第18話 英雄の慈悲と謎の少年
馬車の中には、見覚えのある人物も乗っていた。
(このメガネ……知的そうな、それでいて胡散臭そうな外見……そして、俺の名前を知っている……。思い出したぞ!あの時の商人だ!確か名前は……)
「思い出したぞ!貴様は、アメツキだな!」
「あはは……。私の名はアカツキですよ、優様。お忘れですか?」
アカツキは、完璧な営業スマイルを浮かべながらも、そのメガネの奥の目が全く笑っていないのを、俺は見逃さなかった。
「いや、知っているさ。だが、アカツキという名前よりアメツキという名前の方が、神秘的でかっこよいと思ってな。俺がそう呼んでやるのだ、光栄に思うがいい」
(ふん、英雄には、己が認めた者に新たな名を与える権利があるのだ。こいつも、俺の側近候補として、アメツキの名を拝命したというわけだ)
「アカツキさん、この方と知り合いなのかい?」
屈強な御者が、訝しげにアカツキに聞いてくる。
「ええ。彼とは先ほど、浜辺でイシュタル皇女殿下とご一緒のところでお会いしました」
「イシュタル皇女と一緒に!?ってことは、あんた、本当にニヴェア王直々に!?」
御者は、先程まで俺を追い払おうとしていた態度から一変、驚愕の表情でこちらを見てくる。
(ふん、ようやく俺様の偉大さが理解できたようだな。王族との繋がりこそが、この世界では何よりの身分証というわけか。分かりやすくてよろしい)
「それよりユウ様は、なぜこのような場所で……?そのお召し物も、ずいぶんと汚れていますが……」
「ふむ。実は、ザルガンディア軍とかいう魔王軍の先兵どもと一戦交えてな。この俺の獅子奮迅の活躍のおかげで、シルヴァン王子を砦から連れ出すことには成功したのだが、王子が足を負傷してしまってな。どうやって城に帰るべきか、思案していたところに、ちょうどお前たちの馬車が通りかかったというわけだ」
「なんと、そのようなことが!それは大変でしたな!ぜひ、我々の馬車をお使いください!して、シルヴァン様はどちらに?」
「シルヴァン王子なら、あちらの木陰で休んでおられる」
俺はそう言って、シルヴァンたちがいる方へ親指をクイと向ける。
「アカツキよ、しばし待て。俺は、残党がいないか周辺の斥候を済ませてくる。その間にシルヴァン王子たちの手当てを頼む!」
「は、はあ……わ、わかりました!お気をつけて!」
アカツキは、俺のあまりに自然な指揮官ムーブに驚いたように返事をする。ふん、これぞ英雄の器よ。
俺は、先程森の中で一瞬見えた人影が気になり、その場所へと向かった。
(あの人影は何だったんだ……?魔王軍の残党か、それとも森の妖精か何かか……?いずれにせよ、この俺が見過ごすわけにはいかん!)
その場所には、おそらく十歳前後であろう、ザルガンディア軍の少年兵が、大きな木に寄りかかっているのが見えた。その小さな体には不釣り合いな革鎧を身につけ、足元には父親のものと思しき大きな棍棒が転がっている。
その少年は、顔を膝にうずめ、か細い声で「お父さーん……」と何度も声をあげて泣いていた。
(こんな幼い少年まで戦場に駆り出すとは……ザルガンディア、いや、魔王軍とは、なんと卑劣な奴らめ……!)
ガサッ。
俺が茂みの草を踏む音が、静かな森に響いた。
「お父さん!」
少年は、その音に弾かれたように顔を上げ、期待に満ちた目でこっちを向く。しかし、俺の姿を認めた瞬間、その表情が希望から絶望へと一変したのが分かった。
「こ、こっちに来るな……!」
少年は、震える手で近くに落ちていた短剣を拾い、その切っ先を必死にこちらへ向けるが、恐怖で震えていて、まるで圧がない。
俺はそんなものを無視してズンズンと進むと、少年は「うわああ!」とやけくそ気味に叫びながら、剣を滅茶苦茶に振り回してこっちへ走ってくる。
実戦経験がないのか、その剣筋はあまりにも素直で、動きが面白いほど簡単に読める。
俺は、そのか細い腕から繰り出される剣を軽く避け、少年の手首を掴んで動きを封じると、その短剣を遠くへ投げ捨てた。
「あっ」
少年は、あっけなく武器を失い、情けない声を上げた。
俺は抵抗する間も与えず、少年を地面に押さえつける。
「くっ……!」
少年は必死に抗っているが、年の差と、何より俺との圧倒的な実力差(と俺は思っている)もあり、彼を抑え込むのは容易かった。
俺は万能アイテムボックスをあさり、中に入っていた養生テープを取り出した。
(ふん、これぞ日本が誇るハイテク万能拘束具!特殊な粘着素材と強化繊維でできており、一度巻けば竜の力でも引きちぎれまい!)
俺は、その養生テープで、少年の両手首と両足首に、これでもかというほど何重にも巻き付けてやった。
「くそっ、やめろ!離せ!」
少年はその間も必死に抵抗を続ける。
(さて、こいつはどうするか……。城へ連れ帰れば、捕虜として何か情報を聞き出せるかもしれん。魔王軍の弱点とかな!よし、これも俺の功績の1つとするか!)
俺は、自分の手柄を増やすためにも、この少年を持ち帰ることにした。
「おい、小僧。大人しく俺に付いてこい。手荒な真似はしたくないのでな」
少年にそう呼びかけると、彼は憎しみに満ちた目で俺を睨みつけた。
「悪魔の手先に、誰が従うか!お前たちニヴェアの王に仕える者こそ、悪魔だ!」
少年は、意味のわからないことを叫んでいる。
(悪魔?何を言っているんだ、この子供は。悪魔は、お前たちの親玉である魔王の方だろうが!さては、魔王軍の徹底した洗脳教育のせいで、善悪の区別もつかなくなっているのか。哀れなことよ……)
「何いってんだ、お前。寝言は寝て言え。悪魔はそっちだろうが!」
俺は、訳の分からないことを喚き続ける少年を担ぎ上げ、馬車の元へと戻った。
「優さん!お帰りなさい!シルヴァン様の手当ては終えました!……して、その隣の少年はどなたですか?」
アカツキが、俺の担ぐ少年を見て驚いている。
「こいつはザルガンディアの兵士でな。捕虜にすれば、何かと役に立つかと思って連れてきた」
「そうだったんですね……。では、ひとまず一緒に馬車に乗せていきましょうか。念のため、その手などは、もっと丈夫な紐で縛り直しましょうか?」
「お前も悪魔の手下か!!この国は悪魔に魂を売ったんだ!」
再び少年が、狂ったように変なことを叫んでいる。
「さっきからずっとこんな調子でな。まあ、この養生テープは日本製の特殊なものだから、おそらく大丈夫だろう」
「養生テープ……。そうですか。優様、後は私にお任せください。先に馬車に乗っていていただけますか」
そう言うと、アカツキは何か小さな小瓶のようなものを持って、少年を馬車の後ろへと連れて行った。一瞬、小さな呻き声が聞こえたような気もしたが、まあ気のせいだろう。
俺は衛兵たちと共に馬車の中で少し待っていると、アカツキがぐったりと眠っている少年を抱えて戻ってきた。
「寝たのか?そいつ」
「ええ。よほど戦いで疲れていたのでしょう。少し休ませてあげないと」
(そんな都合よく、いきなり眠るものか。さては、あの商人、何かしたな……?まあいい。おかげで静かになった)
「では、お城へ向かいましょう!」
アカツキが御者に一言二言指示を出すと、馬車はゆっくりと、しかし確かな足取りで、城へと向かい始めた。




