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第10話 祭りの灯火、ふたりの想い

 

 その日、神鳴町は、十年ぶりに目を覚ました。

 雲一つない快晴の下、町はお祭りムード一色に染まっていた。十年ぶりの「神鳴祭」。その響きだけで、町民たちの顔は、誰もが誇らしげに輝いていた。

 昼間のハイライトは、山からの神輿の渡御だ。

「そら引け!」「もっと声出せ、腹から出せ!」

 俺は、いつの間にか法被を羽織り、神輿担ぎの中心で声を張り上げていた。なんだかんだで、こういう祭りのノリは嫌いじゃない。

 隣では、龍二たち建設業の若者と、権爺たち老人が、一緒になって重い神輿を担いでいる。世代を超えて、一つのことに向かって力を合わせる。その光景に、沿道に集まった町民たちから、割れんばかりの歓声が上がっていた。

 世話役として忙しなく走り回る清川紬が、時折こちらを見て、眩しそうに目を細めているのが分かった。

 その熱狂を、一人だけ、苦虫を噛み潰したような顔で見ている男がいた。黒川だ。

「……たかが祭りで、くだらん」

 吐き捨てるようなその呟きは、祭りの喧騒にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

 ◇

 夜。祭りの舞台は、神鳴神社へと移った。

 境内に設けられた舞台の周りでは篝火が焚かれ、辺りは幻想的な雰囲気に包まれている。いよいよ、祭りのクライマックスである「神楽舞」の始まりだ。

 静まり返った境内に、凛とした鈴の音が響く。舞台に現れたのは、白と緋色の美しい巫女装束に身を包んだ、清川紬だった。

 普段の垢抜けない姿とは、まるで別人だ。月明かりと篝火に照らされたその姿は、神々しいまでに美しい。

 彼女が、厳かに舞い始める。

 しなやかな手足が宙を切り、清らかな鈴の音が夜気に響く。その一挙手一投足から、目が離せない。

 町の未来を憂い、たった一人で戦ってきた彼女の、清らかで、力強い舞。

 俺は、その姿に、完全に心を奪われていた。

 守りたい。ただ、漠然と、そう思った。

 ◇

 舞を終え、人知れず舞台裏で息を整えている紬の元へ、俺は吸い寄せられるように近づいていた。

「……見事だった」

 俺が素直な感想を告げると、紬は驚いたように顔を上げ、そしてはにかんだ。

 俺たちは、人々の喧騒から離れ、神社の裏手にある静かな場所へと歩いた。見下ろせば、祭りの無数の灯りが、町を優しく照らしている。

「父や母が出て行った時、私はこの町が嫌いでした」

 紬が、ぽつりぽつりと語り始めた。

「でも、都会に出てみて分かったんです。私には、この景色しかないんだって。守りたいものが、ここにしかなかったんだって」

 そして、彼女は涙を浮かべながら、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「私が本当に守りたかったのは、この景色と……そして、ここにいる、八神さんのような人たちです」

 それは、感謝であり、仲間への信頼であり、そして、紛れもない、彼女からの告白だった。

 俺は照れ隠しに空を見上げた。

「……悪くねぇ景色だな」

 そして、向き直り、不器用ながらも彼女の涙を親指でそっと拭う。

「この町も、あんたも、俺が守ってやる」

 そんなクサいセリフは、まだ言えない。だが、その決意は、言葉にしなくても二人の間に確かに通じ合っていた。

 その時だった。

 ヒュルルル……という、軽やかな音が夜空に響いた。

 次の瞬間、ドン!という音と共に、夜空に一発の大きな花火が咲いた。

 驚く俺のスマホが震える。画面には、龍二からのメッセージ。

『宗介さん! クラファンの金、ちょっと余ったんで、サプライズで花火上げときやした! 紬さんにも、よろしく言っといてください!』

 あの野郎、粋な真似をしやがる。

 次々と打ち上がる花火に、下からは町民たちの大きな歓声が上がっていた。

 花火の光が、俺たち二人を照らし出す。

 俺は、今度こそ、紬の肩をそっと抱き寄せた。彼女は、驚いたように少しだけ身を硬くしたが、やがて、おとなしく俺の胸に顔をうずめた。

 二人の影が、寄り添うように一つになる。

 十年ぶりに灯った祭りの灯火と、夜空を彩る大輪の花火が、俺たちの未来を、ただ静かに祝福していた。

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