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第17話 新たな挑戦と、帰ってきた男

 

 清川家の巌お父さんという、ラスボス級の障壁(?)を乗り越えた俺たちは、名実ともに「公認カップル」となっていた。

 役場内でも、もはや俺たちの関係を隠す必要はなくなり、周りからは常に温かい(というか、ニヤニヤした)目で見守られる日々だ。

「宗介さん、はい、お弁当」

 昼休み。紬が、可愛らしい風呂敷に包まれた弁当箱を俺のデスクに置く。

「お、おう…サンキュ」

 蓋を開けると、彩り豊かな、完璧な見た目のお弁当が鎮座していた。だが、唐揚げを一口頬張った俺は、そのあまりの健康志向な薄味と、後から追いかけてくる生姜の風味に、思わず涙目になった。隠し味に、何をどうやったらプロテインを入れようと思うんだ。

「ど、どうですか…?」

「う、美味い。すげぇ美味い」

 愛ゆえに、俺は米で味をリセットしながら、完食した。

 町を歩けば、「宗介! 紬ちゃんを泣かせたら承知せんぞ!」「二人とも、いつ祝言はあげるんだい?」と、会う人会う人に声をかけられる。

 平穏とは程遠いが、こんな日々も、悪くない。

 ◇

 町の自立を目指すための、新たな挑戦が始まっていた。

 役場の会議室。俺と紬は、町の有力者たちを前に、プロジェクトのプレゼンを行っていた。

「私たちが目指すのは、この町の宝物――『神鳴の水』の商品化です!」

 紬が、古文書の記述や水質調査の結果を元に、この水の価値を熱弁する。その瞳は、自信と希望に満ち溢れていた。

 続いて俺が、市場調査や事業計画の骨子を説明する。

「初期投資はクラウドファンディングの余剰金と、町の振興予算で賄う。まずは小ロットで生産し、ネット販売と、ふるさと納税の返礼品からスタートする。販路拡大は、その後の課題だ」

 俺たちの完璧なコンビネーションに、権爺やキヨさんたちは、うんうんと頷いている。

 一度は敵対した田畑組合長も、腕を組みながら「ふむ…町の農業にもプラスになるというなら、考えてやらんでもない」と、前向きな姿勢を見せていた。

 町は、一枚岩となって、新たな挑戦に乗り出そうとしていた。

 ◇

 そんな希望に満ちた、ある日の昼下がりだった。

 俺と紬が役場の前を歩いていると、一台の長距離バスが、プシューという音を立てて停まった。

 そこから降りてきたのは、都会の空気を纏った、爽やかなイケメンだった。見覚えのある顔だ。

「紬? それに……八神か? 久しぶりだな」

 男は、俺たちに気づくと、人懐っこい笑みを浮かべた。

「圭吾くん!?」

 紬が、驚きの声を上げる。

 男の名前は、橘圭吾。俺と紬の、もう一人の幼馴染。

 紬とは家も近く、子供の頃から仲が良かった。文武両道、品行方正。高校時代は生徒会長だった紬の右腕(副会長)を務め、俺とは真逆の「光」の道を歩んできた男。都会の一流大学を出て、大手コンサル会社に就職したと聞いていた。

「どうして、神鳴町に…?」

 紬が、昔のように屈託なく、親しげに話しかける。その光景に、俺の胸の奥が、チリッと小さく焦げ付いた。

 嫉妬、という感情を、俺は初めて明確に自覚した。

 ◇

 俺たち三人は、近況報告のため、キヨさんの店にいた。

 圭吾は、にこやかに、しかし圧倒的な自信を持って、俺たちにこう告げた。

「会社を辞めてきたんだ。これからは、俺もこの町の再生に協力したい」

 彼は、俺たちが進めている「神鳴の水」プロジェクトについて、あっという間に本質を理解してみせた。

「素晴らしいと思う。だが、情熱だけではビジネスは成功しない。俺が都会で学んだマーケティングと経営の知識で、このプロジェクトを本物の『事業』にしてみせる」

 彼の口から語られるのは、市場分析、ブランディング戦略、サプライチェーンの最適化など、俺たちの知らない、ロジカルで、スケールの大きな「ビジネスプラン」だった。それは、祭りの成功で少し浮かれていた俺たちに、冷や水を浴びせるようなものだった。

 圭吾は、紬に向かって、優しい眼差しで言う。

「紬。君の頑張りは、ずっとネットで見ていたよ。これからは、俺が君をビジネスの面で支える」

 その言葉は、まるで好意の告白のようにも聞こえた。

 そして、彼は、俺に向き直った。

 爽やかな笑顔のまま、しかし、その瞳の奥には明確な敵意を宿して、言い放った。

「八神。お前がやったことも聞いている。相変わらず、やり方は無茶苦茶だな。だが、これからはビジネスだ。お前のような『素人』の出番は、もう終わりかもしれないな」

 恋のライバルか。町おこしのライバルか。

 その両方だろう。

 俺と圭吾の間に、見えない火花が散る。

「まあ! 圭吾くんが帰ってきてくれて、心強いわ! これでプロジェクトも安泰ね!」

 その緊張感をぶち壊したのは、俺の恋人の、少しズレた、しかし曇りのない笑顔だった。

 俺の、恋人としても、町の功労者としても、新たな試練が始まる。

 俺は、隣で嬉しそうにしている紬の横顔を見ながら、覚悟を決めた。

 誰にも、こいつも、この町も、渡してなるものか、と。

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