表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/21

第19話 それぞれの戦い

 

 清川紬が提案した、無謀な「賭け」により、「神鳴の水」プロジェクトは、二つのチームに分かれて進められることになった。

 一方は、橘圭吾が率いる「チームA」。

 役場の一室に陣取った彼らは、まさにエリート集団だった。圭吾が都会から呼んだという、マーケティングやデザインの専門家たちが、MacBookを駆使して、効率的かつクールに仕事を進めていく。彼らが担当するのは、プロの業者に発注した、洗練されたデザインの「通常版ラベル」だ。

 そしてもう一方は、俺と紬が率いる「チームB」。

 公民館を拠点とする俺たちは、権爺やキヨさん、龍二に町の主婦たちを加えた、良く言えばアットホーム、悪く言えばただの「寄せ集めチーム」だった。

 時折、圭吾が視察と称して公民館にやってきては、腕を組んでこう言い放った。

「無駄が多いな。その動線では、作業効率が三割は落ちるぞ」

「八神。おしゃべりをやめさせろ。そんなやり方では、納期に間に合わなくても知らんぞ」

 その正論すぎる指摘マウントに、俺は苛立ちを募らせながらも、ぐっと堪えるしかなかった。

 ◇

 チームBのラベル貼り作業は、案の定、問題が続出した。

「おお、いかん。曲がっちまったわい」

「龍二!あんた、またラベルを破ったのかい!」

「まあ、お隣さん、聞いてよ。うちの孫がねぇ…」

 手が震えてしまうお年寄り。おしゃべりに夢中な主婦たち。絶望的に不器用な龍二。

 俺は、イライラを抑え込み、持ち前の面倒見の良さ(と、元ヤンのドス)を駆使して、一人一人に根気よく教えて回った。

 そんな中、紬が素晴らしいアイデアを出した。

「ただ貼るだけじゃなくて、一枚一枚に、皆さんの手書きのメッセージとサインを入れませんか?」

 その一言で、公民館の空気は一変した。

「おお、わしの達筆を見せてやるわい!」と権爺が墨と筆を持ち出し、「あら、素敵!買った人が幸せになりますように、って書こうかしら」と主婦たちが色とりどりのペンを握る。

 作業効率は、さらに地の底まで落ちた。

 だが、公民館には、これまでで一番の笑顔と活気が満ち溢れていた。その温かい光景を見ながら、俺は、これこそが「俺たちがやりたかった町おこしだ」と、確信していた。

 ◇

 とはいえ、日中の作業だけでは、到底納期には間に合わない。

 俺と紬は、毎晩のように役場に残り、二人きりでラベル貼りの内職作業をするのが日課になっていた。

「宗介さん、お疲れ様です。夜食、作ってきました」

 紬が差し出してくれたのは、綺麗に握られたおにぎりだった。俺は恐る恐る口に入れる。……うまい。今回は、ちゃんと塩味の、美味いおにぎりだ。

「よかった…。今回は、プロテインも、クエン酸も入れてませんから」

 そう言って、悪戯っぽく笑う紬。その笑顔に、俺の心臓がうるさく鳴る。

 静かなオフィス。隣り合って、黙々と作業を進める。

 疲れてうたた寝を始めた彼女の寝顔を、そっと眺める。無防備なその顔が、愛おしくてたまらない。俺は、自分の上着を、彼女の肩にそっとかけた。

 ふとした瞬間に目が合い、お互いに照れてしまい、慌てて手元に視線を戻す。

 こんな時間が、永遠に続けばいいのに。

 圭吾への対抗心だけじゃない。「紬をがっかりさせたくない」という強い想いが、今の俺の、一番の原動力になっていた。

 ◇

 納期ギリギリの最終日。俺たちは、なんとか「特別版ラベル」のボトルを完成させた。

 一本一本、ラベルの貼り方は少し不格好で、曲がったり、シワが寄ったりしている。だが、そこには温かい手書きのメッセージが添えられており、明らかに「人の手」が作ったものだと分かる、唯一無二の商品が出来上がっていた。

「おお!わしらの水が、できたぞ!」

 完成したボトルを前に、権爺たちが我が子のように喜んでいる。

 そこへ、圭吾がやってきた。

 彼は、プロが仕上げた、完璧で、寸分の狂いもない「通常版ラベル」のボトルを、誇らしげに掲げてみせた。

「やはり、美しいな。商品とは、こうでなくては」

 そして、俺たちの不格好なボトルを一瞥すると、ふっと鼻で笑った。

「お疲れ様、八神。お遊戯会は、楽しかったか?」

 その、あまりに人を食った挑発に、俺の堪忍袋の緒が切れかかった。掴みかかろうとした、その瞬間。

「――見ていてください、圭吾くん」

 俺と圭吾の間に、紬が静かに割って入った。

「どちらの商品が、本当に人の心を掴むのか。私たちの『賭け』は、ここからです」

 対照的な二種類の「神鳴の水」。

 ネットでの販売開始時刻が、刻一刻と迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ