プロローグ
それは、小説投稿サイト〈SakuLoom〉の一つの投稿から始まった。
その作品の名前は『閉じ込められた部屋、1つの嘘』。
作者の名は〈Λ〉。
プロフィール欄は空白で、過去の投稿も一切なし。
この作品は探偵の主人公が一人の作家の死の真相を暴く、ごく普通の密室ミステリーだった。
読み始めた当初は誰も気づかなかった。
だが、物語の終盤に差し掛かる頃、空気が一変する。
すべての真相が暴かれた直後、最後の一文奇妙な署名が残されていた。
――「私はこの小説通りの事件を起こす」
読者の大半はそれを"凝った演出"と受け取った。
"終わりまで作品なんだ、天才だ"とコメントする者もいた。
それが、ただの悪趣味な宣伝なのか、それとも本気なのか――
そんな議論が生まれるほどには注目を集めていた。
やがて『閉じ込められた部屋、1つの嘘』はSNSで拡散され、「無料で読める傑作ミステリー」として数万のいいねを集めた。
そして、一週間後。
東京都内のマンションの一室で、一人の若い作家が遺体で発見された。
警察は当初、怨恨による犯行とみた。
だが、遺体の位置、凶器の形、部屋に残された鍵の位置――
それらは、どこかで見覚えがある光景だった。
最初に気づいたのは、SNSのとあるユーザーだった。
「東京のマンション起こった事件、Λの小説にそっくりじゃない?」
たった一行のポストは、数時間で数万件リポストされた。
〈SakuLoom〉のユーザーたちは震える指で再びページを開いた。
一文一文を追うたびに現実が小説をなぞっていく。
登場人物の名前だけが、現実と違っている。だが、それ以外のすべてが――酷似している。
程なくして作者〈Λ〉のアカウントは削除された。
投稿も消え、痕跡は跡形もなく消えた。
それでも人々の記憶からは消えなかった。
ネット上では「作者は事件の犯人だ」「いや、模倣犯が現れただけだ」と騒がれ、YouTubeには考察動画が溢れ、都市伝説として語られ続けた。
やがて誰かが、あの一文を引用していった。
「"終劇の執筆者"が現実を書き換えたんだ。」
それが仮名荘に続く、最初の幕開けだった。




