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第17話 英雄の誤算と賢者の秘薬

 俺たちは、ひとまずの安息の地であるはずの砦の入り口に、再び絶望と共に辿り着いた。

 

(よし、砦の外に出られるぞ!アリュールたちとの合流も目前だ!)

 と思った矢先、外の街道にもおびただしい数のザルガンディア兵が巡回しているのが、扉の隙間から見えた。

 

(……嘘だろ!?外も敵だらけではないか!)

 

 どうやら、俺たちの前代未聞の脱出劇は、まだ第二幕が始まったばかりらしい……。

 

「本軍と合流するには、あの森を抜け、この道を真っ直ぐに進むしかありません。ですが、敵の斥候が多数……」

 アヤメが冷静に状況を分析し、俺に教えてくれる。

 

「(つまり、外でもこの忌々しい森の木々に隠れながら、本軍への合流を目指すしかないということか!よし、全軍に通達だ!)」

 

 俺は、シルヴァンと残りの衛兵たちへ向かって、リーダーとして力強く呼びかける。

 

「聞け!これより我々は、敵の包囲網を突破し、本軍への合流を果たす!俺の神がかり的な指揮に、遅れずついてくるように!」

 

 シルヴァンは、自分の髪の乱れを優雅な手つきで直しており、聞いているのかよくわからないが、他の衛兵たちは「はっ!」と力強く頷いていた。よろしい、士気は高いようだな!

 

 俺たちは再び森の中を、ザルガンディア兵に見つからぬよう、息を殺して隠れながら進んでいく。


 俺は、壁に張り付くようにしながら、後続のシルヴァンに小声で己の美学を教えてやることにした。

 

「(ふっ、見ろシルヴァン。これが俺の編み出した究極の隠密スキル『影渡り(シャドウムーブ)』だ。気配を完全に消し、闇に溶け込む……。まるで伝説の忍者ニンジャのようだろう?)」

 

 するとシルヴァンは、優雅な手つきで口元を覆い、囁くように返してきた。

「(優、君の動きは少々泥臭くて野性的だね。真に高貴な隠密行動とは、気配を消すのではなく、自らの圧倒的な美しさで、風景そのものと一体化し、敵に見ることすら諦めさせるものなのだよ。僕のようにね)」

 

 このナルシスト王子、中々痛いところを突いてきやがる。

 

「(なっ……!あれはただ、瓦礫に足を取られてコケそうになっただけだろうが!)」

 

 俺は、そう小声で反論する。

 

「(おや、嫉妬かい?美しい動きというのは、時に常人には理解しがたいものなのさ)」


 しかし、前方の道には、俺たちの進路を塞ぐように多くのザルガンディア兵がいて、このまま姿を見られずに通り抜けることは難しいだろう。

 

(くそっ。本軍へ帰るにはこの道を進むしかないというのに!一体どうすれば……)

 俺は、周囲になにか使えるものはないかと、英雄の眼で戦場をスキャンする。

 

(ん?あの崖の上……あれなら使えるかもしれん!)

 

「(見ろ、シルヴァン!あの崖の上、今にも落ちてきそうな巨大な岩があるだろう!あれは典型的な環境ギミックだ!俺が故郷の日本でマスターした投擲スキルで正確にあの岩の支点を破壊し、敵の頭上に落として混乱させる!その隙に一気に駆け抜けるぞ!古典的なダンジョン攻略法だ!)」

 

「(ほう、面白い。君にはそんな芸当ができるのかい?)」

 

 シルヴァンが、試すような視線を向けてくる。

 

「(もちろんだ。この俺の動体視力とコントロールを舐めるなよ!見ていろ!)」

 

(実際には、こんな大それたことをやった経験はないが、昔なぜか家にあったアクションゲームで何度もやったことがあるしな!イメージは完璧だ!)

 

 俺は地面に落ちていた手頃な石を拾い上げ、精神を集中させ、渾身の力を込めて上の岩めがけて投げた。

 

 石はビュンっ!と風を切り、美しい放物線を描いて飛んでいき、岩盤の一番脆そうな箇所に強く激突した!

 

(よしっ!完璧だ!これこそ俺様の驚異的な才能のおかげだな!)

 

 しかし、岩は俺が想定していた敵兵の真上へは落ちず、地響きを立てながら、ややこちら側へと滑り落ちてきた。その凄まじい衝撃で岩盤が割れ、砕けた岩の欠片の1つが、シルヴァンの足に激しく当たった。

 

「くっ!」

 

 シルヴァンが、さすがに優雅さを保てず、苦悶の声を漏らして足を抑えた。その落下音に、ザルガンディア兵たちも一斉に気づき、こちらの方へ近づいてきているのが見えた。

 

(まずい、このままでは俺たちも見つかってしまう。シルヴァンを背負って逃げ切れるとは思えんし……どうする!?)

 

 そう考えていると、側近のアヤメが、冷静な声で囁いた。

「(皆さん、走ってください。私がシルヴァン様を背負いますので)」

 

 そう言うと、彼女は華奢な体つきからは想像もつかない力で、苦痛に顔を歪めるシルヴァンをひょいと背負い上げた。

 

 俺と他の衛兵は、アヤメの言葉を信じて、本陣を目指して再び走り始めた。

 

 俺は森の探索の後なのでもちろん疲れている。そして他の衛兵も重い鎧を着ていて走るのが遅くなっていたが、アヤメはシルヴァンという大の男を背負ったまま、誰よりも早く、そして静かに森の中を駆けていた。その光景に、俺はアヤメという女の脅威の運動神経を、改めて理解させられた。

 (アリュールとアヤメでは、どちらの方が身体能力が高いのだろうか……)

 


  先程まで大勢見えていたザルガンディア兵の姿も見えなくなり、どうやら追跡を振り切れたようだ。

 

「(お前ら、ここで一旦身を潜めるぞ)」

 

 俺はリーダーとしてそう呼びかけ、近くの岩陰に潜伏し、シルヴァンの傷を見ることにした。

 

「ふふっ……こんな傷、僕の美しさの前では些細なことさ。痛くなどないよ」

 そう言いながらも、シルヴァンは苦痛に顔をしかめ、額に脂汗を浮かべて脛あたりを強く抑えている。

 

「王子、大丈夫ですか!」「今、布を!」

 衛兵たちは心配そうにシルヴァンを囲んでいる。

 

 俺は何か使えるものはないかと、万能アイテムボックスの中を漁ってみると、ラファルの研究室から頂いてきた、七色に輝く不思議なポーションのような小瓶が出てきた。

 

 (そうだ、あの大錬金術師ラファルの部屋にあったものだ。ただの薬であるはずがない。何かの秘薬に違いない!)

 

 そう思って、シルヴァンにそれを見せてみると、彼は目を見開いた。

 

「それはラファルの!ああ、彼の調合薬なら信頼できる。すまないが、その液体を傷の部分にかけてくれないか?」

 

 俺は小瓶の蓋を開け、シルヴァンの足にそれをかけた。

 すると、シルヴァンの顔色が少しずつ良くなっていった。

 

「(ふぅ……。まあ、この僕の驚異的な回復力にかかれば、この程度の傷はどうって事ないかな)」

 

 などと、回復した途端にナルシストぶりを発揮してほざいている。

 

「(嘘つけ!どう見てもラファルの秘薬のおかげだろうが!)」

 

「(まあまあ、ユウ。細かいことはいいじゃないか。それより、これからどうするかだが……この先の道は敵が多すぎて進めそうにない。横手にある獣道を行けば、大きな街道に出られるはずだ。そうすればニヴェアの民がいるかもしれないし、僕の顔を見れば馬車の一台や二台、喜んで貸してくれるだろう。ついてきてくれないかい?)」

 

 シルヴァンのその提案に反対する理由もなく、俺は二つ返事で了承した。

 

 シルヴァンに案内され、俺たちが獣道を進んでいると、森の中に一瞬だけ、人影のようなものが見えた気がして、俺はそのことが妙に気になってしまっていた。

 

(あの人影は何だったんだ……?俺たちのことを見ていたような……そして、何かをしていたように見えたが……気のせいか?)

 

 そんなことを考えていると、衛兵の一人が声を上げた。

 

「あちらの方に、商業用の馬車が見えませんか?」

 

 言われた方を見てみると、確かに、数台の馬車が連なって街道を走っていた。

 

 俺たちは、最後の望みをかけてその馬車へ近づいてみることにした。

 シルヴァンは、やはり足がまだ完治していないのか、アヤメに肩を借りながら、少し足を引きずって歩いていた。

 

 俺が一番に馬車の横につき、御者台に座っている屈強な男に話しかけてみた。

 

「いきなりすまない。俺はニヴェア王直々に命じられて、ある極秘任務を遂行中のユウという者だが、少し事情があって移動手段がなくてな。悪いが、城まで乗せていってくれないか?」

 

 御者は俺の奇妙な服装と尊大な態度を値踏みするように見た後、面倒くさそうに言った。

 

「お前がニヴェア王直々に?ハッ、面白い冗談を言うじゃないか、小僧。盗賊の仲間なら、さっきあっちに行ったぞ!」

 

 親指で森の奥を指し、手で追い払う仕草をしてくる。

(くっ、この平民め、俺の英雄オーラが感じ取れんとは!節穴か!)

 

 俺が、どう説明してこの男を屈服させてやろうかと考えたところ、馬車の荷台の幌が開き、中から見覚えのある男が顔を出した。

「おや、その声は……あれ!優さんじゃないですか!このような場所で何を?」

 

(このメガネ……知的そうな、それでいて胡散臭そうな外見……そして、俺の名前を知っている……。思い出したぞ!あの時の商人!)

「思い出したぞ!貴様は、確か……アメツキだな!」

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