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第29話 王都崩壊の序曲

 目が覚めると、隣のベッドは既にもぬけの殻だった。綺麗に畳まれたシーツ。テオの几帳面な性格が出ている。


「ふぁぁ……。珍しいな、あの寝坊助のテオが俺より早く起きるとは」


 俺は大きく伸びをして、窓を開けた。今日も天気は悪くない。だが、風に乗って運ばれてくる空気が、どこか澱んでいるような気がした。


(ふん、昨日の今日だ。俺への忠誠心が高まりすぎて、早朝トレーニングにでも行ったか? 感心な心がけだ。未来の側近として、恥じぬ肉体を作ろうという気概を感じる)


 俺は着替えを済ませ、意気揚々と部屋を出た。日課となった朝の散策を兼ねて、食堂へと向かう。


 だが、廊下の様子がいつもと違う。すれ違う兵士たちの足取りが重い。挨拶の声にも覇気がなく、中にはゴホゴホと苦しそうに咳き込んでいる者もいる。

 ふと、前方で給仕服を着たメイドの一人が、ふらりと壁に手をついて立ち止まった。


 「おい、大丈夫か?」

 「は、はい……申し訳ありません、ユウ様……。少し、目眩が……」


 彼女の顔色は土気色で、額には脂汗が滲んでいる。手足も微かに震えているようだ。


 (ふむ。季節の変わり目だからな。風邪でも流行っているのか? ニヴェアの民は少々、免疫力が低いようだな。明後日には建国祭も控えているというのに、自己管理も国民の務めだぞ)


 俺は「無理をするなよ」と声をかけ、食堂へと入った。だが、そこでも異変は起きていた。いつもなら朝の活気に満ちているはずの食堂が、静まり返っている。調理場の奥からも、活気ある音が聞こえてこない。


 「……なんだ、この葬式のような空気は」


 俺が眉をひそめて椅子に座り、冷めた茶を一口飲んだ、その時だった。


「ハァッ……ハァッ……! ユ、ユウさんっ!!」


 食堂の扉が乱暴に開かれ、悲鳴のような声が響いた。飛び込んできたのは、ルルだ。だが、いつもの小悪魔的な笑顔はない。着崩した軍服は泥で汚れ、その瞳は恐怖で見開かれている。


 「ルル? どうした、そんなに血相を変えて。テオならここにはいないぞ」

 「そ、そんなこと言ってる場合じゃっ……! 大変なんです! 街が……みんなが……!」


 ルルは俺の腕を掴み、必死の形相で訴えてきた。

 「お願いです、来てください! アリュール様も、ラファル様も、もうお手上げで……!」


 ただ事ではない。俺は立ち上がり、ルルに連れられて城のテラスへと出た。

 そこから見下ろした城下町の光景に、俺は目を細めた。


 「……ほう」


 城門の前には、数え切れないほどの人々が押し寄せていた。救護を求める叫び声と、うめき声が風に乗って聞こえてくる。皆、苦しそうに喉を抑え、地面に倒れ込んでいる。そして何より特徴的なのは――彼らの肌に浮かび上がった、不気味な紫色の斑点だった。


 「なんだこれは……パンデミックか?」


 眼下では、ラファルが口元を布で覆い、倒れた市民を診察している姿が見えた。彼は焦燥しきった顔で首を横に振っている。

 「くそっ、わからん……! 毒性反応はあるが、こんな症状は見たことがない! 既存の解毒剤が一切効かないぞ!」


 隣にいるアリュールも、剣を握りしめたままどうすることもできず、唇を噛み締めている。敵が魔物であれば斬れるが、見えざる病魔には無力だ。


 その時、混沌とする人混みの中に、見覚えのある背中があった。テオだ。彼は俺たちの姿に気づくこともなく、虚ろな目で宙を見つめ、膝から崩れ落ちた。その腕の中には、ぐったりとした小さな少女――昨日会った妹のミナが抱えられていた。


「……ミナ……サナ……。嘘だろ……なんで……」


 遠くて声は聞こえないはずだが、俺の鼓膜には、彼の魂の悲鳴が痛いほど響いてきた。


「報告します! 被害は拡大する一方です! このままでは、明後日の建国祭どころではありません!」

 伝令のルルが悲痛な声を上げる。


(なるほどな……。未知の病、解毒不能の毒……か)


 俺はテラスの手すりに足をかけ、ニヤリと笑った。ラファルには分からなくて当然だ。これは「病気」ではないのだから。


「慌てるな、愚民ども」


 俺の声が、混乱する場に凛と響き渡る。ラファルも、アリュールも、そして絶望に沈んでいたテオも、驚いて俺を見上げた。


「これは病ではない。魔界より放たれし『呪い(カース)』だ」


 俺はマントを翻し、力強く宣言した。


「安心しろ。この俺がいる限り、建国祭は中止になどさせん。……行くぞラファル。貴様の科学と、俺の叡智を融合させる時が来たようだ」

まだまだ茶番が長いですね...

4月までに二ヴェア編の投稿まで持っていきたいですね...


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