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第28話 下町の姉妹と、魔狼の忠誠

 今日のニヴェアは、雲ひとつない快晴だ。昨夜の雨が嘘のように、空はどこまでも青く澄み渡っている。まるで、俺の心象風景を世界がそのまま映し出したかのようだ。俺の気分が良いからこそ、空も気を遣って最高のコンディションを整えてくれたのだろう。


「へへっ、いい天気だなユウ! 絶好の散歩日和だ!」

 「ああ、そうだな。心地よい風だ」


 俺はテオに案内され、城下町の中でも貧しい人々が住むという下町へと足を運んでいた。華やかな大通りとは違い、道幅は狭く、建物の壁も煤けている

 だが、そこには生活の熱気と、逞しく生きる人々のエネルギーが満ちていた。


(ふむ。煌びやかな表舞台だけでなく、こうした『裏路地アンダーグラウンド』を知っておくのも、支配者の務めというものだ)


 俺がマントを翻して歩いていると、路地のゴミ捨て場の影から、奇妙な物体がこちらを覗いていた。


「……メェ……」


 それは、薄汚れて灰色になっているが、本来は真っ白であろうモコモコの毛に覆われた、丸っこい生き物だった。犬ではない。猫でもない。強いて言えば、角の生えた「羊」に見える。だが、こんなスラムの路地裏に羊がいるはずがない。


「なんだあいつ? 羊……か? 誰かの家から逃げ出したのかな。にしては、妙な形をしてるけど」

 テオが不思議そうに首をかしげる。


 「甘いなテオよ。あれは羊ではない。……伝説の魔獣『白銀の魔狼フェンリル』の幼体だ」

 「は? いや、どう見ても羊だろ……というか、ただの毛玉?」

 「フッ、凡人にはそう見えるよう擬態しているのだ。だが、俺の目は誤魔化せん。あの瞳……飢えているな」


 その生き物は、つぶらな瞳でジッと俺(の持っている肉)を見つめている。  俺は懐から干し肉を取り出した。


「食え。未来の覇王からの施しだ」


 放り投げると、その毛玉は「メェッ!」と歓喜の声を上げ、信じられない俊敏さで肉をキャッチした。

 そしてモグモグと口を動かし、あっという間に完食すると、トテトテと俺の足元に擦り寄ってきた。

 モフモフとした感触が足に伝わる。


(ふむ、悪くない手触りだ。王の玉座に敷く絨毯にふさわしい)


 「す、すげえ懐いてる……。けどユウ、そいつ連れて行くのか?」

 「いや、野に放つ。飼い慣らされた牙など不要だ。……行け、フェンリルよ。強くなってまた会おう」


 俺が指差すと、毛玉は残念そうに「メェ……」と鳴いたが、俺の意思を汲み取ったのか、路地の奥へ消えていった。


(……ふっ。去り際まで気高い。やはりただの羊ではなかったな)


 しばらく歩くと、古びた木造の長屋が立ち並ぶ一角に着いた。

 「ここが俺の実家だ。……ボロくて驚いただろ?」

 テオが照れくさそうに頭をかく。

 確かに古いが、玄関周りは綺麗に掃除されており、花が飾られている。貧しくとも心は豊かである証拠だ。


「お兄ちゃん! お兄ちゃんおかえりー!」 「わあ! お兄ちゃんが帰ってきたー!」


 扉が開くと、二人の小さな影が飛び出してきた。テオによく似た、栗色の髪をした幼い少女たちだ。

 「ミナ、サナ! いい子にしてたか?」

 テオが二人を抱き上げる。その顔は、城で見せるお調子者のそれではなく、優しき兄の顔だった。


 だが、俺の目は誤魔化されない。少女たちの服は継ぎ接ぎだらけで、痩せっぽっちだ。テオが軍に入って給料を送っているとはいえ、生活が苦しいのは明白だった。


(ふむ。俺の側近候補であるテオの家族が、これほど慎ましい生活とはな。栄養不足では、将来俺の右腕として育つべき妹たちの成長に支障が出る)


 「お兄ちゃん、その人は? 王子様?」

 妹の一人、ミナが俺を見て目を輝かせる。

 「ああ、こいつはユウ。俺の……友達で、すごい英雄なんだぞ!」


「英雄たるもの、未来への投資は惜しまない」

 俺は持っていた大きな紙袋を、妹たちの前に置いた。

 「ほらよ。テオがいつも世話になっている礼だ。取っておけ」


 袋の中身は、市場で買い込んだ大量の食材と、果物、そして少し高級な菓子だ。

 「えっ……こ、こんなに!? これ、すごく高いお肉じゃ……」

 「わあ! すごいご馳走! ありがとう王子様ー!」

 

 妹たちは歓声を上げて喜び、テオは言葉を失って立ち尽くしていた。

 「ユウ……お前……こんな、俺なんかのために……」

 「勘違いするな。これは先行投資だ。テオ、貴様には俺の覇道を支えてもらう必要があるからな。家族の心配などされていては、俺が迷惑なのだ」


 俺がそう言って背を向けると、テオは震える声で言った。

 「……ありがとう。本当に、ありがとうな、ユウ」


(ふっ、俺の圧倒的な財力とカリスマに、言葉も出ないようだな)


 帰り道、テオはどこか考え込むように無口だった。

 時折、俺の方を値踏みするような、それでいてどこか迷いを含んだ複雑な視線を向けていた気がするが……まあ、俺のあまりの器の大きさに、改めて畏敬の念を抱いたのだろう。


 ――その夜。俺が寝息を立て始めた頃、隣のベッドでテオが小さく寝返りを打った。


「……悪いな、ユウ」


 闇の中で、テオが誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。


「あいつら(妹たち)のためにも……俺は、スパイとしての任務を果たさなきゃいけないんだ」


「……ん? 何か言ったかテオよ?」

 俺がまどろみの中で問いかけると、テオは一瞬息を呑み、すぐにいつもの明るい声を作って答えた。

 「い、いや! なんでもねえよ! 寝言だ寝言! おやすみユウ!」


「……そうか。寝言で俺を称えるとは、感心な奴め……むにゃ」


 俺は再び深い眠りへと落ちていった。テオがその後、どんな顔で天井を見つめていたのかも知らずに。

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