝撃だった。


「これ見えないだよ!」

 朝倉涼は大きな声で言った。

「あ?あぁ……そうだな見えなかったな」

「違う!先生の代表作"見えない"だよ!やっぱり代表作と同じ死に方だ!」

 その瞬間、場の空気が凍った。

「小説通りの事件……まるで終劇の執筆者だね」

 蓮水ピクトはそう言い笑った。

「キモいやつだな」

「食堂!!」

 詩羽は叫び声を残して走り去ってた。

 皆も息を弾ませ、少し早足で食堂に向かった。

 皆が集まり座ったら詩羽が喋り始めた。

「これでわかったね内部の犯行だって」

「でも――」

「あんなに探したのに見つからなかったんだから」

 言葉が終わるや否や、空気が凍った。

 誰もが視線を巡らせ、音ひとつに耳を澄ませる。

「じゃあ!!あんた!あ、あんたが犯人なんじゃない!!!」

 七瀬つかさはフィレモン灯を指差し、こえが震えている。

「あ?俺がなんで?」

「あんた以外怪しいやつなんていないからだよ!!!!」

 七瀬つかさは叫ぶと、まるですべてを振り切るかのように食堂を飛び出した。

 廊下に残るのは、彼女の足音が遠ざかるリズムだけ皆は言葉を失い、目を合わせる息遣いだけが、異常に大きく感じられる

「なんで……どうして?!?あれ、私のせいなの……?」

 七瀬つかさの声は、遠くに消えゆく足音と混ざり廊下に悲痛な余韻を残した。

「な、なんだ?」

「なんかおかしかったねぇー」


 僕は窓の外に目を向けた。

 空はさらに暗く、冷たい雨が勢いを増して落ちている。

 雨粒がガラスを叩く音がまるで世界の不安を映し出すかのようだ。

 鼓動を整えながら、僕は深く息を吸う。


 

 

 

 

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