第19話 英雄の凱旋
ガタンガタン――
俺たちを乗せた馬車は、城へと向かい、心地よいリズムで街道を走っている。
「ところで、アメツキ。お前は俺たちと別れた後、一体何をしていたんだ?」
「ですから、私の名はアカツキですよ、優様。私は市へ商品を売りに行っておりました」
「おう!あんちゃん!アカツキさんの店の品物は、そんじょそこらの物とは違うんだぜ!よかったら今度、お城に届けさせてやろうか!」
一緒の馬車に乗っている、いかつい顔の御者が、やけに距離近めに絡んでくる。
(ふん、さっきまで俺を盗賊扱いしていたくせに、アカツキの一言でこの変わりようか。現金な奴め。だが、この俺の偉大さを前にすれば、いずれ全ての民がこうなるのだ。慣れておかねばな)
「そうですね、優様。今度ニヴェアの市にお一人でいらっしゃってください。そしたら友人価格として、特別に割引させていただきますので」
アカツキが、商売人らしい笑顔でそう言った。
(友人価格だと?ふっ、こいつも俺という英雄の仲間に加わりたいと見える。よかろう、考えておいてやる)
「そうだな。いつ日本に帰れるかもわからんし、このニヴェアの町とやらも、いずれは俺の統治下に置くことになるかもしれんからな。今のうちに堪能しておくとしよう!」
「それなら今度、私が案内いたしましょうか?」
アカツキがそう言ってくる。
「アカツキもこの国に来たばかりなんだろ?もう道に詳しいのか?」
「ま、まぁそうですね。確かに、生まれも育ちもニヴェアである地元の人ほど、知識は深くないかもしれませんが……」
「なら俺が案内してやろうか?この町のことは、もう大体把握したぞ!」
御者が、再び得意げにダルがらみしてくる。
「いや、遠慮しておく。それなら、アリュールにでもお願いするとしよう」
「あんた、あのアリュール様を狙ってるのか!アリュール様は俺たち兵士の間でも一番人気なんだからな、覚悟しとけよ~!」
「そ、そんな疚しい気持ちなど持っていないぞ!」
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そんな他愛もない雑談をしているうちに、俺たちは見慣れた城門へと到着していた。
「では、私はこれで。また何か御用がありましたら、いつでもお声がけください」
「じゃあまたな、アメツキ!」
「……アカツキです」
アカツキは、引きつった笑顔でそう言い残すと、御者たちと共に去っていった。俺は、捕虜として連れてきたザルガンディアの少年を片手に、シルヴァンとアヤメたちと共に城の中へと入った。
謁見の間では、たくさんの兵士たちが俺たちの帰還を今か今かと待ちわびていたようだった。俺たちの姿を認めると、わっと歓声が上がる。
「おお、シルヴァン!そしてユウ殿も!無事であったか!よくぞ戻った!」
王が、玉座から駆け下り、心から安堵した表情で駆け寄ってきた。
(この王は走ることができるのか。)
「ご心配をおかけしました、父上。ですがご覧の通り、このシルヴァン、いかなる逆境にあってもその輝きを失うことはありませんでしたよ。むしろ、この試練は僕の美しさをより際立たせる良いスパイスとなったようです」
シルヴァンは、ボロボロの鎧の埃を、まるで舞台俳優のように優雅な手つきで払いながら言う。
「兄上!ご無事で何よりです!」
謁見の間の隅で待っていたのか、ラファルが駆け寄ってくる。その顔には安堵の色が浮かんでいるが、すぐに研究者の顔に戻り、兄の体を検分するように尋ねた。
「……そのお怪我は?砦の状況は?敵の規模は一体……?」
「まあ、落ち着きたまえラファル。その点については、この我が新たなる友、優の活躍を語らねばなるまい。彼の策は……そう、まるで常識という名のキャンバスに、混沌という名の絵の具をぶちまけるような、実に野性的で……そして、興味深いものだったよ」
(『興味深い』だと?違うな、『天才的』で『神がかっていた』と言うべきだろう!この王子、まだ俺の偉大さを表現する語彙が足りんようだな!だがまあ、俺の活躍を認めていることには違いないか)
「ふん、大したことではない。この俺にかかれば、あの程度の危機、ただのウォーミングアップに過ぎん」
「そうなのか、優殿?ともあれ、長旅で疲れたであろう。そこの椅子に座り、少し休んでいるといい。後で、その活躍譚を詳しく聞かせてもらえぬか」
王がそう言って、近くの豪奢な椅子を指し示した。(ほう、俺の武勇伝に興味を持ったか。よかろう、後でこの世界の英雄譚として、未来永劫語り継がれる物語を聞かせてやるとしよう)
「ふん、しょうがないな。後で特別に教えてやるとしよう」
「うむ、それは助かる。ではシルヴァン、ラファル、少しこちらへ。今、我が兵達が戦っている前線の状況を報告してくれ」
そう言い、シルヴァンと国王、そしてラファルが、広げられた地図を囲んで話し合いを始めた。
(ふむ、俺の処遇について、どのような爵位と領地を与えるか、緊急の会議が始まったようだな。公爵くらいが妥当か?いや、いきなりそれは望みすぎか……)
話し合いを終えたようで、王はこちらを向き直り、探るような目で言った。
「優殿、シルヴァンから聞いたぞ。そなた、敵であるザルガンディアの言葉を理解できるというのはまことか?一体、どのようにしてその稀有なる力を……?もしや、そなたの故郷『日本』では、誰もがそのような能力を持っているとでもいうのか?」
(ほう、俺の能力に興味津々といったところか!よかろう、この世界の王に、俺の故郷のレベルの高さを少しだけ教えてやるのも一興だな!)
「まあ、俺の故郷『日本』では、複数の言語を操るのは常識だな。ごく稀に、1つの言葉しか話せぬ者もいるがな」
(まあ、あの田中もその一人だが)
「そうなのか!なんと……『日本』とは、それほどまでに知性に溢れた国なのだな...。他にも、何か教えてはくれぬか?」
俺が、日本の誇る偉大な文化について語り始めようとしたところ、
「国王陛下!緊急報告が入りました!ザルガンディア軍、撤退を始めた模様です!」
と、伝令兵が駆け込んできた。王はそちらの対応へ行ってしまい、俺の話はまたしても遮られた。
(まあ、戦いが終わったのなら何よりだ。これも、俺という希望の光が現れたことで、敵が戦意を喪失したからに違いない。……ところで、アリュールはどうしたのだろうか?)
そんなことを考えていると、いつの間にか隣に来ていたラファルが、じっとりとした視線で話しかけてきた。
「ユウさんとやら。兄上の話では、あなたは岩を落として敵を混乱させたと聞きましたが。その際の投擲角度、岩の質量、目標までの距離、そして風の影響……全て計算しての行動だったのですか?それとも、万に1つの幸運ですかな?」
「ふん、計算だと?馬鹿を言え、青二才が。俺の『英雄的直感』は、そんなちっぽけな変数を全て超越するのだ!俺が投げると決めれば、石は当たる。それが、この俺の“理”さ!」
ラファルは俺の言葉に眉をひそめつつも、さらに興味を引かれたように、手にした手帳に何かを書き込み始めた。
「英雄的直感……再現性のない、非科学的な事象だ。しかし、結果は出ている……。実に興味深い。非常に、興味深い観察対象だ……」
ラファルのその粘着質な視線から逃れたいと思っていると、横にいたシルヴァンが話しかけてきた。
「ああ、それにラファル、君の薬はやはり素晴らしいね。優が持っていた『研究品』をかけたら、痛みがすっと引いていったよ。少しヒリヒリして、妙に清涼感があったがな」
その言葉に、ラファルはハッとして俺に顔を向けた。
「僕の薬ですって!?ユウさん、あなたが持っていたというそれは、一体どの薬です!?まさか、棚の奥にあった、まだ未完成の『試作品7号』じゃないですよね!?あれはまだ動物実験の段階で、人体への影響は保証できかねる代物で……!」
「ふん、何を慌てている。あれは俺が『超回復エリクサー』だと鑑定した、完璧な秘薬だ。現に、王子の傷は癒えているではないか。貴様のその未完成の研究は、この俺という英雄の奇跡的な触媒を得て、ようやく完成に至ったのだ。感謝するがいい」
「何を勝手なことをしてくれているんですか!あれは……!」
バタンッ!
ラファルが俺へ怒りをぶつけようとした、まさにその瞬間、謁見の間の扉が、まるで蹴破られるかのように勢いよく開かれた。




