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第3話 怪しい男と神々の箱庭

 この少女が皇女だと!?

 確かに高貴な雰囲気は醸し出していると思っていたが、まさか皇女だったとは。

 俺クラスの男を迎えるには、確かに皇女自らが出向くのがふさわしいのかもしれんな!


 それにしてもこの男は何者なのだろうか。

 そう思っていると、アリュールという女性が、メガネの男性に親しげに話しかけた。


「あらアカツキさん!お久しぶりです!こんなところで何をされているんですか?」


 そう尋ねると、アカツキと呼ばれた男は、手に持っていた空の背負い籠を軽く持ち上げ、にこやかに答えた。


「これはアリュール様。先ほど街で商品を売り終わって、家に戻る途中だったのですが、浜辺にアリュール様と皇女様のお姿が見えましたので。そうしたら、そちらの……ええと、大変珍しい異国風の服を着た方が倒れていらっしゃるようでしたので、何事かと近づいてきた次第です。」


「この方は日本?という国から、神様に呼ばれてここニヴェアに来られたそうなんです」


(ほう、俺のことを簡潔に、だが的確に紹介してくれたな。本当はもっと、俺の偉大さについて付け加えるべき点は山ほどあるのだが……まあ、今は状況を見守るとしよう。俺ほどの男は、多くを語らずともその存在感で周囲を圧倒するものだからな。)


「日本……ですか。私も様々な国を船で巡っておりますが、寡聞にして存じ上げない国名ですね……」


 アカツキは少し考えるそぶりを見せた。


「アカツキさんでも知らないなんて!一体、どれほど遠い国から来られた方なのでしょう……」


 アリュールが不思議そうに首を傾げる。

 そんな二人の会話を聞きながら、俺は内心でほくそ笑んだ。

(ふん、俺のいた日本という国は、この世界の常識では計り知れぬほど高度な文明を持つ国だからな。知らなくて当然よ)


 するとアカツキは、俺に向き直り、改めて丁寧にお辞儀をした。


「申し遅れました。私の名はアカツキと申します。こう見えても、しがない行商人でありまして、傍らで占術も少々。船で各地を回り、様々な品物と共に、運命の糸を読み解くお手伝いもさせていただいております。どうぞ、お好きなようにお呼びください。……もしよろしければ、優様……とお見受けしますが、後ほどあなたのことも占ってみましょうか?何か、あなたの旅路の助けになることがわかるかもしれません」


 アカツキの言葉に、俺は心の中で吟味した。

(ふむ、占いか。この俺、ユウ様の輝かしい未来は、並の占い師に見通せるものではないだろうがな。だが、この世界の理を知るため、そしてこの男の力量を試すために、あえて占わせてみるのも一興か。あるいは、俺が救世主であることを見抜けるかどうか、試してやろうではないか!)


「ふむ、アカツキとやら、自己紹介感謝する。我が名はユウ。貴様の言う通りだ。覚えておくがいい。これから少しの間、世話になるかもしれんが、その時は頼むぞ」


 俺は、あえて年上であるアカツキに対して、少しばかり尊大な態度で応えた。

 選ばれし者としての威厳を示すこともまた、俺の重要な役割だからな。


 俺の言葉に、アリュールが少し慌てたように言った。


「す、すみません!私の自己紹介もまだでしたよね!私の名前はアリュールです!歳は21で、今日はイシュタル様のお付きで、浜辺で遊んでいたんです!そうしたら、ユウさんが倒れているのを見つけて……」


 彼女はそこで言葉を切ると、アカツキを指して誇らしげに続けた。


「アカツキさんはとっても頭の良い方で、まだこの国に来たばかりなのですが、その占術でニヴェアがどう戦うべきか、重要な助言を何度もくださっている、すごい方なんですよ!」


「いえいえ、それを言ったらアリュール様こそ。あのザルガンディアの侵略に対し、常に最前線で戦う特攻隊の隊長を務められている。そのご勇猛さは、ニヴェアの民の希望そのものです」


(ほう、この可憐な乙女が特攻隊長とは!異世界の女性はかくも勇ましいのか!ならば俺がその剣となり盾となり、彼女を守り導いてやらねばなるまい!そしていずれは……ふふふ、我が伴侶の一人として……)


「そ、そんなことないですよ~。それより、ユウさんと呼んでも大丈夫ですか?」


 アリュールが頬を染めながら尋ねてきた。


「ああ、問題ない。アリュールか。悪くない名前だな。その若さで隊長とは、大したものだ。見上げた心がけだ」


 俺がそう称賛すると、アリュールはさらに顔を赤らめ、嬉しそうに俯いた。


「あ、ありがとうございます!ユウっていうお名前も、なんだか異国の響きがあって……その、ロマンティックで素敵ですね!あ、あと、こちらのイシュタル様の紹介もしますね。イシュタル様、この前練習した自己紹介、できますか?」


 アリュールに促され、小さな女の子――イシュタルが、ぴょこんと一歩前に出て、元気いっぱいに胸を張った。


「わたしはイシュタルともうします!おとうさまはこのニヴェアの、いちばんえらい王さまをやっております!よろしくおねがいします!」


 実に元気な挨拶だ。

 俺にもこれくらいの純粋無垢な歳の頃があったのだろうか……いや、俺は物心ついた時から完成された存在だったはずだ。


 だが、なぜだろう。中学に入る前の記憶が、どうにも曖昧なのだ。何か、忘れてはならない大切なことがあったような……。

 まあ、今は考えるだけ無駄か。


「よくできましたね、イシュタル様!」

 アリュールがイシュタルの頭を優しく撫でた。

「先ほども少しお話に出ましたが、この方はニヴェア国王の娘君、つまり皇女殿下にあたられます。ユウ様の処遇については、私の一存では決めかねますので、まずは国王陛下の下へご案内いたしますね」


 そう言われ、俺はアリュールに国王のもとへ連れて行かれることになった。当然の対応だな。救世主たる俺を迎えるのだ、国王自らが出迎えて然るべきだろう。


 アカツキは、「私は一度、持ち帰った商品を整理しなくてはなりませんので、これにて失礼します。また後ほど、お城の方へも顔を出させていただきます」と言い残し、俺たちに一礼して浜辺を去っていった。

(アカツキめ、何かを隠しているような素振りだったな。先ほどアリュール達の背後から現れた時、一瞬だが、何かをこらえるような……そう、少し苛ついているような顔をしていた気がする。商売上のトラブルか、それとも俺という存在の大きさに気圧されたか? まあよい。いずれまた会うこともあるだろう)


 そんなことを考えていると、目の前に広がる鬱蒼とした森に意識が引き戻された。

 森の中を歩き始めてから30分ほど経っただろうか。


「アリュールよ」

俺は先導する彼女に声をかけた。

「この森にはどのような魔獣が潜んでいるのだ? この濃密な生命エネルギーの気配……ただの森ではあるまい。見ろ、あの足跡!巨大な猪か?いや、もっと凶暴な……例えばグリフォンのような神聖な獣かもしれんな!この俺の鋭敏な感覚がそう告げている!」


 「えっと……あれは、普通の猪の足跡ですね。この森は比較的安全で、たまに大きな猪や狼が出るくらいですよ。生命エネルギー……ですか?あまりそういったものは感じませんが……」

 (ふっ、一般人にはこの満ち溢れる生命のオーラが感じられぬか。やはり俺は選ばれし存在……この世界の危機を救う鍵は、この俺の類稀なる超感覚にあるのかもしれんな!それにしても、この森……妙に見通しが良いな。風の流れも一定だ。ふん、これなら敵の奇襲など容易に見破れるわ。ふん、これもまた、この世界が俺という英雄を歓迎している証左に違いない!)


「ねーユウー、あのキラキラ光るお花、なあにー?」


 イシュタルが、木の根元に咲く小さな青い花を指差して尋ねた。


「おお、イシュタル皇女、あれは『星雫草ほししずくそう』といってな、夜になると星の雫のように淡い光を放ち、その花粉には万病を癒す効果があるという伝説の霊草だ!……おそらく、な!この世界の知識はまだ不確かだが、俺の直感がそう告げている!」


「へえー!すごーい!ユウはいろんなこと知ってるんだね!あとでお父様にも教えてあげよっと!」


 イシュタルは目を輝かせて俺を見上げた。

(ふっふっふ、当然だ。俺は万能だからな!この世界の知識など、歩きながらでも吸収してみせるわ!)


 森を抜けると、目の前に信じられないような光景が広がっていた。切り立った巨大な崖、その中腹から頂上にかけて、まるで崖に寄生するかのように家々が密集し、重なり合っている。所々、家が崖から大きくせり出しており、今にも崩れ落ちそうだ。


「な、なんだあれは!テ、天空城か!大地から切り離され、空に浮かぶ城塞都市とは、まさに選ばれし者の国にふさわしい!見ろ、あの家々!重力魔法か何かで浮遊しているに違いない!有事の際には、あれらが分離し、個々の飛行要塞として敵を迎撃するのだろう!」


 俺がその壮大な光景に言葉を失っていると、イシュタルが俺の服の裾をくいっと引っ張った。


「おじさーん、あのね、あのおうち、落ちそうでドキドキするんだよー!でもね、パパが『ニヴェアの家は頑丈だから大丈夫だ』って言ってたー!」


(ふむ、やはり国王レベルになると、この都市の真の力、その魔法的防御機構を理解しているのだな!さすがは一国の王だ)


「さっきも思ったんだがな、イシュタル皇女。俺様はおじさんと呼ばれる歳ではない。この端正な顔立ち、そして溢れ出る若さを見ればわかるだろう? 呼ぶならユウお兄様とか、せめてユウお兄ちゃんとだな」


 そう皇女へも礼儀を忘れずに(俺なりの最大限の譲歩で)訂正してやる。


「えー、でもお兄ちゃんいっぱいいるしー。それに、アリュールもお姉ちゃんだけど、ユウはお兄ちゃんって感じじゃないもーん。だからユウでいい?」


 イシュタルは小首を傾げて俺を見上げてくる。


「なっ……この若さで、この俺様を呼び捨てとは、なかなかいい度胸ではないか!まあよい、俺様の海より深い慈悲の心で、今回だけは特別に許そう。光栄に思うがいい」


(それにしても、実際に兄がいるのだろうか。それも複数。ふむ、王位継承権争いか?いや、この健やかさを見るに、そのような血なまぐさいこととは無縁か。どちらにせよ、この素晴らしい国の次期国王候補たちを、この俺が見極めてやらねばなるまいな!)


「ユウ、あのおうちね、一番上のお部屋からだと、とーくまで見えるんだよー!トリさんになった気分なの!」


 イシュタルが、崖の最も高い位置にある一際大きな建物を指差して言った。


「ほう、鳥のように空から見下ろすか!それは都市全体の偵察にもってこいだな。さすがは皇女、幼くして既に戦略的思考をお持ちとは、末恐ろしい逸材よ!」


 その後も俺は、ニヴェアの奇想天外な町並み――狭く入り組んだ石畳の坂道を見ては「侵入者を惑わすための結界か!」と断じ、渓谷にかかる古い石橋を見ては「あれは異次元へのゲートに違いない!」と結論づける。

 その度にイシュタルに「あれは近道だよー」「昔からある橋だよー」と無邪気に茶々を入れられるという、実に有意義な会話を繰り返していた。

 アリュールは、そんな俺たちのやり取りを微笑ましそうに見守りつつも、常に周囲への警戒を怠らない。その鋭い視線は、さすが特攻隊長といったところか。

(ふむ、アリュールは常に周囲を警戒しているな。ザルガンディアとかいう敵国か、あるいはこの美しい皇女を狙う不届き者か。だが、この俺ユウがいれば、いかなる脅威も心配には及ばぬものをな!)


 そんなことをしているうちに、俺たちはいつの間にか、崖の頂上に聳え立つ、ひときわ大きく荘厳な城の門前に立っていた。


「ここが、国王陛下の居城、ニヴェア城です」


 アリュールが厳かな口調で言った。いよいよ、この世界のトップとの謁見か。腕が鳴るぜ!

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