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第9話 出撃、その名は英雄

 衛兵が、息も絶え絶えに第二王子シルヴァンという人物が危険な状態であることを伝えてきた。


(ほーう、シルヴァン王子だと? 知らんな。だが、王族がピンチとは、いよいよ面白くなってきたじゃないか!)

 俺の口元には、自然と不敵な笑みが浮かんでいた。


 玉座の王は、先程までのどこか俺を面白がるような余裕のある表情から一変し、顔面蒼白、明らかに狼狽している。

 その目は大きく見開かれ、震える手で玉座の肘掛けを掴んでいるのが見て取れた。

(まあ、実の息子が生命の危機に晒されていると聞けば、一国の王とて動揺するのは当然というものか。家族の絆というのは、なかなかどうして、厄介なものだな。俺には縁がないが)


 王は近くに控えていた年配の家臣と、小声で何かを早口に囁き合っている。

 その家臣もまた、深刻な表情で何度も頷いていた。

 そして、王は一度深く俯き、何かを決意したように顔を上げると、すがるような目でこちらを真っ直ぐに見据えた。


「優殿! そなたのその……計り知れぬ力を、今こそ我が国のために貸してはくれまいか! アリュールと共に、我が息子シルヴァンを救い出してほしいのだ!」


 もはや懇願に近い形で、俺にその重責を託してきた。

(ふん、ようやくこの俺の真価を理解し、頭を下げてきたか、国王よ! 最初からそうしていれば良かったものを。まあ良い、許してやろう。この世界の危機を救うのが、この俺、ユウ様の使命なのだからな!)


「ふん! その言葉、待っていたぞ国王! よかろう、その命、この救世主ユウが謹んでお受けしよう!」

「この世界の魔王軍の先兵どもに、真の英雄の力というものを見せつけてやるわ! せいぜい豪華な褒美を用意して、俺様の凱旋を待っているがいい!」


 俺は、そう言って高らかに胸を張り、勝利を確信した笑みを浮かべてみせた。

 アリュールも、王の言葉に迷いなく頷く。


「はっ! 必ずや、シルヴァン様をお救い申し上げます!」


 力強い一言で承諾の意を示した。その凛とした横顔は、さすがは特攻隊長といったところか。

(俺の隣に立つのにふさわしい女だ)

 王も、俺たちのその頼もしい返事に、わずかながら安堵の色を表情に浮かべたようだ。


 謁見の間には、先程までイシュタルが座っていたアリュールの膝元が空いている。

 イシュタルは、兄である第二王子の危機を聞き、そしてこれから戦場へ向かおうとする俺たちを見て、小さな顔を不安そうに歪ませ、ぎゅっとアリュールの腰に抱きついている。


 アリュールは王の元へ渡し、俺の手を引いて駆け出そうとした時、俺はちらりと玉座の方を見た。

 イシュタル皇女が、王の腕の中から、今にも泣き出しそうな顔でじっとこちらを見つめている。

 俺は彼女に向かって、心配するなとばかりに、英雄のようにニヤリと笑い、親指を立てて見せた。

(ふっ、任せておけ、皇女よ。この俺がついている限り、お前の兄に指一本触れさせはせん!)


「ではユウさん、一刻を争います! 馬車で急行しましょう!」


 アリュールが、イシュタルの頭を優しく一撫でしてから、イシュタルを王へ預け、俺の手を掴む。

 そして、まるで戦場を駆ける雌豹のような速さで謁見の間を駆け抜け、城の外に待機させてあった簡素だが頑丈そうな馬車へと俺を文字通り引きずり込んだ。


(な、なんだこの馬車は!? 見た目は古いが、異様なまでの速度で走り出したぞ!)

(これはただの馬ではないな、伝説の神馬スレイプニルか、あるいはグリフォンの血を引く魔法の馬に違いない!)

(そうでなければ、この石畳の上をこれほどの安定性と速度で走れるはずがない! アリュールも御者も、それを俺に隠しているのか!)


 馬車が城門を抜け、街道を疾走する。窓の外の景色が目まぐるしく後ろへ飛んでいく。


「ユウさん」

 アリュールが、馬車の揺れの中で真剣な表情で口を開いた。

「シルヴァン様は……第二王子殿下は、とても慈悲深く、民からの信頼も厚いお方です」

「そして、普段は物静かですが、一度決めたことは最後までやり遂げる、芯の強さと自信に満ち溢れた方でもあります」

「確か、今日は民の生活を直に確かめるため、護衛も最小限にして国境近くの村々を視察に訪れると……そうおっしゃっていました。おそらく、その視察の帰路、あるいは砦で休憩を取られていたところを、予期せぬザルガンディアの侵攻に巻き込まれてしまわれたのでしょう……」


 彼女の声には、シルヴァン王子への深い敬愛と、心配の色が滲んでいる。


「ザルガンディアは……本当に好戦的で卑劣な国なのです。長年、理由もなく我がニヴェアの領土を侵し、民を略奪し、家を焼き……私たちは決して戦いを望んでいるわけではないのに、彼らは侵攻を決してやめようとはしないのです……!」


 アリュールの白い手が、悔しそうにぎゅっと握りしめられている。

(ふん、ザルガンディアとかいう連中、よほど野蛮で道理の通じぬ奴らと見える。まさに魔王軍の手先といったところか。けしからんな。この俺が、その歪んだ根性を叩き直し、正義の鉄槌を下してやらねばなるまい!)


 しばらく馬車に揺られていると、前方の御者が声を張り上げた。

「アリュール様、ユウ様! まもなく鷲ノ岩の砦が見えてまいります! ……ですが、既に黒煙が上がっております!」


「なにっ!?」

 アリュールが窓から身を乗り出すようにして前方を見据える。

 俺もその横から顔を出すと、確かに遠くの丘陵地帯に、狼煙とは違う、不吉な黒い煙が何本も立ち昇っているのが見えた。


「では、降りますよユウさん! ここからは足で急ぎます!」


アリュールはそう言うと、まだ完全に止まりきっていない馬車から軽やかに飛び降りた。


(ほう、異世界転移してこんなにも早く、本格的な戦場へ出向くことになるとはな! 血が騒ぐぜ!)

(待っていろ魔王軍ども! この俺、影の賢者ユウが、貴様らの野望を打ち砕いてくれるわ!)


俺もアリュールの後に続き、期待に胸を膨らませながら、黒煙の立ち上る不吉な戦場へと足を踏み入れた。

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