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第8話 分裂する町と、祭りの誓い

 

 グランフォート・リゾーツという黒船の来航は、神鳴町に、甘い期待と同時に、醜い亀裂を生み出していた。

「――君たち、大企業へのやっかみはみっともないぞ!」

 地域振興課のオフィスで、課長が声を荒らげた。俺と清川紬が調査結果を報告した直後のことだった。

「これは町が生まれ変わる千載一遇のチャンスなんだ! それを潰すような真似は許さん!」

 完全に、かのコンサルタント・黒川の甘言に酔っている。もはや何を言っても無駄だった。

 俺たちは、町民たちにもグランフォート社の危険性を説いて回った。だが、反応は芳しくない。

「そんなの、ただの噂だろ。大企業を妬んでるだけじゃないのかい」

「開発の邪魔をする気か。俺はこの土地が売れたら、息子の家のローンを払ってやれるんだぞ」

 特に、都会に出て行った子供の仕送りに頼る親世代や、土地の売却益を期待している人々からの反発は強かった。

 町は、開発に賛成する「推進派」と、俺たちの情報を信じ始めた権爺やキヨさんたち「慎重派」に、真っ二つに分裂してしまった。これまで仲良く笑い合っていたはずの隣人同士が、互いに疑いの目を向け、町全体に不穏な空気が流れ始めていた。

 ◇

 その日、俺は見てしまった。

 シャッター商店街で、紬が数人の主婦たちに囲まれているのを。推進派のリーダー格の連中だ。

「紬ちゃん、あんたが開発に反対してるんだって?」

「せっかく息子が帰ってくるかもしれないチャンスを、あんたが潰すのかい!」

「あんたはいいわよね、役場でちゃんとお給料もらってるんだから! 私たちの苦労も知らないで!」

 矢継ぎ早に浴びせられる、棘のある言葉。紬は「町の未来のためには、慎重になるべきです…!」と必死に反論しようとするが、多勢に無勢だ。彼女が、まるで「町の裏切り者」であるかのように、孤立していく。

 俺が助けに入ろうと一歩踏み出した、その瞬間だった。

 紬は、唇を強く噛みしめると、顔を上げた。その瞳には、涙はなく、ただ強い意志の光だけが宿っていた。

「…失礼します」

 彼女はそれだけ言うと、毅然とした態度で頭を下げ、主婦たちの間をすり抜けて歩き去った。その小さな背中が、やけに大きく見えた。

 ◇

 その夜、俺は黙り込んでいる紬を、夜の神鳴神社へと連れ出していた。「ちょっと付き合え」と、半ば強引に。

 静まり返った境内の石段に並んで座る。見下ろせば、町の小さな明かりが、まるで弱々しい星のように瞬いていた。

「……私、間違っているんでしょうか」

 紬が、ぽつりと呟いた。

「みんなの幸せを、邪魔しているだけなんでしょうか……?」

「てめぇが間違ってるとは思わねぇ」

 俺は、即答していた。

「本当に大事なモンは、金じゃ買えねぇだろ。違うか?」

 俺の言葉に、紬がはっと顔を上げる。

「……お前が守りたいもんは、なんだ?」

 問いかけると、彼女の瞳から、堰を切ったように涙が一筋こぼれ落ちた。だが、その声は震えていなかった。

「私が守りたいのは、この町の景色と……人の温かさです」

 そして彼女は、涙を拭うのも忘れ、俺の目を真っ直ぐに見つめて、力強く宣言した。

「決めました。私は、私たちの手で、この町を魅力的にしてみせます。お金なんかに頼らなくても、この町は素晴らしいんだって、証明してみせます。その第一歩が、神鳴祭の復活なんです!」

 その瞳の強さに、俺は何も言えなくなった。

 ◇

 翌日、公民館に集まった権爺やキヨさん、龍二たちを前に、紬は改めて「神鳴祭復活」を宣言した。彼女の覚悟に満ちた演説に、慎重派の町民たちは心を動かされ、万雷の拍手で応えた。

 町の再生に向けた、小さな、しかし確かな反撃の狼煙が上がったのだ。

 だが、その動きを、あのコンサルタント・黒川が見逃すはずがなかった。

「八神くん! 大変だ!」

 数日後、課長が血相を変えて俺たちの元に駆け込んできた。

「祭りのための寄付金が、一件も集まっとらん! それに、警察から、祭りで使う山道は安全上の理由で、使用許可は出せんと言ってきた!」

 やはり、来たか。

 黒川の差し金だ。奴が、推進派の有力者や、事なかれ主義の警察に手を回したに違いない。そして、その裏には、あの男の影がちらついている。田畑組合長だ。

 隣で、紬が息を呑むのが分かった。

 だが、俺の心は妙に静かだった。むしろ、闘志が湧き上がってくるのを感じていた。

「……上等じゃねぇか」

 俺は、不敵な笑みを浮かべた。

 正攻法が通じねぇなら、こっちにも考えがある。

 てめぇらがその気なら、俺も、やり方を変えさせてもらうぜ。

 鬼が、再び目を覚ます音がした。

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