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第6話 大魔導師ラファル

 アリュールがラファルの研究室の、樫材で作られた重厚な扉を軽くノックする。

 

「ラファル様、アリュールです。イシュタル様と、お客様のユウさんをお連れしました。お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」

 

 少しの間を置いて、中からくぐもった、それでいて透き通るような若い男の声が聞こえた。

 

「……アリュールさんか。ああ、どうぞ、お入りください。少々散らかっていますが」

 

「では、お邪魔しますね。ユウさん、ラファル様の研究室は貴重な薬品やデリケートな器具が多いですから、むやみに触れたりしないようにお願いしますね」

 

 アリュールが俺にそっと囁き、静かに扉を開けて部屋の中へ入っていく。

 

 部屋に一歩足を踏み入れると、むせ返るような薬草の良い香りと、何かを燻したような独特の香ばしい匂い、そして微かに金属が錆びたような刺激臭が混じり合い、俺の鼻腔をくすぐった。

 (ふむ、この複雑な香り…錬金術師の工房か、あるいは秘薬を調合する魔法使いの隠れ家といったところか!)

 

 壁一面には天井まで届く巨大な本棚が備え付けられ、そこには分厚い革表紙の専門書らしきものがぎっしりと隙間なく並んでいる。

 (あれらは全て魔導書か!?一冊読むごとに新たな魔法を習得できるという、伝説のグリモワールかもしれんな!)

 

 部屋の中央には大きな作業台があり、その上には様々な形や大きさのフラスコや乳鉢、精密そうな天秤、そして用途不明の奇妙なガラス器具などが整然と、しかしどこか芸術的に配置されている。

 (あの天秤は魂の重さを量るものか?あのフラスコの中ではホムンクルスでも培養しているのか!?)

 

 そして部屋の奥、大きな窓から差し込む午後の柔らかな光を浴びて、一人の青年が革張りの椅子に深く腰掛け、何かの文献を熱心に読み耽っていた。俺が最後で予想していた胡散臭い呪術師とは異なり、どこか神経質そうで、年の割に落ち着いた雰囲気を漂わせる、線の細い少年と言ってもいい青年――彼こそがラファルか。


「ラファルお兄様ー!」

 

 イシュタルが、俺のそんな観察などお構いなしに、真っ先に部屋の奥へと駆け込み、青年の膝に飛び乗るようにして抱きついた。

 ラファルと呼ばれた青年は、読んでいた本から顔を上げると、妹のその勢いに少しよろけながらも、優しい笑みを浮かべてその小さな頭を撫でた。

 

「やあ、イシュタル。少し遅かったじゃないか。父上も心配されていたぞ」

(なっ……!『お兄様』だと!?こ、こいつ、ラファルはイシュタル皇女のただの兄だったというのか!俺が警戒し、万が一の際にはその実力を見極めてやろうと身構えていたイシュタル皇女の婚約者云々という話は、全くの杞憂だったわけだ……。ふん、拍子抜けもいいところだ!だが、国王の息子……つまり王子であることには変わりない。しかし、このひ弱そうな優男が王子ねぇ……。これでは国の将来が思いやられる。ならば、この俺様が兄として、いや、人生の偉大な先輩として、この若き王子を厳しくも温かく指導してやらねばなるまい!)

 

 俺が新たな使命感に燃えていると、アリュールが一歩進み出て、ラファルに俺のことを紹介した。

「ラファル様、こちら、日本という国から来られたユウさんです」

 

 ラファルはイシュタルを膝に乗せたまま、俺の方へ向き直り、少し緊張した面持ちで、しかし丁寧にお辞儀をした。

「初めまして、ユウさん。私がラファルです。父上やアリュールから伺いましたが、妹のイシュタルが、先ほどまであなたとご一緒だったとか……その、わんぱくな妹ですので、色々とご迷惑をおかけしませんでしたか?」

 

 それに対し俺は、腕を組み、ふんと鼻を鳴らして答えてやった。

「うむ、俺がユウだ。貴様がそのラファルか。イシュタルの兄にしては、随分と頼りない風体だな。まあ、俺ほどではないにしろ、もう少し覇気というものをだな……いや、そもそも、一国の王子たるものが、このようなカビ臭い薬草部屋に一日中閉じこもっていて、どうやって国を守るというのだ?ニヴェアの将来は大丈夫なのか?」

 

 俺は初対面の王子に対しても臆することなく、愛のあるダメ出しと国家レベルの懸念を表明してやった。

 ラファルは俺のあまりにも尊大で失礼な物言いに、普段は物静かで感情を表に出さない彼でも、さすがにその端正な顔には隠しきれない苛立ちがはっきりと見て取れた。こめかみがピクピクと引き攣っている。

 

 イシュタルが、そんな俺たちの間の不穏な空気を察したのか、

 「ラファルお兄様、ユウはね、面白いお話いっぱいしてくれるんだよ?だから、喧嘩はだめー!」

 と、二人の間に入ってとりなそうとする。

 

 しかし、ラファルは一度深く息を吸い込むと、先程までの苛立ちが嘘のように消え、薄氷のような冷ややかな笑みを浮かべていた。

(さすがは将来、この国を指導する立場になるかもしれぬ者としての器量か。それとも、愛する妹イシュタルの前だから、感情を押し殺しているのだろうか。大したものだ。)


 「ところで、王子よ。こんなガラクタばかり集めて何になるというのだ?王子ともあろう者が、もっとこう、国宝級の魔剣『エクスカリバー』とか、所有者に無限の魔力を与えるという伝説の『賢者の石』とか、そういったものはないのか?」

 

 俺はそう言いながら、作業台の上に無造作に置かれた、奇妙な色をした薬液の入ったフラスコや、鈍い光を放つ鉱石の欠片などに侮蔑の目を向けた。

 ラファルは、その俺の言葉にカチンときたのだろう、先程の冷ややかな笑みがさらに深まり、どこか挑戦的な光を瞳に宿した。

 

「……ユウさんとやらは、私の長年の研究成果を、ガラクタと断じるのですか。よろしいでしょう。そこまでおっしゃるなら、その“ガラクタ”がどのような“奇跡”を生み出すか、特別にこのラファル様がお見せしましょう。刮目してご覧あれ!」

 

 まさかこの王子、魔法でも使えるのか!?

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